047 命令と支援~侮れない調教魔法~


 場所:サビノ村

 語り:シンソニー・バーフォールド

 *************



 毒に侵された村人たちの治療は、かなり落ち着きを見せていた。


 僕たちがとってきた毒消し草から作られた解毒薬が、驚くほどの効果を発揮したんだ。


 僕、シンソニー・バーフォールドが、ホッと一息ついたとき、外がにわかに騒がしくなって、村の人たちの騒ぐ声が聞こえてきた。


 様子を見に外に出ようとした僕だったけど、集会所の入り口は、蜘蛛の巣に覆われてしまっていた。


 何人かの人が、蜘蛛の巣に引っかかり、身動きが取れなくなっている。いったいいつの間に、こんなことになったんだろう。


 それで僕は、外に出るのに手間取ってしまったんだ。


 外から、オルフェのトリガーブレードを抜く音が聞こえて、僕は少し、嫌な予感がした。


 松明を持った人たちが、慎重に糸を取り除いて、引っかかっていた人たちを助け出し、僕はやっと外に出られた。



――オルフェの声がしてたけど、なにがあったのかな?



 不安に駆られながら、ミラナのいる部屋に行ってみると、服を着替えたミラナが、ガブガブと魔力回復ポーションを飲んでいた。



「ミラナ、今日はもう飲んじゃダメだって言ったのに」



 その手からポーションを取りあげた僕に、ミラナは泣きながら縋りついてくる。



「だって……! オルフェルが一人で行っちゃったの! 早く追いかけて捕まえないと……」


「そうだね。でもポーションはだめだよ、あとで気持ち悪くなるよ」


「あーん! どうしよう、シンソニー!」



 なんでも着実にやっていくタイプの彼女は少し、予定外の事態に弱いところがあるんだ。


 だけど、こんなに取乱した彼女を見たのは、さすがにはじめてかもしれない。



――こういうときは、僕がしっかりしなきゃだよね。



「追いかけよう。きっと大丈夫だよ」



 ミラナを支えながら立ちあがらせて、僕たちはガザリ山に入った。



      △



「ごめんね、シンソニー。気をつけて、警戒しながら行こう」


 山に入ったとたん、ミラナは僕に謝ってきた。


 これは、彼女が僕に、攻撃や守備の命令を出さないときに言う言葉だ。


 命令を受けていない僕は、状況にあわせて、攻撃でも防御でも、好きな行動を取れることになる。


 そういうとなんだか、いつもそれでいいんじゃないかって感じがするけど、実際はそうでもない。


 彼女の調教魔法には、僕たち魔獣の戦闘力を引きあげる効果があるからだ。


 彼女の術を受けると、攻撃モードのときは、闘争心があがり、臆さず戦えるようになる。魔物の顔が怖くても逃げたくなったりしないんだ。


 攻撃力や命中率も格段にあがって、素早く魔物を倒せるよ。


 それから、防御モードのときは、防御や回復、支援魔法の威力があがる。集中力もあがってるから、不意の攻撃も素早く回避できるんだ。


 行動が制限されるデメリットはあるけど、この効果はまったく侮れない。


 調教魔法は、ミラナからの命令であり、支援でもあるんだ。


 だからミラナは申しわけなさそうに、僕に「ごめんね」を繰り返す。



「大丈夫、調教魔法がなくても、僕はきみを守るよ」


「ありがとう、シンソニー」


「当然だよ。友達だからね。オルフェも絶対、無事に連れ戻すよ」


「うん!」



 ミラナの調教魔法がない分、僕も自分で自分に気合いを入れなきゃいけない。


 行く手を魔物に塞がれるたび、僕はそれを倒したり、追い払ったりしてミラナを守った。



      △



 しばらく行くと、僕たちの進む先に、大きな火柱があがったのが見えた。



「オルフェルッ」



 走り出すミラナを、僕は必死に引きとめた。火柱の周りに、巨大なポイズンスパイダーたちが、うようよと集まっていたからだ。



「待って、僕倒せるから」



 あの燃え盛る火柱は、オルフェからあがっているみたいだ。長くミラナから離れすぎて、自分の制御を失ったんだと思う。


 僕たちは魔物になって以来、人間だったころより、ずいぶん気性が荒くなっている。解放レベルをあげたばかりのときは特にそうだ。


 ミラナはそれを調教魔法や不思議なエサを使い、抑え込もうとしているようだった。



――オルフェ、気を失っているのが救いだね。起きてたら取り返しがつかなかったかもしれないよ。



 そんなことを思いながら、僕はオルフェから立ちあがっている火柱に向けて、トルネードカッターを放った。


 できる限りの魔力を込めて、勢いよく、大きく。


 オルフェの炎を巻き込みながら、風は炎の竜巻になり、ポイズンスパイダーに襲いかかった。


 激しい炎で大きな魔物が燃えあがっていく。



――僕のトルネードカッターだけでは威力不足だけど、これならいける!


――もうひとつ!



 うごめくポイズンスパイダーたちを見ながら、僕は二つ目のトルネードカッターを放とうとした。


 でもそのとき、燃えあがっていた火柱の後ろから、背中に蜘蛛の脚を生やした、女の魔物が姿を現したんだ。


 その顔は、オルフェの火柱でやられたのか、真っ黒に焦げている。だけど寸前のところで、なにか魔法を使って回避したのだろう。深手にはなってないみたいだ。



「こざかしいやつらめ! 私の可愛い下僕たちをぉっ」


「わ! マダラクネ!?」


「オルフェル、ハウス!」

――ヒューヒューピー!――



 ミラナの笛が鳴り響いて、倒れていたオルフェがビーストケージに吸い込まれていく。


 それと同時に、火柱が消えてなくなってしまった。残っていたポイズンスパイダーたちも一斉にこっちを向いて、青ざめる僕たち。



「逃げよう、シンソニー!」


「逃がさないわぁぁ! インタングル!」



 マダラクネが蜘蛛の糸を投げつけてきて、僕の足が糸に絡まる。そのまま僕は、どんどんマダラクネのほうへ引きずり寄せられた。



――あぁっ、防御モードなら絶対回避できたのに!



 そう思いながらも引きずられていく僕に、ミラナが調教魔法を発動する。



「シンソニーレベルダウン」

――ピロリローン♪――


「ピッ!? ミラナッ」



 またミラナの笛が鳴り響いて、僕は小鳥の姿になった。体が小さくなって、絡みついた糸から抜け出すことができた。


 だけど、僕は、無力な小鳥に戻されたことに焦っていた。糸を抜けるだけなら、解放レベルをあげて、ワシにしてくれてもよかったはずだから。


 それにこれで、ミラナの魔力もまた尽きてしまったはずだ。



――どうして!?

「ピピー!?」



 そう叫びながらも、僕は理解した。ミラナは僕を小鳥に戻せなくなって、オルフェみたいに、遠くへ逃げられてしまうのを恐れたんだ。


 ミラナはその手に僕を捕まえると、マダラクネに背中を向けて走りだした。だけどこんなの、逃げられるはずがない。


 ミラナはさっきからずっと、足がフラフラなんだから。



――もうだめだっ。



 汗ばむミラナの手のなかで、僕は思わず目を閉じた。



*************

<後書き>


 飛び出していったオルフェル君を追いかけて、山に入ったミラナとシンソニー。


 気を失ったまま火柱を立ちあげているオルフェルを発見し、慌てて封印しましたが、マダラクネに見つかってしまいました。


 ふらふらしながら逃げるミラナですが……。


 次回、第四十八話 死ぬかと思った!~闇夜を照らす一等星~をお楽しみに!



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