046 マダラクネ~虜にしてあげる!~

<前書き>


少し改稿しました。(2024/1/13)


 *************

 場所:ガザリ山

 語り:オルフェル・セルティンガー

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 一人でガザリ山に入った俺は、しばらくしてポイズンスパイダーに追いついた。


 ヤツは草木がまばらに生えた草はらの真んなかで、立ち止まっていたのだ。


 以前村に来たのは体長二メートルだと聞いていたけれど、これはどう見ても四メートルはある。


 暗闇に黒い体で、よく見えないがとにかく不気味だ。


 そして、ヤツの足元には、蜘蛛の糸でまゆのように丸められた、ケリンさんらしきものが転がっていた。


 夜空の星の灯りのせいか、糸が妙に白く光って見える。


 調子に乗ってミラナに強く出すぎた、その失敗から逃げるように、ここまで飛び出してきてしまった俺。


 だけど、ポイズンスパイダーのあまりの大きさに、岩の影に隠れ、身を潜めて様子をうかがっていた。



――待ってろよ、ケリンさん。俺がすぐ助けてやるぜ!


――でもちょっとまってね!? いま作戦考えてっから!



 ポイズンスパイダーは繭状になったケリンさんに顔を近づけ、シャカシャカと口を動かしている。


 ヤツの口には太い二本の鋏角きょうかくがあり、その先からは鋭い毒牙が鎌のように突き出していた。


 それをはさみのように動かして、捕まえた獲物を固定しつつ毒液を注入するのだ。


 考えただけで恐ろしいけれど、いまのところ、ケリンさんを食べようとしているようには見えない。



――すげーでかいな。でも火には弱いはずだ。一匹だけなら突っ込んで勝てるか?



 俺が飛び出すタイミングを見計らっていると、ポイズンスパイダーの脚の陰から一人の女性が現れた。


 露出した肌は茶色と薄茶のまだら模様で、手も足もあるけど、恐ろしいのは背中にさらに四本の脚が生えていることだ。


 あれはきっと、蜘蛛の妖女マダラクネだろう。肩からうえだけ見ると妙に可愛らしく、余計に不気味だ。



――そうだ、ポイズンスパイダーは普通、食べねーやつに毒を吹きかけて逃げたりしねーんだった。マダラクネが背後に隠れてたんだな。


――気づくのが遅かった……。



 カタ学で受けた魔物学の授業を思い出し、唇を噛む俺。


 単に巨大化しただけの蜘蛛なら一人でも、と思ったけど、マダラクネは強力な闇属性魔法を使ってくるのだ。



「んっふふ。うまくいったわ。あなたもいまから、私の虜にしてあげるわね」



 マダラクネはそう言いながら愛おしそうに繭になったケリンさんを撫でている。


 それをじっと見守っているポイズンスパイダーは、どうやらマダラクネの支配下にあるようだ。



――魔物が魔物を調教するなんてな。捕まったら今度は蜘蛛の下僕か?


――ポイズンスパイダーもやっぱりたぶん一匹じゃねー。前に村に来たやつも出てくるはずだ。



 マダラクネがケリンさんに巻き付けた糸を食べはじめ、俺はトリガーブレードを握る手に力を込めた。


 これ以上、だまって見学しているわけにもいかない。ケリンさんがマダラクネの下僕になってしまう前に、なんとか助け出さなくてはならないだろう。



――マダラクネは相手したくねー。ポイズンスパイダーだけでも倒して、ケリンさんを抱えて逃げるか。


――不意をつくなら、マダラクネが繭を食べるのに集中している、いまがチャンスだ。



 周囲が蜘蛛の糸だらけのため、刃に魔力を込め赤く光らせると、ポイズンスパイダーの八つの目がこっちを向いた。



――フレイムジャーンプ! からの、トラストエッジ!



 足から放った炎の勢いで空高くジャンプした俺。


 ポイズンスパイダーの頭胸部にトリガーブレードを突き立て、さらに剣先に魔力を込める。その傷口を大きく開きながら落下し、ストンと地面に降り立った。


 ガサッと音を立てながら崩れるポイズンスパイダーの傷口から、激しい炎があがり燃え広がっていく。



――わ、俺、つえーー!



 学生時代にこんな闘いかたをした記憶はないけれど、歴戦の猛者だったらしい俺の身体は、闘いかたを覚えているようだ。



――よし! 調子乗ってきたぜ! このまま蜘蛛女もいけんじゃねーか!



 一匹倒して調子に乗る俺。


 剣を振りあげたところに、マダラクネが俺に気付き振り返った。



「キー! 私の可愛い下僕になにするの!」


「えぇっ!? 顔こわっ」



 マダラクネの顔があまりに恐ろしく変化していて、俺は一瞬怯んでしまった。


 さっきは人間の女の顔だったはずなのに、目が八つに増え、口からは気持ちの悪い鋏角が突き出している。


 大きく手を広げるマダラクネ!


