014 ワンダリングボード~順調な人生~

 場所:オルンデニア/クーラー邸

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 リビングにとおしてもらうと、ハーゼンさんとネースさんがソファに座っていた。


 ネースさんが、ライルとエリザを見て、慌ててハーゼンさんの後ろに隠れようとしている。


 ソファの背もたれとハーゼンさんの背中の隙間に入ろうとしたようだけど、ハーゼンさんはどっしりしていてまるで動かない。


 仕方なくネースさんは立ちあがって、ソファの後ろに隠れた。



「はっひゃー! オグナドーザ! ハーゼン、ハーゼン! ティッポ山のウィングキャットもらっ」


「お! ずいぶん可愛いちびっ子が来たな。ネースが興奮してる」


「ネースさん、ハーゼンさん、こんにちはでーす☆」


「あひぃっ! ヒャッカラーマン! ボクタンもう、ダメッ」



 ライルを指差してなにか言っていたネースさんだけど、エニーの登場で、さらにテンションがおかしくなった。


 青白い顔を赤らめて、ハーゼンさんのガッチリした逞しい肩に顔をうずめている。



「みんな、来てくれてうれしいよって、ネースが言ってるぞ」



 ハーゼンさんの通訳はかなり大雑把なんじゃないかという気もするけど、エニーが可愛すぎて困っているのは確かなようだ。



「ネースさん、カタ学の友達のエリザとその弟のライルっす。今日はよろしくっす」


「「よろしくお願いします」」



 俺が二人を紹介すると、エリザとライルも頭を下げた。ライルはまだ小さいけれど、素直で礼儀正しくて、可愛いヤツだ。



「アールヴヘイムもらね……」


「アール……なんすか?」



 またネースさんがなにか呟いて、聞いてもわからないとわかっていながら、俺はついつい聞き返した。


 ギョッとしたように俺を見たあと、すぐに目を逸らすネースさん。



――え? 聞いちゃダメだった?



