040 解放レベル3~恐怖心と恋心~


 場所:貸し部屋ラ・シアン

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「オルフェル。もう、逃げちゃやだよ」


「うん……。わかった」



 しばらくして、ビーストケージの封印から解放された俺は、貸し部屋ラ・シアンの部屋にいた。


 あらためてやられてみてわかったけれど、封印されるというのは、かなりの恐怖だ。


 閉じ込められ身動きできず、やがて意識も薄らいで、次に気がつけば何百年もたっている、なんてこともある。


 故郷も祖国も失い犬になった俺は、封印で全て失ったと言っても過言ではないのだ。


 そんな俺を、いつでも簡単に封印できてしまうミラナに、俺は恐怖心すら感じてしまう。


 俺はいま、ミラナに完全に支配されているのだ。


 ミラナが好きで、本当は隣に立ちたいのに、俺は這いつくばって、したがうことしかできない。


 そんな俺の怯えを察してか、ミラナはさっきから、成犬にした俺の首に抱きついて、少しもはなれようとしなかった。


 シンソニーは小鳥姿で、止まり木にとまり、『見てませんよ』とでもいうように後ろを向いている。


 俺は俺で、封印されてショックを受けているけれど、ミラナのほうも、俺に逃げられたのが結構こたえたのかもしれない。


 ミラナにとっても、俺は数少ない同郷の仲間なのだ。



「……だけどなんで今日は俺、家のなかで成犬なの? いつもはでかいし吠えるからってすぐ子犬にするのに」


「だって、オルフェル震えてるから……。できるだけ解放したほうが、気持ちも楽になるかなって。そうだ、もうちょっと、解放してみる?」



 確かに、ミラナのいうことは一理ある。小さくてか弱い子犬の姿は俺を不安にし、警戒心をあげてしまう面があるのだ。


 だけど、これ以上の解放は、俺にもミラナにも、どうなってしまうかわからない。



「うれしいけど、外でやらねーと、シンソニーみたいに巨大化すんじゃねーの?」


「あれはレベル4だから、レベル3ならそこまででもないと思うよ。成犬もかなり馴染んできたし、そろそろいいと思うの」


「そうか?……じゃぁ、頼む!」


「うん!」



 ミラナはすっくと立ちあがると、腰の魔笛を取り出してかまえた。



「いくよー? オルフェル解放レベル3」

――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――



 俺の体にケージから魔力が注ぎこまれ、床についていた手足の形が変化していく。


 立ちあがるように、真っすぐに……。



――こ、これって、もしかして……?



 のけぞりながら姿見に目をやると、俺はしっかりと二足で立っていた。



「うぉっ! 俺、人間になってる!?」


「うん、なってるよ。しっかりオルフェルになってる!」


「やった! ミラナッ、ありがとう!」


「やっと会えたね、オルフェル!」



 ミラナは感極まったのか、瞳に涙を溜めながら俺に抱きついてきた。



――おわっ、グレインの奇跡!? 正面から抱きつかれたのははじめてだぜ!



 俺が透かさず抱きしめ返すと、ミラナはとした顔をして、慌てて両手を突っ張った。



「きゃっ、ダメッ」


「なんでだよ。いままでさんざん俺を抱きしめてたくせに」


「だって、犬だったから」


「だってって、いまも、ミラナから……」


「やだやだっ、はなしてっ! そんなのしらないっ! はなさないと封印するよっ」


「だから、なんでだよ」


「やだったら! バカッ」

「いてっ」



 しつこく抱きしめていたら、笛で思い切り顎を突きあげられた。



――あんなに俺をもてあそんでおいて、ひどくねーか?



 不満いっぱいの顔で手をはなすと、さらにバシバシと二、三発殴られた。


 たまに笛で攻撃するとは聞いていたけれど、これは意外と強いかもしれない。



「それにしても、なんか俺、前よりちょっと……ワイルドになってる?」



 あらためて鏡に映った自分の姿を見た俺。


 体つきが俺の記憶より逞しくなっているし、短かった赤い髪は長く伸び、後ろでひとつにまとめられている。


 服装も、学生らしさはまるでなく、使い込んだ鎧を装備し、背中にはマントを羽織っていた。


 肌にも激しい戦いを感じさせる傷跡がいくつも残っていて、腕や頬には火傷の跡もある。



――えー? なにがあったの?