 無数の蜘蛛の糸が飛び出してきて、俺は一気に絡めとられた。



「うぉっ」


「くらえぇぇぇ!」



 マダラクネが今度は毒液を噴射してくる。俺は自分の周りに火の魔力を放出し、危ういところで糸を溶かして脱出した。



「はは。虫には負けねー!」


「キー! おまえも私の虜にしてやる!」


「わりーけど俺もう好きな子いるんでっ」



 俺は転がりながらケリンさんを抱えて肩に担いだ。


 マダラクネは魅了の術を使ってくるけど、目を見なければかからない。



「フレイムリング!」



 踏み込んでマダラクネの腹をめがけ、片手で剣を横に振り払う。赤い炎が半円を描いたけれど、マダラクネは後方にジャンプしてそれをかわした。


 思った以上にすばやい動きだ。ケリンさんを担いだままでは、とても勝てそうにない。



「じゃぁなっ! ケリンさんはもらってくぜ!」


「待ちなさい!」


「ついてくんな! 弱腰ファイアー!」



 振り返りながらファイアーボールを連射する俺。つい弱そうな技名を叫んでしまった。


 だけど、俺のファイアーボールは強力で、連射速度も尋常じゃない。



「ひぃぃ! なんなの!?」



 怯んだ声をあげるマダラクネ。だけど、背中に生えた四本の足を前に出し、瞬時にシールドを張ったようだ。


 その隙に、俺は素早く草藪くさやぶに隠れた。シールドと爆炎で視界を奪われたマダラクネが、キョロキョロと俺たちを探している。



――逃げようと思ったけど、俺だけなら勝てそうだな!



 俺は背の高い草のなかにケリンさんを隠し、這いながらマダラクネの背後に移動した。


 相手は魔物。多少卑怯なのはご愛嬌だ。



――くらえ!



 俺がトリガーブレードを振りあげたそのとき、急に激しい眩暈がして、ぐらりと足元がふらついた。


 そして脇腹に、どこからか強烈な一撃が入る。真横に吹っ飛んだ俺は、くの字に曲がりながら木に体を打ちつけて落下した。


 くらくらしつつも見あげると、巨大なポイズンスパイダーが俺の前に立ちふさがっている。



――生きてたか。いや、さっきとは別のやつだ。



 ぶつけた衝撃のせいだろうか。立たなくてはと思いながらも、意識がどんどん遠のいていく。



『殺せ! 殺せ! 全員殺せ!』



 頭に恐ろしい声が響いて、気がつくと俺の腹には、ポイズンスパイダーの毒牙が突き刺さっていた。



「がはっ、いって」



『殺せっ! 殺せっ!』

――あれ……? 俺意識が飛んだのか?……殺せって、だれを……?



 毒のせいか、かなり意識が朦朧としてはいるけれど、目の前にはマダラクネの八つの目が赤黒く光っているのが見えている。



『殺せ! 殺せ!』

――またこの声……。俺、魅了にやられた……? マダラクネからの命令か……?


「ジュルジュル……」


――なんだ、この嫌な音は……この不快な感覚は……。



 腹に突き刺さった毒牙から、毒で溶かされた俺の体が、体液が、ポイズンスパイダーに吸いあげられている。



「ぐあぁっ、られっ、られるぁっ……!」


「飲み尽くしちゃいやよ? ちょっと弱らせないと魅了にかからないみたいだから、弱らせるだけね?」


「ジュルジュル……」


「んふふ。美味しい? 私もちょっとだけ飲もうかな」


「がはぁっ……!」



 マダラクネの毒牙が俺の肩に突き刺さる。


 見開いた目で周りを見た俺は、周囲に何匹ものポイズンスパイダーがうごめいていることに気付いた。



――あー、最悪……。


『殺せっ! 全員殺せ!』


――全員、殺せ……? マダラクネじゃねーな……。だれだ、俺に命令してんのは……。



 遠のく意識の底で、恐ろしいなにかが俺を支配しようとしていた。



*************

<後書き>


 マダラクネの下僕になりかけているケリンさんを発見したオルフェル君。尻込みしつつも戦ってみると、思った以上に「俺つえー」だったことに気付きます。


 ケリンさんを草陰に隠し、マダラクネに一撃をくらわせようとした彼ですが、なにかに体の制御を奪われ、魔物たちに食べられてしまいました。


 予定どおり、ケリンさんを担いでそのまま逃げればよかったんですけどね汗 強くて調子に乗ってしまいました。


 次回はシンソニーの語りになります。


 第四十七話 命令と支援~侮れない調教魔法~をお楽しみに!



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