第4章 命令と支援

041 魔導研究家~ジャキーーン!~


 場所:魔道具屋ローズデメール

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 翌日、ミラナは魔道具店のメージョーに出向き、修理に出していた俺のトリガーブレードを受け取った。



――ジャキーーン!――



 鞘から剣を抜いてみると、空気を切り裂くような明瞭な効果音が鳴り響く。



「すげー! 前よりいい音が鳴るぜ! しかもめちゃくちゃピカピカになってる! メージョーさん、ありがとうっす!」


「よかった。気に入ってもらえたみたいだね」



 メージョーの店主がだいぶんほっとした顔をしている。


 天才のネースさんが作った装備を修理するのは、きっとたいへんだっただろう。


 この剣はまるでおもちゃのように音や光を出しながらも、俺の火炎魔法に耐えられる耐久性を持っている。


 そのうえ、守護精霊の力を貯めるための複雑で精密な機構を有しているのだ。


 これを修理できるメージョーさんを、俺はネースさんと同じくらい天才だと思った。


 最初は単なる販売店かと思っていたけれど、メージョーさんはすごい魔導研究家のようだ。



「おー! 目が覚めるほど真っ赤なトリガー! やったー、しっかり光ってる! 火を噴くぜ! 俺のトリガーブレード!」



 久しぶりに剣を握り興奮する俺の横で、ミラナがメージョーさんに頭を下げて謝っている。



「人間になっても結局騒がしくて、本当にすみません」


「やー、小さい子犬だったオルフェル君が、こんな立派な大人の男性だったとは、びっくりだよ」


「いや、老けてんのは見た目だけで、俺、中身十七歳なんでっ」


「え? 老けてないよ。猛者って感じで、逞しくてカッコいいよね」


「やー! メージョーさんには敵わねーっす! ほんと男前すぎるっすよ!」


「あはは、ありがとう」



 天才な上にかっこよくて、ニコニコフワフワしているメージョーさんの店は、いつも客でいっぱいだ。


 安くてサービスもいいため、人気が出るのは当然だろう。


 前に店を出している、ローズデメールの親父さんが可哀想なくらいだ。



「でも、本当、ミラナに手だしたら俺、噛みつくんで」


「わわ。その姿ですごむと迫力あるね、オルフェル君」


「もう、オルフェル!? ハウスと沈静化、どっちがいい?」


「ひぇっ、どっちも無理です。笛で殴ってください……っていてぇっ」



 ミラナがポカポカ叩いてくるけど、俺も牽制けんせいはしないわけにもいかない。


 騎士になれなかった俺には、巻き返しのための時間が必要なのだ。



「大丈夫、僕には可愛い恋人がいるんだ。ミラナちゃんをとったりしないから、安心してよ」



 殴られる俺を見ながら、メージョーさんが目じりを下げ、幸せそうな笑顔を浮かべている。どうやら本当に、大切な恋人がいるようだ。



「いって……! それならよかったっす!」



 俺が一安心したところで、ミラナは自分のバックから、ゴソゴソと中身を取り出しはじめた。


 ミラナがバッグのなかから取り出したのは、先日キジーに渡された魔導書が三冊と、なにに使うのかわからない丸い魔道具がひとつだった。



「これ、買取をお願いできますか?」


「あ! この間言ってた、封印された遺跡の魔道書だね。待ってたよ」


「キジーが持ってきてくれまして」


「キジーちゃんは、相変らずすごいね。どんな封印でも解けちゃうのかな」



 メージョーさんが驚きつつも、魔導書を手に取り品定めしている。メージョーさんはどうやらキジーと知り合いのようだ。



「前に買い取らせてもらった魔導書もすごく面白かったよ。アジール・レークトン博士は本当に天才だね」


「え? アジール・レークトン博士?」



 メージョーさんの口から出た、非常に聞き覚えのある名前に、俺は思わず聞き返した。


 アジール博士と言えば、三百年前のイニシス王国で、とても有名だった魔道研究家だ。