 するとライルが瞳をキラキラさせながら、ネースさんに駆け寄った。



「僕知ってるよ! アールヴヘイムは、キラキラの妖精さんがいっぱい住んでるんだよ! ね? ネースさん」


「はひゃっ。タートルニュックもらっ」


「それも知ってる! 渦巻きの海からニュッと出てくる亀の魔物だよね!?」


「ハーゼンッ! ボクタン部屋に戻るもらっ」


「えっ?」



 ライルに詰め寄られたネースさんは、突然立ちあがりいそいそと部屋に戻ってしまった。


 エリザが驚いて目を丸くしている。ライルも小さな肩を、しょんぼりと落としてしまった。



「僕、ネースさんを怒らせちゃったのかな?」


「いやいや? なんか嬉しそうだったぞ? あれは、ライルが物知りでびっくりしたんじゃないか?」


「そうなんっすか? 相変わらずわかりにくさがふりきってるっすね」



 長年の付きあいのハーゼンさんも、さすがに理解しきれなかったのか少し首を傾げている。


 俺たちが騒然としていると、ネースさんがなにか持って戻ってきた。



「アジール製のおもちゃだよ。みんなで遊ぼう」


「あ! 懐かしい! ワンダリングボードっすね! やりたいっす」


「これはイニシス国歴五五十二年に発売された超限定品だ。コレクターが握りしめてて滅多なことでは手に入らない希少品中の希少品だよ」


「あれ? 俺、ネースさんの言葉が理解できてるぜ!?」


「はは。ネースは本気のときだけ普通に戻るんだ。これは本気の勝負だな」


「そうなんっすね!?」



 ネースさんは、ライルのためにおもちゃを取りに行ってくれただけだった。


 彼はおもちゃが大好きで、部屋にあふれるほど置いてあるのだ。


 それから俺たちは、みんなでワンダリングボードをして遊んだ。


 ワンダリングボードは広げると小さな世界のようだ。


 牧場に牛が歩いていたり、教会のカネが鳴りだしたりと、細かい仕掛けが凝っていて、完成度の高さに目を見張る。


 魔法のスロットをまわすと、出た目の分だけ、それぞれの小さな馬車が道を進んでいった。


 馬車が止まるたび、空中に浮かびあがる指示にしたがいながら、できるだけ多く宝を集め、目的地を目指すゲームだ。


 浮かびあがる指示の内容は、


『学校に入学する。右隣の人から入学祝いがもらえた』


『いちばん近いマスの人と結婚する。全員からご祝儀がもらえた』


 みたいなうれしいものから、


『財布を落とし二万レン失う。五マス戻る』


 みたいな、残念なものまでいろいろで、まるで人生の縮図のようなゲームだ。



「やった、俺! ミラナと結婚だぜ!」


「わ、ついに夢が叶ったね! オルフェ」


「生まれてきてよかったっ! ありがとう、かぁちゃん!」


「オルフェル、泣くのやめて……」


「ぐすっ、あ、べランカさんは、ネースさんと結婚っすか?」


「こんなゲーム、ぶち壊してやりますわ」


「はひぃっ! やめてっ。この氷結娘っ!」


「あ、ライル君は入学だね☆ はい、お祝いだょ♪」


「やったー! ありがとう、ニニお姉ちゃん!」


「ライル君可愛い! お祝い三倍あげちゃう!」



 俺はそのゲームでエリート騎士になり、ミラナと結婚したうえ三人の子供を授かって、見事に一位でゴールした。


 ライルは三位だったけど、それでも楽しかったと言って喜んでいた。


 エリザもずっと笑っていたし、ミラナも珍しく気が抜けていて、すごく楽しそうだった。



――――――――

     ――――――――



――そうだ。あのゲームをしたあたりから、俺の学生生活は、結構順調だった気がする。


――だけどそのあと、なにか大変なことがあったような……。



 子犬の姿になって、ぐったりと毛布に丸まる俺。


 あれからどれくらい時間がたったのだろう。


 ミラナにかけられた沈静化の魔法で、まだ少し身体が重いけれど、そろそろなんとか動けそうだ。


 まだあまり元気は出ないけど、とりあえず立ちあがってみた。


 俺はもともと、じっとしてるタイプじゃないうえに、子犬になったせいか、無駄に動きたくなるようだ。


 だけど、ちょっとテンションがあがったからと、ピョコピョコ飛び跳ねてしまうのは、さすがに恥ずかしい。


 俺は静かに移動して、壁際に置かれた姿見の前に立ってみた。



――やっぱり、これ、子犬だよな。なんという手足の短さだ。顔まるいし……腹毛ふさふさ……。



 鏡に映る俺の姿は、赤い子犬だった。顔と腹は白いけど、頭と背中の毛が赤くて、目も赤い。


 その辺りは、人間だったときの俺の特徴を引き継いでいるようだ。



――うー、俺、顔だけはいいってよく言われたのに。これじゃ、俺の一番の武器が台無しじゃねーか。



 しょぼんとする俺を、ミラナがまた抱きあげた。



「オルフェル、もう、動けるようになったんだ。よかった~。うふふ、ふわふわだねぇ、子犬なオルフェル、可愛い」



――えぇーー!?

「きゃう!?」



 ミラナは俺を抱きしめて、スリスリと頬ずりしはじめた。


 俺の記憶のなかのミラナは、いつも俺には、冷ややかな対応だった。ずっと真面目な顔で、ミラナを笑わせようとする俺を睨みつけていた。


 俺がどんなに頑張ってアピールしても、手に触れることすら叶わなかったはずだ。


 そんな彼女がいま、俺を抱きしめ、なんだか幸せそうに、ゆるゆると頬を緩めている。



――なんだこれっ、うそだろ。俺、子犬のほうが、ミラナにモテてるっ!?


――あ、そこさわっちゃダメ、ミラナさん!?



 いくら俺が子犬だからと、対応に差がありすぎじゃないだろうか。


 俺は体を撫で回され、興奮で思わずミラナの頬を舐めそうになるのを、必死に堪えた。


 たぶんこれは、普通に子犬的な衝動なんだけど、『さすがに舐めちゃダメだろ』と人間の俺が言っている。



「ふふ。なんか、子犬って癒されるな~」


――ひどい、生殺しだ。



 やっとミラナから解放された俺は、ふらふらとふらつきながら、さっきの毛布に戻ったのだった。



*************

<後書き>


 ネースさんがもってきてくれた、ワンダリングボードで遊ぶオルフェル君たち。


 人生ゲームのつもりで書いてたんですが、人生ゲームってたしか、特定の人と結婚できませんよね(汗)なにか別のルールがあるみたいです。


 順調にゲームをクリアしたオルフェル君ですが、実際の人生は犬のようです。



 次回、第一章第十五話 理不尽な追放~残念でならないのだが~をお楽しみに!




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