023 初仕事~俺の役割は……~

 場所:ベルガノン王国

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「きゃっ」



 俺に噛みつかれたミラナの指から、赤い血が流れだしてきた。


 ミラナの小さい悲鳴を聞いて、シンソニーが駆け寄ってくる。



「えっ、ミラナ! 大丈夫? オルフェ、なにしてるんだよ」


「えっ、お、俺……」



 なぜ噛みついてしまったのかわからず狼狽うろたえる俺を、シンソニーが戒めるように軽く睨んだ。



「大丈夫、平気だよ」


「あーあ。ヒールかけるね」


「ありがとう」



 シンソニーの回復魔法で、ミラナの傷が瞬時に治っていく。


 だけど、俺のショックはかなり大きい。



――あー最悪だ! 俺、なにしてんだぁーー!



「いきなりあちこち連れまわしたから、疲れちゃったよね。本当は今日くらいは、のんびり家にいたほうがよかったんだけど。私、焦ってたみたい。ゴメンね、オルフェル」



 ミラナに謝られてしまい、俺は言葉も出てこない。



「僕が連れて帰るよ」



 シンソニーに抱きあげられ、俺はミラナの住む貸し部屋ラ・シアンに連れて帰られた。



      △



 気分が落ち込んでしまい、微動だにしない俺の前に、ミラナがエサを置く。


 さっきメージョーで買った犬用の皿に入れられて、今朝よりは食べやすそうだ。


 食欲をそそるいい匂いがして、俺の尻尾が勝手に反応していた。



「エサだよ。オルフェル」


「ミラナ、ごめんな」


「魔獣だからね、噛んじゃうこともあるよ。そんなに落ち込まなくても大丈夫」


「ほんと、二度としねーから……」



 ミラナは優しい微笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んでいるけれど、俺に手を触れず少し距離も取っている。


