039 グレイン3~ちょ、刺激強いな!~


 場所:イコロ村

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 グレインが死んでから三年半がたち、俺は十四歳になった。


 俺のファイアーボールは、余裕で川向こうの山の木を燃やせるくらいになっていた。それどころか、数も威力も自由自在だ。


 あれ以来俺は、毎日のようにここに来ては、ファイアーボールを撃っていたのだった。


 こんな初級魔法、どんなにうまくても大した自慢にはならない。


 だけど俺は、これだけはグレインに負けないと、思えるようになりたかった。



――みたか? さすがにもう、おまえは俺に追いつけないだろ? あの日の勝負は俺の勝ちだ。


――おまえがどんな気だったか知んねーけど、もう遠慮はしねー。俺はミラナに告白するぜ! 応援してくれよな?


――え? 三日前も同じこと言ってたって? いやいや、今度こそ俺はやるぜっ。明日だ。明日こそ必ず!



 グレインに何度目かの宣言をして村に戻ると、シェインさんとベランカさんがいちゃついてるのが見えた。


 グレインが死んだころから、この二人はガンガンいちゃつくようになっていた。


 それはもう、見てるだけで頭から湯気が出そうになるくらいのいちゃつきっぷりだ。



「おにぃさまん、お口のまわりに、パンクズが付いてますわよ。取ってさしあげますわ」



 ベランカさんはシェインさんにこれでもかと身を寄せ、ほんのり赤らんだ顔で、シェインさんの唇をじっと見詰めている。



「あ、ありがとう、ベランカ」



 シェインさんがそういうと、嬉しそうにベランカさんがシェインさんの唇を指でなぞりはじめた。



――ちょ、刺激強いな!



 人目などまったく気にせず、シェインさんしか見えていないベランカさんとは違い、シェインさんのほうは、妹相手にかなりドギマギしているようだ。


 だけど、ベランカさんのやることに、彼は口を出せないらしい。


 俺が思うに、シェインさんは、これ以上、ベランカさんを泣かせたくないんだろう。


 されるがまま、いつまでも唇をもてあそばれている。


 反対の手も、指と指が絡まりあって、恋人でも恥ずかしいくらいだ。



――見ちゃダメだ……とは思うけど、いつものことだし、あの二人、人目につく場所でやってるからな。というか、そことおらねーと、帰れねーんっすよ。



 ドキドキしながらいつまでも覗いていると、後ろからシンソニーがやってきた。



「ベランカさんってさ、シェインさんの身の回りのことも全部やってるみたいだよ。もうすぐシェインさん、カタ学に進学しちゃうから、自分もついていくって大騒ぎしてさ、お屋敷凍りついてたいへんだからって、クーラー伯爵も認めたみたいでさ。シェインさんと、王都で二人暮らしするんだって」



