第5章 恋文と抗議文
056 完治~う……っれぇ、がぁっ~
場所:貸し部屋ラ・シアン
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
「オルフェル解放レベル1」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
ミラナの笛の音が鳴り響き、俺は子犬の姿で外の世界に解放された。
ビーストケージから飛び出したとたん、床に転がり落ちた俺の、全身にひどい痛みが走る。
「う……っれぇ、がぁっ」
「やだっ。オルフェル、穴開いてる。デドゥンザペイン!」
「あちゃぁ、完全に麻痺してるね……キュアパラリシス!」
「もー、ほんとにバカなんだから……カームダウン!」
「まったくだよね、ヒール! ヒール! ヒール!」
「きゃっきゃう……!?」
「もうっ、オルフェルは当面寝てなさいっ。バカッ。スリープ!」
ミラナとシンソニーが泣き怒りながら次々に魔法を飛ばしてきて、俺はあっという間に、再び深い眠りについた。
△
「……すんませんっした」
「まったくもう! オルフェルったら……っ」
「ほんと、無事でよかったよ」
「ありがとう」
再び目が覚めた俺は、またミラナに抱きしめられていた。それから軽く持ちあげられて、すりすりと頬ずりされる。
幸せそうに「んふふ~」と声を漏らしながら、肉球もふにふにされてしまった。
寝ている間に、彼女はかなり落ち着いたようだけど、泣いた影響か目の周りがまだ赤い。
シンソニーも、いつもの優しい笑顔に戻っているものの、少し声にはりがなかった。
調子に乗ってケガをして、ずいぶん心配させてしまったようだ。
「反省してます……」
「今度勝手に飛び出したら、首輪つけるからね」
「きゃうっ!? それはホントに勘弁してください」
周りを見回してみると、そこは、貸し部屋ラ・シアンのミラナの部屋だった。
慣れない村で目覚めさせるよりいいだろうと、ここまで連れて帰ってきてくれたらしい。
ケージのなかは時間が止まっているのか、封印中に傷が悪化するようなことはないようだ。
「それにしても俺、マダラクネに食われてたのに、よく助かったな」
首を傾げた俺に、シンソニーがいろいろと説明してくれた。
俺は倒れたまま魔力を大放出し、巨大な火柱をあげていたのだという。
それをミラナがケージに封印し、二人は危ないところを、とおりすがりの騎士団長に助けられたと。
「ほんと、間一髪ってところだったよ」
「俺のせいで、二人がそんな危ない目に……」
――あぁ、なんで俺、毎度勝手に飛び出すんだ……。いい加減にしろ、このスケベ! お調子者!
――俺、ミラナとシンソニーだけは、絶対に失いたくないのに。
胸に押し寄せる自分への怒りと後悔のなか、俺は部屋を飛び出したときのことを振り返る。
あのときはとりあえず、ミラナの前から逃げ出したかったし、ケリンさんを助けられるのは俺だけだと思った。
だけど、魔物になってしまった俺が、魔物使いのミラナから離れれば、なにが起きるかわからない。
普段のミラナの行動を見ていれば、それくらいのことは、想像できてもよかったはずだ。
俺の考え足らずの行動で、二人を危険にさらしてしまった。
「……ほんとはね、オルフェルを行かせちゃったのは、魔物使いである私の責任だよ……。私がもっと、計画的に魔力を使えばよかったの」
「ミラナ……」
「原因はわからないけど、魔物になっちゃったものは仕方ないからね。いまはとにかく、僕たちは自分を制御するしかないよ。思いどおりにならないことも多いけどさ」
「シンソニー……」
しょげかえる俺を見て、ミラナとシンソニーも、情けなさげに少し眉を寄せた。
魔物になってしまったことで、思ったようにいかないのは、シンソニーも俺と同じなのだ。
ミラナから離れられないことも、彼女に逆らえないことも、自由に戦えないことだってそうだ。
気持ちが安定しないのだって、本当はシンソニーも同じなのかもしれない。
そんな俺たちを、ミラナは責任をもって飼おうとしている。
だけど、こんなの、ミラナの責任なんかにしておけるわけがない。
だから俺も、まずは、いまの自分をよく知って、自分の力で自分を制御できるようになりたい。
「ホントにごめん。二人が無事でよかった」
「うん。だけど、オルフェが飛び出していったおかげで、ケリンさんが助かったからさ。結果的にはよかったよ」
「うぅっ、シンソニ……」
「あ、泣いちゃった」
「ぐすっ、ケリンさん……ホントに無事だったの?」
「そうだよ、無事だったよ。すっかり元気だから安心して」
「よかった……」
シンソニーもミラナも、こんな俺を優しく慰めてくれる。
非常に情けないけれど、俺の行動も、完全な上滑りではなかったようだ。
△
「だけど、騎士団長さんたち、カッコよかったなぁ。すっごい雷雨で、ポイズンスパイダーがあっという間に全滅してさ」
「ほんとだよね。魔法の連携、私たちももっと練習しよう!」
「うんうん」
俺が少し落ち着いたところで、ミラナとシンソニーは、例の騎士団長たちの話をはじめた。
二人ともキラキラした顔で、すごく楽しそうに話している。どうやら二人は、彼らにすっかり憧れてしまったようだ。
――そうか。俺、あのエリート騎士団長に助けてもらったんだな。
前なら嫉妬で走り出しているところだけど、こうなっては感謝しかない。
「もう、噛みつくわけにいかねーな」
俺がそう言うと、ミラナがまた、ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめた。
これではそもそも、走り出すこともできなさそうだ。
――うはん……。ホントになにっ? この人間のときとの距離感の差っ。
――てかミラナさん力強いっす。
思い切り締めあげられたけど、俺の傷はすっかり治っているらしく、もうどこにも痛みはない。
「きゃう。全然いたくない。すげーな、完治したの? 俺」
「そうだよ。コルニスさんにいろいろ教えてもらって、僕、ちょっと回復魔法強化したんだ。まぁだいぶん傷は残ってるけどね」
「いや、助かったぜ」
「そうそう、キュアパラリシスも覚えたんだよね」
「ほぉ……。すげー。でも、コルニスさん……ってだれだっけ」
「黄緑のおかっぱ頭の人だよ」
「あー」
サビノ村に戻ったシンソニーは、治癒魔導師のコルニスさんから、村人たちの治療のついでに、回復魔法を教えてもらったのだという。
「オルフェがいると、僕は支援とか回復に回ったほうがいいことも多いだろうから、いい機会だったよ」
「おぉ。そうだな! 支援は助かるぜ!」
「うん。でもまぁオルフェルは、当面子犬のままだけどね」
「きゃうん!?」
楽しそうにしていたミラナの声が急に冷たくなり、俺は両手で脇を持たれ、ぶらんと宙ぶらりんにされてしまった。
そのまま、少し怒った顔でじとっと俺を見詰めるミラナ。
どうやら俺は、しばらく人間にはなれないらしい。だけど、短い間にいろいろやらかしてしまったことを思うと、どうにも抗議ができなかった。
「元気出して、オルフェ」
「ぐすん」
俺ががっくりとうなだれたとき、ガチャッと扉が開いて、キジーが部屋に入ってきた。
*************
<後書き>
自分が勝手に飛び出したことで、ミラナとシンソニーを危険にさらしてしまったことを反省するオルフェル君。
魔物になってしまった彼らには、いろいろつらい面もありますが、いまは受け入れるしかないようです。
助けてくれた騎士団長たちに感謝していると、キジーが部屋に入ってきました。
次回、第五十七話 二匹の魔物~見つけてきてやったよ!~をお楽しみに!
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