 警戒されるのは少し悲しい。だけど、いまはそのほうがありがたかった。



「俺、なんで魔獣なんかに……」



 呟く俺に、ミラナが悲しそうな顔をする。



「ごめんね、言いたくないの」


「そうかよ……。わかった」



 本当はなにもわからないし、ミラナを問い詰めて聞き出したい。


 だけど、これ以上、彼女に悲しそうな顔はさせたくない。無理に聞き出すことは、俺にはできなかった。


 用意してもらったエサを食べると、不思議なくらいに気分が落ち着く。


 強烈な眠気も襲ってきて、俺はそのまま、朝まで眠った。



      △



「よぉぉし! 初仕事、いっくよぉーー!」



 翌朝、朝早くから張り切って準備をしていたミラナは、魔物の俺たちを連れ、元気よく家を出た。


 目的はもちろん、昨日受けた冒険者ギルドの仕事をするためだ。


 ミラナはまず、依頼主がいるキエ村に寄り、依頼主の村長に挨拶をした。



「魔物使いのミラナ・レニーウェインです。どうぞよろしくお願いします」


「ありがたい。ほんとうに、よく引き受けてくださいました。魔物使いとはめずらしいですな。そちらの魔導師さんはお仲間で?」


「いえ、彼が魔物です」


「はい?」


「変身できるんですよ。強いので心配ありません!」


「これは驚きましたな。すばらしい。本当になんとお礼を言っていいやら……。どうかよろしくお願いいたします」


「おまかせください!」


「なんと頼もしい。ありがたや~」



 まだ仕事をはじめてもないうちから、村長は喜んで涙目になり、ひたすらに礼を言っている。


 ミラナはそれに、ハキハキと返事をしていた。



――本当に大丈夫なの? これ。



 村長の反応に、また少し不安になる俺。


 これは、大量発生した魔物をすべて倒す必要がある、考えただけで厄介そうな仕事だ。


 駆除対象はディザスタークロウとよばれる、カラスの魔物だった。


 闇に当てられ凶暴化し、カラスにしては大きくて、膝下くらいの大きさのようだ。



――魔物の大きさだけでいえば、確かにC級冒険者向けの依頼なんだろうけどな。



 あまり強そうには見えないミラナとシンソニーに、ちょっと期待をかけすぎな気がする。


 よほど引き受け手がいなくて、猫にでも頼りたいのだろう。



――俺なら絶対避ける仕事だぜ。ミラナはすぐ、面倒ごと引き受けるから……。



 そんなことを考えている俺は、今日もミラナの腕のなかだ。


 戦闘要員に数えられている気もしない。役に立てそうにないだけに、余計に不安になるのだった。



 ディザスタークロウは、このキエ村のすぐ隣の、ビアロとよばれる山に住みついている。


 ここ最近、毎日そこから飛んできて、農作物や家畜、人までも襲っているらしい。


 けたたましい鳴き声のせいもあって、夜も眠れないほど困っているのだそうだ。


 村を見回してみると、建物はディザスタークロウの落とす巨大なフンで真っ白になり、畑の作物も荒れ放題だ。


 確かにこれは、ここで数匹駆除しても無駄だろう。


 俺たちはディザスタークロウを根絶やしにするため、涙目の村長に見送られてビアロ山に入った。



「いっけー! シンソニー! 攻撃だよー!」

――ピーーーー♪――


「まかせて! ミラナ」



 ビアロ山に入ると、本当にディザスタークロウが大量発生していた。


 何匹も並んで木にとまり、重みで枝をしならせている。でかい上に全身真っ黒で、かなり不気味だ。


 俺たちを見つけると、鋭い爪とクチバシで襲いかかってきた。



「カァーーーーー!」


「シンソニー、エアスラッシュでお願い!」


「了解!」



 シンソニーはミラナの希望通り、エアスラッシュを連発し、ディザスタークロウを吹き飛ばした。


 エアスラッシュは、疾風の刃を振り下ろすような一撃の魔法だ。


 初級から使える魔法だけど、魔力を込めて中級程度に威力を増している。


 鋭い風の刃が、緑の光を放ちながら前方に飛び出し、見事に魔物の腹を切り裂いた。


 強烈な風で、切られたクロウは後方に吹っ飛んでいく。飛んでいる魔物は風の魔法に弱いのだ。


 ミラナがこの依頼を選んだのは、シンソニーが風属性魔導師だということが大きな理由のようだった。


 だけど、シンソニーなら、中級魔法のトルネードカッターを使ったほうが俺にはいいように思える。


 あれなら一回に五・六匹のディザスタークロウを巻き込んで、いっきに駆除することも可能なはずだ。



「なんでわざわざ、エアスラッシュで一匹ずつなんだ? 効率悪いだろ」


「うん、でもトルネードカッターだと、羽根がぼろぼろになっちゃうから。できるだけ綺麗な羽根を残して集めたいの」


「羽根なんかどうするんだ?」


「お店で買い取ってもらえるんだよ!」


「なるほど……ただでさえ数が多くて、倒すだけでもたいへんそうなのにな。依頼報酬だけじゃダメなのか」


「ほら、オルフェル! 羽根拾ってきて!」

――ピーピーピー!――


「きゃう!?」



 のんきに見学していると、ミラナに笛で命令された。あらがえず走り出す俺。


 エアスラッシュで吹き飛ばされたディザスタークロウの羽根は、広範囲に飛び散っていた。


 咥えて集め、ミラナのところに届けてはまた走る。



――くー! 俺、羽根拾い係か!

「きゃぅきゃぅ!」



 かなり悲しいけど、ミラナに笛で命令されると、嫌でも走って取りに行ってしまう。



――ひでぇ! 俺、これでも、カタ学の生徒会長だったんだけど!?

「きゃうーーーーん!」



 不満でいっぱいの俺だったけど、俺には『賢くしていれば人間に戻してもらえるかもしれない』という、淡い期待があったのだった。



*************

<後書き>


 ミラナの引き受けた面倒そうな依頼に、ちょっと不安になりながらも、黙ってついていくオルフェル君。


 落ちた羽根を拾うだけという自分の役目が不満な彼ですが、笛の命令には抗えません。


 彼が再び、人間になれる日はくるのでしょうか……。


 次回、第二十四話 ビーストケージ~彼女の欲しいもの~をお楽しみに!

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