049 追放反対~騒乱のオルンデニア~
場所:国立カタレア魔法学園
語り:オルフェル・セルティンガー
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――ここは、どこだ? ひどく静かだ。
――俺、マダラクネに食われて死んだのか?
うっすらと目を開けた俺、オルフェル・セルティンガーは、頭上に黒い魔法陣を見た。
――またここか……。
自分のいる場所を察して、俺は再び目を閉じる。
頭に蘇ったのは、ミラナがカタ学を追放されたあとの、イニシス王国の王都、オルンデニアの記憶だった。
△
闇属性の魔導師たちが王都から追放され、ミラナがイコロ村に帰って四ヶ月がすぎたころ、オルンデニアは、かなり異様な雰囲気に包まれていた。
3年生になり、生徒会長の仕事にも慣れてきた俺は、成績を維持しながらそれなりに順調な学生生活を送っていた。
だけど、闇属性の魔導師が追放された王都では、街中で過激な闇魔導師追放運動が行われるようになっていた。
「イザゲルを許すな! 国王様を恐ろしい闇の魔術で騙し、王妃様と王子を殺して逃げた邪悪な魔女め! 探し出して火炙りにしろ!」
「不気味な呪術を使う闇魔導師は、全員、国外に追放せよ!」
王妃様が亡くなって以来、彼女の死を嘆き、祈りを捧げる集会があちこちで行われていたけれど、それがしだいに激化したのがこれだった。
逃げたまま見つからないイザゲルさんへの怒りだけでなく、罪がないはずの闇属性魔導師たちへの拒絶反応も収まりがつかない。
王都から追放しただけでは飽き足らず、「国外追放を!」と叫ぶ民衆が日に日に増加していく。
なかには、最初の王の意見にしたがい「闇魔導師を全員死刑にしろ!」なんて言いだすやつまでいた。
彼らの一部は、黒いローブ姿で顔を白く塗り、恐ろしい化粧をしている。
悪い闇魔導師の恐ろしさを自ら表現し、皆に恐怖心を植え付けようとしているのだ。
彼らは自分たちを国王派とよび、「闇魔導師反対!」と書かれた旗を持って、毎日街を練り歩いた。
一方で、闇属性魔導師たちの追放に抗議したものたちも、街中に集まっては騒ぎを起こしていた。
「闇属性魔導師の追放反対! 悪いのはイザゲルに無理を強いた国王だ! 罪もない魔導師を追放するな!」
「危険というならほかの属性の魔導師のほうが危険だろ!」
彼らの主張のとおり、実際に闇属性の魔導師たちは、よほどのことがない限り悪い魔法なんて使わなかった。
なぜなら闇属性は、自ら唱えた呪文で、いちばんダメージを受けやすい属性だからだ。
闇属性魔法は、幻術や封印に重力魔法、さらには死者や魔物を操るような恐ろしい魔法まで、さまざまに使える。
その反面、呪文を唱えた本人に少しでも悪意や害心、罪悪感などがあると、闇の力に引きずり込まれ、闇に堕ちるといわれているのだ。
闇に堕ちた魔導師は、身体が干からび、正気を失ってしまう。そのうえ体からは、恐ろしい闇のモヤが溢れ出すといわれていた。
だから闇魔導師たちは、自分の使う魔法が正しいかどうか、常に自問自答している。
軽い気持ちで魔法を放って事件を起こす頻度は、ほかの属性に比べ格段に低かった。
つまり、イザゲルさんは長い間、悪気なく幻術を使い、国王を騙していたのだ。
彼女はそれが、国王や国民のためになると、心から信じていたのだろう。
もしくは、ほかの魔導師たちが、自分と同じ目に遭わないようにと、自己犠牲の思いで行っていたのかもしれない。
「闇属性魔導師追放反対! イザゲルを免罪せよ!」
そう叫びながら、追放反対派の民衆を引き連れて歩いているのは、なんと、ハーゼンさんだった。
彼はイザゲルさんが王子と結婚し、幸せになると信じて彼女を見送ったのだと、俺は村の人たちから聞いていた。
それがこんな結果で、イザゲルさんの行方もわからず、頭に血が昇っているようだった。
彼は、大きな文字が空に飛び出す、不思議な魔道具を手に活動していた。表にはでてこないけれど、彼の後ろにはネースさんもついているようだ。