 俺の隣にしゃがみ込んで、コソコソと噂話をするシンソニー。ときどき『女子か?』と、思うくらい、意外と彼は噂好きだ。



「いまでもこんな調子なのに、二人暮らしなんかしたら、たいへんなことになるんじゃねーの?……あ、やべ、俺鼻血でそう」


「やめなよ、ああ見えてシェインさんは常識あるから、そんな、変なことにはならないと思うよっ」


「そんなこと言って、シンソニー顔真っ赤だぞ」


「オルフェもだよ?」



 赤くなった顔を見あわせて、ため息をつく思春期な俺たち。



「はぁ。ダメだって思うと余計に燃えるのかもな。いいよなぁー。俺もミラナといちゃいちゃしたいな」


「あれ? 前、抱きつかれたって言ってなかったっけ?」


「はぁ? いつの話だよ。あれは俺のなかで、とよばれてる出来事なんだぜ。そう何度も起きるわけねーだろ」


「そっか」


「いいよな。シンソニーはいつも、エニーといちゃついてるもんな」


「あ、あれはっ、そんなんじゃないよ。僕、全然意識されてないから、女の子と同じだと思われてるみたいで……」



 ますます顔を真っ赤にして否定するシンソニー。このころの彼はほんとに華奢で、声も高くて可愛かった。



「でもこの間、手つないでただろ」


「あれは、早く早くって引っ張られてただけだよ」



 シンソニーは『違う違う』というように、顔の前で手を振った。


 だけど、二人は本当に仲がいい。それも、どちらかというと、エニーがシンソニーを追いかけてる印象だ。


 俺にはシンソニーが告白すれば、すぐにでも二人はくっつきそうに見えた。



「くそー、羨ましいな。俺一度でいいから、ミラナと恋人つなぎしてみたいぜ」


「あれ? そういや、告白するんじゃなかったの?」


「やっ、やるぜ。明日こそなっ」


「あー、さては。またファイアーボール撃ってたんだね?」



 いつも「やるぜ」と言いながら、なかなか行動に移さない俺に、シンソニーが呆れた顔をする。


 とはいえ勇気がないのは、シンソニーも同じのはずなんだけど。



「黙りなさいシンソニー君。ていうかそれ、恥ずかしいからみんなには内緒ね? シンソニー君口軽いから俺心配」


「あはは。ごめん、気を付けるよ。だけどきみのファイアーボールを見たら、みんなびっくりすると思うんだけどな」


「俺の弱腰ファイアーのことは、俺たちだけの秘密だシンソニー」


「はは、そんな名前だったんだ」


「あぁ。だけど俺が弱腰ファイアーを撃つのも今日までだ! 俺はやる。んで、ミラナの恋人になったら、俺も『オルフェルぅん』って言って、パンくずとってもらうんだ♪」


「ぶ、なにそれ。ミラナ、そんなのやりそうにないよ?」


「わ、見ろよ。あの二人、ますますいちゃつき出したぜ……」



 妹といちゃつくシェインさんを眺めながら、願望まみれのくだらない話をする俺。


 急にシンソニーの顔色が悪くなって、嫌な気配に会話が止まる。



「わ、オルフェ、後ろ!」


「うわ、ミラナ……」



 振り返ると、ミラナが顔を真っ赤にしてそこに立っていた。



「オ、オルフェルのスケベッ! 最低っ!」



 ミラナが俺を叩こうと振り下ろした手を、俺は思わず握ってしまった。


 ミラナの指が俺の指と指の間に交互に挟まっている。



「あ……恋人つなぎ……。三年半待ち望んだ瞬間がこんな形で……」



 思わず指先をにぎにぎっと動かす俺。やわらかい、細い指に、ついつい『にへっ』と、口元がゆるむ。



「んもーっ! なにがグレインの奇跡よっ! バカッ!」



 ミラナはますます顔を真っ赤にして、どこかへ走っていってしまった。



――てか、すごい最初のほうから聞かれてたな。告白、する前にバレちまった……。



 その日から俺は、ミラナの手の感触を思い出してはニヤニヤする日々をすごしていた。


 だけど、ミラナはそれっきり、俺のことを『スケベで最低のバカ男子』と認識してしまったようだ。


 そのあと何度か告白してみたけど、まったく本気にされないどころか、蔑んだ目で見られるようになってしまった。



「なぁ、グレイン。また奇跡って起こせたりする?」



 俺はサーイン川に向かって親友に話しかける。


 そのころ俺のなかで、この川はグレイン川という名称になっていた。


 あんまりくだらない質問をしても、グレイン川は返事をしてくれない。


 たぶん、呆れてるんだろうな。



      △



「ミラナ、まだやってんの? 早く帰ろーぜ」


「もう、急かさないで。勝手に先に帰ってよ。私はまだ、やることがいっぱいあるの」


「せっかく家も近いんだしさぁ、そんなこと言わずに一緒に帰ろーぜ」



 中等学校で生徒会長になったミラナに、俺はしつこく話しかける。


 何度冷たくふられても、俺の燃える恋心が消沈することはなかった。



「わ、こまけぇ。こんなことまで記録とってんの? 時間がかかるわけだ」


「もう、オルフェルったら、返してよ」



 彼女がつけていた日誌を手に取り、頭上に掲げて眺める俺。身長差がそれなりにあるため、ミラナは手が届かない。


 背伸びで手を伸ばしてくる彼女が可愛くて、ついついからかいたくなってしまう。



「いやー、本当に読みやすい日誌だな」


「いつもいつも、私をからかって楽しいの?」


「俺は真面目に褒めてるんだぜ。俺には、こんなわかりやすい日誌は書けねーからさ。すげーなって思って」


「ほんと?」


「あぁ、ここなんか、当番サボったやつがだれなのか一目でわかるよな」


「ありがとう。でもサボってるのほとんどオルフェルだよ」


「ほんとに、素晴らしい日誌だな」



 気まずさに咳払いしながら、俺はミラナに日誌を返す。



「なぁ、日誌、手伝わせてくれよ」


「やだよ、オルフェルが書くと読みにくいもん。頑張ってるから、もうちょっとだけ待ってて?」


「え、待ってていーの?」


「うん……。静かに待っててね」


「わかった!」



 そして、ミラナと下校する権利を得た俺は、マテを命令された犬のように、賢くミラナを待ったのだった。



*************

<後書き>


 グレインへの遠慮もあってか、弱腰ファイアーを撃ってはミラナへの告白を先延ばしにしていたオルフェル君。


 しかし、シンソニーとしていたくだらない話をミラナに聞かれてしまい、気持ちがばれてしまいます。


 そして彼の片思いは、暗礁に乗りあげたのでした笑


 次回は三章の最終話です。時間は現在に戻ります。貸し部屋ラ・シアンで封印を解かれたオルフェル君にミラナは……。


 第四十話 解放レベル3~恐怖心と恋心~をお楽しみに!



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