048 死ぬかと思った!~闇夜を照らす一等星~
場所:ガザリ山
語り:シンソニー・バーフォールド
*************
「「サンダーストーム!」」
僕が『もうだめだ』と思ったとき、背後ですさまじい雷鳴がとどろいた。
同時にゴーゴーと激しい雨音が鳴りはじめる。
――雷雨? 僕たち濡れてないけど。
ミラナが立ち止まって振り返ると、ポイズンスパイダーとマダラクネのいた空き地だけに、滝のような激しい雨が降り、そこに黄色い電光が無数に走っていた。
ポイズンスパイダーは黒焦げになって倒れ、マダラクネは霧状に姿を消して魔石になる。
「ミラナ、あれは……」
「騎士団長さんだ……」
いつかギルドの前で見た三人が、ポイズンスパイダーの死骸の前に立っているのを見て、ミラナはペタンと尻もちをついた。
△
「わ、きみは、魔物使いのミラナちゃんだね! こんばんは! こんなとこでなにしてたのかな? 危ないよ、夜の山は」
そう言ってミラナに声をかけてきたのは、前にも騎士団長と一緒にいた、藍色の髪の女騎士さんだった。
「あ、ごめんね? 会うの二回目だけど、ろくに名乗ってないよね。僕はカミル・グレイトレイ。王都を守る防衛隊の総隊長をしてるよ。で、こっちは、コルニス。過保護で有名な僕の専属治癒魔導師だよ。イーヴ騎士団長は、知ってるよね?」
「はっ、はいっ」
戸惑った顔をしたミラナに、自己紹介するカミルさん。ついでに紹介されたコルニスさんも、隣でペコリと頭を下げている。過保護って言われたせいかちょっとムッとしてるみたいだ。
「あっあの、ごめんなさい、私、立てなくて……。こんな格好で……」
気恥ずかしいのか、顔を赤くして俯くミラナ。ホッとして座り込んだのかと思ったけど、雷鳴に驚いて腰を抜かしたみたいだ。
本当にすごい音だったから、あれは仕方ないと思う。僕も人間だったら腰を抜かしてたかもしれない。
「ごめん、間近でびっくりしたよね。僕は水属性の魔導剣士でね。雨を降らせられるんだ。で、先生は雷が落とせる。二人一緒なら、雷雨が起こせるってわけ」
「な、なるほど……」
ミラナはそう返事をしたものの、まだポカンとした顔をしている。
さっきの雷雨の激しさは、本当に尋常じゃなかった。騎士団長や総隊長ともなると、使う魔法も桁違いみたいだ。
「コルニス、治してあげて」
「了解です!」
防衛隊長が指示を出すと、コルニスさんがミラナにキュアパラリシスをかけてくれた。コルニスさんに支えられながら、ミラナがゆっくりと立ちあがる。
キュアパラリシスは、麻痺だけじゃなく、気絶も治せたり、怯えを取り除いてくれたりする優しい風の魔法だ。
「わっ、立てました! ありがとうございます!」
「びっくりしすぎて神経が麻痺したんですよ」
「お恥ずかしいです」
「まだ具合悪そうですね。ポーションの飲みすぎのようです。ヒールで多少はマシになりますが、あとは胃腸を休めるしかないですよ」
ミラナの顔色を見ただけで、コルニスさんが原因を言い当て、さらにヒールをかけてくれた。
僕と同じ風属性の魔導師だけど、騎士の専属治癒魔導師というのは、
キュアパラリシスなんて、あんまり練習する機会もなかったし、僕は使ったこともないよ。
もし、僕が今日、キュアパラリシスを使えてたらって思うと、なんだか、悔しいくらいだ。
――コルニスさんって、しっかりしてて背が高くて憧れちゃうな。
僕がそんなことを考えていると、倒した魔物を確認していた騎士団長がこっちに歩いてきた。
「すごい火柱があがっているのを見てきてみたが、まさかここにマダラクネがいたとはな。ちょうど防衛隊に討伐要請がきて、探していたところだったのだ」
「大丈夫って言ってるのに先生ついてくるんだもんな。僕の仕事だよ」
「どうにも、可愛い弟子が心配でな」
「本当にもう。先生も過保護なんだから」
防衛隊長が騎士団長を見て苦笑いしている。二人はどうやら、師弟関係のようだ。
騎士団長は、顔も声も本当にかっこよくて、煌めく一等星みたいな人だ。歩く姿も美しくて、憧れずにはいられない。
だけど、ミラナを見た彼は、級にソワソワしはじめた。
「きっ、きみは……。ミラナ君じゃないか。あの、可愛いワンコ君……、オルフェル君は今日はいないのか? できればまた、会いたいと思っていたのだが……っ」
キリリとしていた顔をゆるゆるに緩めて、キョロキョロとオルフェを探す騎士団長。
「オルフェルは封印してしまって……。魔力を回復させないと出せないんです」
「そ、そうか……」
ミラナの返事を聞くと、騎士団長はひどくガッカリした顔で肩を落としてしまった。彼は本当に、オルフェがお気に入りみたいだ。
オルフェに会えないとわかり、またキリリとした顔に戻った騎士団長がミラナに訪ねてくる。
「もしかして、マダラクネの討伐依頼を受けてきたのか? 確かきみは、B級冒険者になったばかりだった気がするが……。ポイズンスパイダーもマダラクネもA級の魔物だぞ」
「いえ、私たちは、毒消し草の採集依頼を受けただけで……。あっ! たいへん! ケリンさんを忘れてたわ!」
ミラナがそう大声をあげたとき、近くの草のなかから、うめき声が聞こえてきた。
それは、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きになった、ケリンさんのうめき声だった。
「ケリンさん!」
「わっ、こんなとこにだれかいた! あちゃ、なんかプルプルしてるっ。たいへんそうだよ。コルニス、治してあげて!」
「了解です!」
真っ赤になって
「死ぬかと思った!」
「ケリンさん、生きててよかったです!」
一安心したミラナの顔に、ようやく少し笑顔が浮かぶ。
いろいろと事情を説明すると、騎士団長たちは僕たちをサビノ村まで護衛してくれた。
それから、コルニスさんも手伝ってくれて、村の人たちはみんな元気になったんだ。
本当に、あのタイミングで、騎士団長たちが来てくれてよかった。
もし、来てくれてなかったらって思うと、本当にこわいよ。
僕たちは依頼達成の署名をもらい、蜘蛛の巣の除去も手伝って、翌々日に王都へ帰った。
*************
<後書き>
窮地に陥ったミラナたちを助けたのは、ベルガノン王国の騎士団長イーヴと、王都ヴィリーバリーの防衛隊総隊長カミル、そしてその専属治癒魔導師のコルニスでした。
この三人は『ターク様が心配です』からの助っ人です。
オルフェルが隠したケリンさんも見つけて、一安心したミラナたちは村に戻ります。
次回はオルフェルの語りに戻ります。三百年前、イニシスの王都オルンデニア。ミラナのいなくなったカタ学で、オルフェルは……。ここから七話連続で回想になります。
第四十九話 追放反対~騒乱のオルンデニア~をお楽しみに!
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