022 魔物の衝動~覚えてるならよかった~

 場所:冒険者ギルド

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 冒険者試験に合格し、C級冒険者となったミラナは、さっそく依頼を受けようとしているようだった。


 俺、オルフェル・セルティンガーは、またもミラナの腕のなかだ。


 ミラナはギルド内の壁に取り付けられた掲示板を眺めて、自分にできそうな仕事を探しているようだ。


 見た感じ、C級とD級では報酬にかなりの差がある。


 少し無理をしても、C級になれたのは大きいようで、さっきからミラナはご機嫌だった。



「いっぱいお金使っちゃったから、頑張って稼がなきゃ! シンソニー、オルフェル、協力お願いね?」


「うん、頑張ろうね! ミラナ」


「わかった。頑張るから早く人間にしてくんねー?」



 何気に声を出すと、なんと人間の言葉が喋れた。


 悲しいほどきゃうきゃうした声だけど、ミラナたちにも聞き取れたようだ。


 ふたりが目を丸くしながら、同時にこっちを見る。



「わ、オルフェ! しゃべれるようになったの?」


「よかった! 私のこと、覚えてる?」


「まぁ、幼なじみだからな」



 そう返事をした俺に、ミラナがほんの少し、顔色を曇らせた気がした。



――なんか変なこと言ったか? 俺。



 首を傾げながらもミラナを見あげると、彼女の手がまたさわさわと俺の頭を撫でる。



「そっかそっか。覚えてるならよかったよ」


「とりあえず、俺も人間にしてくんねー? ずっとミラナに抱きしめられてると、俺溶けそうなんだけど」


「えっ。ごめんごめん。だけど、ちょっと無理だよ」


「えー! なんでだ」


「いろいろあるの! 賢くしてたらそのうちなれるかもね!」



 ミラナにはぐらかされ、不満な俺。だけどあまり文句を言っては、また沈静化されかねない。


 俺が口を閉じると、ミラナは掲示板の依頼をひとつ選び、依頼書をもって受付に向かった。



「この依頼を受けたいんですが」


「あーこれ、討伐対象の数が多すぎて、だれもやりたがらないやつですよ。大丈夫ですか?」



 依頼書を眺めて、受付のおじさんが不安げに確認してくる。



「まぁ、C級試験合格したレニーウェインさんなら、そりゃ、倒せるでしょうけどね。途中でやめるとまた増えて元通りなんでね? やるなら全部倒してもらわないと」


「大丈夫です! 頑張ります!」


「軽く二百匹以上はいるらしいですよ?」


「頑張りますっ」


「そうですか……。ではお願いします」


「ありがとうございます!」


――なんか、いきなり、すげーたいへんそうなの引き受けてねーか?



 俺の頭のなかを不安が駆け巡っているけど、ミラナはやる気満々だ。



「よし、明日から、頑張るぞぉ!」


「うん、がんばろうね!」



 シンソニーもなぜか、思いのほかやる気満々のようだ。


 両手の拳を握り締め、キラキラした顔でミラナと頷きあっている。


 俺たちのエサ代を稼ぐだけにしては、すこし張り切りすぎな気がしてきた。



――なにが目的か知らねーけど、俺、子犬のままじゃ手伝えねーよ?


――それにおまえら、なんか前より仲良くねーか?



 楽しそうなミラナの腕の中、また首を傾げる俺。


 さっきのギルド試験の戦いも、俺にはかなり不思議だった。


 ミラナは笛でシンソニーに命令しているばかりで、自分は攻撃にほとんど参加していなかったのだ。


 彼女はシンソニーを操ることに、魔力をかなり消費しているのだろう。


 だけど彼女なら、わざわざシンソニーを操らなくても、攻撃魔法を使って、自分で倒すこともできたはずだ。


 シンソニーだって自分で判断して、自由に戦うほうが楽だろう。


 いったいなんのために、あんな戦いかたをしているのか、俺にはよくわからなかった。


 彼女が俺の記憶と違うのは、俺への接しかただけではないようだ。


 冒険者ギルドからの帰り道、考え込んでいる俺をミラナは石畳の歩道に降ろした。



「自分で歩く? ちゃんとついてきてね」


「くーん……」



 ミラナは俺が自分に抱かれているのが不満なんだと思ったようだけど、俺の気持ちはもっと複雑だ。


 ミラナがなにかするつもりなら、俺はもちろん手伝って、ミラナを喜ばせたい。


 子犬が好きだというなら、最悪犬でもいい。


 ミラナの笑顔が見られるなら、そばにいられるなら、そう思う俺もいるにはいる。


 だけど、これは違う。なにかいろいろ違いすぎる。



――なんだかな。聞きたいこといっぱいあるのに、ミラナ、ニコニコしてるようで、聞いちゃいけない雰囲気が漂ってるんだよな。


――俺はなんなんだ。ミラナはいったいなにしてるんだ? ちょっと俺、頭が疲れてきたかも……。



 短い脚でとぼとぼとミラナについて歩く。


 ミラナの隣には、人間姿のシンソニーがさっき彼女が買った鍋の入った袋を持って歩いていた。


 仲良さげに話す二人を見たって、前はなんとも思わなかった。


 だけど、いまの俺の胸のなかには、なんとも言えない感情がさざ波のように押し寄せている。



――俺はどうして、こうなった?



 足どりがだんだん重くなって、なかなか前に進まない。



「オルフェル、どうしたの?」



 振り返り、俺の前にしゃがみ込んだミラナが、また俺を抱きあげようとしている。



――どうしたじゃねーよ!



 ミラナの手が目の前に伸びてきて、気が付くと俺は、ガブっとそれに噛みついていた。



*************

<後書き>


 冒険者としての依頼を受けるミラナを眺めながら、彼女の言動に疑問を感じるオルフェル君。


 やっと話せるようにもなったのですが、見たかったはずの彼女の笑顔を見ても、なんだか不安になるばかりです。


 仲良さげな二人を見ていると、よけいにモヤモヤ。思わず噛み付いてしまいました。


 次回、第二十三話 初仕事~俺の役割は……~をお楽しみに!



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