038 グレイン2~負けず嫌いな二人~


 場所:サーイン川

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「やっと私たちの出番ですね! シンソニー、思いっきりやっちゃいましょう」


「ミラナ、絶対勝つわよぉ!」



 ミラナとシンソニーは、気合い十分の守護精霊たちに見守られ、真剣な顔を見あわせて、「うんうん」と頷きあった。



「じゃぁ、山にあたっちゃうから川下に向けてとばそっか」


「そうだね」


「え? 二人とも、どんだけ飛ばすつもり!?」



 ミラナとシンソニーが靴を脱ぎはじめ、俺とグレインも慌てて靴を脱ぐ。


 俺たちは冷たい水のなかに足を踏み入れ、川向うではなく川下に向かって立ちなおした。


 俺とグレインが、かまえる二人の横に立って、ファイアーボールをそっと空中に浮かべる。



「やるよー! グレートゲイル!」


「おっと、シンソニー!? まさかの上級魔法かっ!」


「ゼログラビティー!」


「おっと! こっちも上級魔法!? 二人ともめちゃくちゃ負けず嫌いじゃねーか!」


「俺たちの初級魔法の戦い見てくれてましたかー!?」



 シンソニーの起こした風で、二つのファイアーボールがどこまでも飛んでいく。


 フィネーレとローレンがそのあとを追っていき、どちらが遠くまで飛んだか結果を教えてくれた。



「ミラナね。ゼログラビティーで重さを奪った分遠くへ飛んだみたい」


「って、それ飛ばしたの僕の風だけど!?」


「あはは。やられたな、シンソニー」


「ほんとだ、ミラナにやられた!」


「うふふ、私の勝ち!」



 悔しそうなシンソニーの顔を見て、ミラナが得意げに笑っている。



――あれ……? 笑うと可愛い。



 そしてミラナの笑顔を真横で見ていた俺は、普段の真面目顔とのギャップに、『キュン』となってしまったのだった。


 いま思えばこれが、俺の長い長い片思いの始まりだったのかもしれない。



      △



 俺たちは勝負のあとも、門限ギリギリまで、川辺でじゃれあって遊んだ。


 四人とも勝負でくたびれていたけど、あの日はなんだか本当に帰るのが惜しかった。


 ミラナとシンソニーと仲良くなって、いろんな話をして、二人は真面目なだけじゃなくて、結構面白いんだってこともわかった。


 そしてミラナは、俺がふざけてかけた水で髪や服が濡れていて、子供のくせに、妙に色っぽかったのだった。



「うーん、今日はさすがにもう帰んねーとな。俺とオルフェルの勝負は明日に持ち越しだ!」


「おぅ! 明日こそはどっちがつえーか決めようぜ」


「じゃぁ、明日、昼飯食ったらまたここに集合な!」


「わかった! シンソニーとミラナも来いよ、審判で保護者なんだからな」


「了解!」


「うん、お昼ね!」



 帰るころにはミラナもシンソニーも、真面目なことを言わなくなっていて、俺たちは、明日もサーイン川で集まる約束をして別れた。


 だけど、俺たちは、その約束をはたすことができなかった。



      △



 翌朝、めったに鳴らない村の警報が鳴り響き、村は異様な雰囲気に包まれていた。


 慌てた顔で帰ってきたかぁちゃんが、俺の姿を見て泣きながら俺に抱きついてきた。



「オル! よかった、生きてたんだね……!」


「な、なんだよ、かぁちゃん」



 かぁちゃんが言うには、空から飛んで来た巨大な竜に、子供が頭からすっぽり食われたのだという。


 村のだれかが見間違って、食われたのは俺だとかぁちゃんに伝えたようだった。


 それを聞いて、俺にはすぐに、食われたのはグレインだということがわかった。


 あとから聞いた話では、竜はあっという間にグレインを一飲みにし、そのまま飛び去ってしまったらしい。


 グレインの痕跡は、なにひとつ残されていなかった。



      △



 あのころ、泣いているベランカさんを、シェインさんが抱きしめているところを何度も見かけた。



――なんか、兄妹なのに、すげーいちゃいちゃしてんな。



 俺はそれを見るたび、毎回そんなことを思っていた。


 俺はグレインがいなくなっても泣かなかった。葬式のときだって、泣かなかった。


 死んだところを見たわけでもないし、葬式っていっても死体もない。



――きっとなにかの間違いだろ。



 そう思ってれば、グレインはケロッとして帰ってくる、そんな気がして……。



 そんな俺に、シェインさんは何度も、「グレイン」と声をかけてきた。


 俺がひどい顔で振り返ると、気まずそうに頭を掻いて口元を歪ませる。


 そんな彼を、ベランカさんが慌てて引きずっていった。


 あのころ、心がどうしようもなく弱っていたのは、ベランカさんだけではないようだった。



      △



 グレインがいなくなって三ヶ月経っても、俺はまだ、一度も泣いていなかった。


 それどころか、『約束したのに』と、だんだん、腹まで立ってきていた。


 イライラがずっと、俺のなかをかきむしっている。


 グレインに会って、一言文句を言いたくて、俺は一人でサーイン川へ向かった。


 そんな俺のあとから、なぜかミラナがついてくる。


 あの日、仲良くなったと思ったミラナだったけど、あれ以来一度も、俺たちは会話をしていなかった。



「なんだよ……。なんでついてくんの」


「私……保護者だから」


「うぜー」



 川についてもグレインがいるはずもなく、俺は川辺で練習用の両手剣を振り回していた。


 イライラに任せて魔力を込めると、赤くなった刃から炎があがる。


 練習用の剣は俺の炎で悲鳴をあげ、どんどんボロボロになっていった。



――絶対あとで怒られるな。


――これ学校の備品だし。



 そう思いながらも剣を振りつづける俺を、ミラナはじっとみている。



――心配してくれてんのかもしんねーけどな。こんなところ、見られたくねーんだよ。



 三ヶ月も我慢していた涙が、こんな最悪のタイミングで、どうしようもなく止まらなくなってしまう。


 止めようとしても、次から次へと流れ出てきた。


 もう、剣も振れなくて、ボロボロの剣を片手に、カッコ悪く嗚咽を漏らす。


 そんな俺に、ミラナが突然後ろから抱きついてきた。



「……なんだよ、いきなり……」


「さみしいね……」



 彼女の細い指が、俺のシャツをぎゅっと握りしめ、ふるふると震えている。



「……うん……さみしいんだ、俺……。すげー、さみしい……」


「私もだよ」



 俺たちは二人で、気がすむまで泣いた。


 その日以来俺は、完全にミラナから目が離せなくなってしまった。


 だけど俺は、そのあとゆっくり気付くことになった。


 俺が彼女を好きになった日、彼女が好きだったのはグレインだったと。



*************

<後書き>


 楽しそうなミラナを見て、恋に落ちてしまうオルフェル君。だけどその翌日、グレインが竜に食べられてしまいます。


(たまに、グレインは本当は生きていてひょっこり帰ってくるのでは?という感想をいただきますが、帰っては来ません。飲みこまれてます汗 紛らわしくてすみません)


 一緒に泣いてスッキリしたことで、ますますミラナを好きになってしまった彼ですが、『ミラナとグレインは両想いだったのでは?』と思う気持ちがぬぐえません。


 次回、第三十九話 グレイン3~ちょ、刺激強いな!~をお楽しみに!



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