 見慣れない姿に首を傾げる俺に、ミラナが神妙な顔をして言った。



「オルフェルも封印されたとき、二十一歳だったんだよ」


「二十一……? 俺……どう見ても騎士じゃねーけど……」



 イニシスで騎士といえば、かっこいい青の制服だ。


 カタ学にはエリート騎士になった先輩がたくさんいたけれど、そのなかでも聖騎士とよばれていたエンベルト・マクヴィックは、本当にかっこよくて、俺の目標だった。


 二十一歳にもなれば俺は、大学の騎士コースも卒業し、あの先輩たちと同じ、青い騎士服をまとっているはずだったんだけど……。



「ひでーかっこだな。ミラナにはもう、振られたってことか」



 俺がそう呟くと、ミラナが気まずそうな表情を浮かべた。どうやら俺は、完全に振られているようだ。



「わかった。ごめん。もう抱きつかねーから」


「……ね、ご飯にしよ? 今日はみんなで、人間のご飯食べよう」


「手伝うぜ」


「うん……」



 シンソニーも人間に戻り、俺たちは三人で料理をした。


 料理の経験なんてない俺は、いうほど役には立てない。


 それでもミラナは、俺にできそうなことを手伝わせてくれた。


 ミラナとシンソニーの手際がよくて、美味しそうな料理が次々に食卓に並ぶ。


 ミラナ特性のスパイスでしっかり味付けされた、ふわふわ卵のオムレツにウインナー。


 俺の好きなトマトがたっぷりのサラダも出来あがった。


 久しぶりにスプーンとフォークを使って食べる人間の食事は、涙が出るほど美味い。



――あーっ! 現実つらっ。


――なんで生徒会長までやって、騎士になれてないんだ俺は! なにをしでかした?


――ミラナさーん! なんか巻き返す方法ねーっすか!?




『やっと会えたね、オルフェル』




――え?




 半べそで夕飯を食べる俺の頭に、懐かしいミラナの声が響く。


 脳裏に浮かぶのは、いま目の前にいるミラナではなく、三百年前のミラナの姿だ。


 深い深い夜の森、美しい湖のほとり、白く光る綿毛を飛ばすツヅミナの花……。



――あれは、どこだ?



『ミラナ、会いたかった……。ほんと、生きててくれてうれしいぜ』


『私も、オルフェルが無事でうれしいよ。これからは、ずっと一緒だよね?』



 いまと同じ鎧を着た俺は、ミラナと見詰めあっている。


 ミラナは白いワンピース姿で、その瞳には涙が溜まっていて……。


 あのとき彼女は儚げで、すごくすごく、綺麗だった。



『もう二度と、はなさねー』


『うん……。うれしいよ、オルフェル。大好き。ずっと、ずっと、あなただけだよ……』


『ミラナ……』



 恥ずかしそうに頬を赤めながら、俺を見あげるミラナを引き寄せた俺。


 瞳を閉じてキスを待つ彼女に、俺はそっと唇を重ねた……。




――おっと……?



――おっと……!?



――おっと、おっと、おっと!?


――なんだ!? なんなんだ!? いまの記憶は!?


――なにがどうなってこうなったの!?



 熱いキスの記憶に、顔を赤くして立ちあがった俺。


 目の前のミラナが、不思議そうに俺を見あげている。



「どうしたの? オルフェル」


「えっ……? いや? ん?」



 そのあまりにいつもどおりなミラナの顔。


 頬を赤め、愛おしげに俺を見詰めていた記憶のなかの彼女とは、まるで別人のように見える。


 俺の頭に、ほんの少し冷静さが戻ってきた。



――いやいや……。落ち着け俺。どうみても『大好き』なんて言いそうにないぜ?


――現実がつらすぎて妄想でも見た、かな……。



「……なんでも、ない」



 ストンと座りなおした俺は、まだバクバクしている胸を押さえつつ、オムレツを口に押し込んだ。



*************

<後書き>


 封印の恐怖に怯えるオルフェルを見かねたミラナは、オルフェルの解放レベルをあげました。


 ついに人間の姿になったオルフェルですが、その姿は自分の理想とはかけ離れたものでした。


「これはもうミラナに振られてるな」と、しょげるオルフェル君の頭に、ミラナとのキスの記憶が蘇ります。


 これは、現実に起こったこと?


 次回から第四章に入ります。やっと人間の姿になりました。ここまでぜんぜんミラナの語りがなくてすみません。


 四章では謎の多いミラナの気持ちもかなり明らかになるので、お付きあいいただけるとうれしいです。


 次回、第四十一話 魔導研究家~ジャキーーン! ~をお楽しみに!





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