どちらの主張も日増しに過激になり、街のあちこちで、派閥同士の睨みあいや、喧嘩も起きている。
平和だった王都は、かなりの騒ぎになっていた。このままではこの運動は、全国に広まってしまうかもしれない。
――ミラナは、本当に大丈夫なのか? 変な言いがかりをつけられて、一人で苦しんでんじゃねーのかな。
△
ミラナが追放された一カ月後、休暇でイコロ村に帰った俺は、村で暮らすミラナに会いに行った。
彼女は村の学校に通うこともできず、とりあえず、家の手伝いなんかをしてすごしているようだった。
彼女は気丈に振る舞っていたけれど、以前に比べて元気がないのは、だれの目にも明らかだった。
国の機関に所属させてはならないという王からの通達は、無情にも彼女から、輝けるはずの未来を奪い去ったのだ。
「ミラナ、やっぱり俺、こっちに帰ってミラナと一緒に……」
「ダメだよ、オルフェル。あなたまで帰ってくることないよ。みんな、村からエリート騎士が誕生するのを楽しみにしてるよ」
「だけど、ミラナはどうなんだよ。そんなつらそうな顔して……。俺、ほっとけねーよ」
「私は大丈夫だよ。クイシスがいるから」
ミラナは俺にそう言ったけど、クイシスはミラナを闇魔導師たらしめている闇の精霊だ。
ミラナの気持ちは、きっと複雑なはずだった。
だけど、子供のころからずっと一緒だったクイシスを捨てることは、彼女にはできないだろう。
俺だって、同じ状況でも、フィネーレを悲しませるようなことは、絶対しないつもりだ。
俺たちと守護精霊は、物心ついたころから、ずっと一緒に育ってきたのだから。
△
結局なにもできないまま、俺は残りの休暇をダラダラとすごし、またカタ学に戻ってきた。
休み明けのオルンデニアは、前よりたいへんな騒ぎになっていた。
そして、ネースさんとハーゼンさんは、休みの間も村に帰らず、追放反対の運動を活発にしていたようだった。
――ほんとに俺、これでいいのかな。
俺はというと、心のなかはもちろん、追放反対派だった。
だけど、エリート騎士を目指していた俺は、活動に参加するわけにはいかなかった。
国王派と追放反対派の対立に割って入り、騒ぎ立てる彼らを制圧していたのが、国家騎士団だったからだ。
国家騎士団はいまのところ、治安を守っているだけで、どちらかの派閥に加担している感じではない。
カタ学の先輩である聖騎士エンベルト・マクヴィックが、国王に苦言を呈し、闇属性魔導士を助けようとした、という噂もある。
だけど普通に考えれば、国家騎士団は国王派だろう。彼らはみんな、国王のための騎士なのだ。
もともと、ミラナと恋人になりたいという、不純な動機で騎士を目指していた俺。騎士になってどうありたいという崇高な思いもない。
本当にこのまま騎士を目指していていいのか、俺は頭を悩ませていた。
――闇属性魔導師を取り巻く環境は、これからも悪化していきそうだ。やっぱり俺、もう村に帰って、ミラナを守ったほうがいい気がする。
――だけどミラナは、また反対すんだろうな。生徒会長の仕事も、騎士になるのも、投げ出したら口聞かないって言われたんだよな。
――だけどこんな状況だしな……。次の休暇で帰ったら、もう一度ミラナとじっくり話しあおう。
そして四カ月後、カタ学が次の長期休暇に入ると、イコロ村に帰る準備を整えた。
*************
<後書き>
ミラナが追放されたあとのオルンデニアは、国王派と追放反対派が激突し、たいへんな騒ぎになっていました。
イコロ村で暮らすミラナが心配で、もう村に帰りたいオルフェル君ですが、ミラナはそれに猛反対です。
しかし、国王の騎士になること自体に疑問を感じた彼は、もう一度ミラナと話しあうため、またイコロ村に帰ります。
次回、第五十話 帰省準備~ウーロのお守り~をお楽しみに!
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