 子供たちが大喜びする楽しいおもちゃを次々に生み出し、あの天才ネースさんが、とよんで大尊敬していた人だ。


 そんな昔の有名人の名前を、こんなところで耳にするとは。



「うん、この魔導書の著作者の名前だよ」



 メージョーさんは、本の背表紙に書かれたゾウの紋章を指さしながら、俺の前にその本を差し出した。


 確かに、見覚えのある印の下に、アジール・レークトンという文字が刻まれている。



「すごいっすね! そんなものが封印された遺跡から出てくるなんて。おもちゃの作りかたが書かれてたりするんっすか?」


「うーん、おもちゃの本はなかったけど、魔法薬学とか闇魔術とかかな。膨大な研究の一ページって感じで、飛び飛びに一冊や二冊目をとおしても、全体がよくわからないんだけどね。書きかたも走り書きに近くて難解だし」


「そうなんっすか」



 俺はそう返事をしながら、三百年前に聞いたであろう噂話を思い出す。


 アジール博士はいつからかおもちゃ作りをやめ、王国軍のために武器や兵器を作っていたらしいという噂話だ。


 それを聞いたネースさんが、一時期とてもガッカリしていたような気がする。



「でも興味あるから、前と同じで一冊十万ダールで買い取るよ。どうかな? ミラナちゃん」


「ありがとうございます! お願いします」


「すげー、そんな高く買い取ってくれるんっすね」


「その価値は十分あると思うよ」



 メージョーさんはそう言うと、今度はあの丸い魔道具を手に持った。



「これは……なんだろう?」



 かけていた黒縁眼鏡をはずし、片目を瞑りながら、魔道具に空いていた細い隙間を覗き込む。


 身にまとった柔らかい雰囲気とは、少し印象の違う切れ長の凛々しい目が、なにかに気付いたようにきらりと光った。



「これは、ヨーヨーだね」


「「ヨーヨー?」」



 俺たちが首を傾げながら聞き返すと、メージョーさんは丸い魔道具に手をかざした。彼の手から魔道具に黒い魔力が注ぎ込まれていく。



――メージョーさんは闇属性か。



 そんなことを考えていると、彼は魔力の注がれた魔道具を手に立ちあがった。


 彼の手の上に、魔道具が少し離れて浮いている。彼が手を動かすのにあわせて、それがシュンシュンと音を立て、彼の周りを飛び回った。



「かっけー! ヨーヨーってなんっすか」


「重力魔法で操って遊ぶおもちゃだね。闇の魔力を込めておけば、だれでも遊べるようになってる。高度な重力魔法を機械的に再現するなんて、やっぱり天才だな。アジール博士は」


「え? それ、アジール製のおもちゃなんすか?」



 あらためてヨーヨーを眺めてみると、これにも確かにゾウの印が刻まれている。



「おぉっ! すげー変な動きするっ。おもしれーなこれ」


「これも十万ダールで買い取るけどどうかな?」


「お願いしますっ」


「なんかオルフェル君が残念そうだけど大丈夫?」


「大丈夫です! 買い取ってください」



 ミラナがあっという間にヨーヨーを売り払ってしまい、少しがっかりする俺。


 だけど、ミラナの欲しいビーストケージは、ひとつ百万ダールもするのだ。ヨーヨーは諦めるしかないだろう。



「がいどっでぐだざい」


「あは……。なんだか買いにくいな」



 苦笑いの店主さんに手を振られながら、俺たちはメージョー魔道具店をあとにした。



*************

<後書き>


 人間の姿でメージョー魔道具店を訪れ、トリガーブレードを受け取ったオルフェル君はご機嫌です。


 そして、キジーがくれた魔導書と魔道具が、三百年前の世界で有名だったアジール博士のものだと知り、驚きました。


 さて、次回からは、新しい冒険者ギルドの仕事がはじまります。トリガーブレードを手にはりきるオルフェル君ですが……。


 第四十二話 反抗~3回でごめんなさい~をお楽しみに!



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