007 魔法薬学実習1~俺無理、ごめん~


 場所:国立カタレア魔法学園

 語り:オルフェル・セルティンガー

 ***************



 入学式から早十日、新たなスタートを切ったはずが、俺は早くも、カタ学の壁にぶつかっていた。


 授業内容は暗号みたいに複雑で、課題もまるで終わらない。ギリギリの成績でこの学園に合格した俺には、あまりに難易度が高かったのだ。


 無駄にあった自信は霧のように消え去り、努力不足を痛感する日々。


 俺は朝から晩まで予習と復習に追われ、学園生活を楽しむどころではなかった。


 同郷の幼なじみに支えられ、なんとか首をつないでいる状態だ。


 俺が勉強で焦っていると、シンソニーは夜中まで付きあってくれたし、授業中に居眠りをはじめると、エニーがつねって起こしてくれた。



――まだまだ俺はこれからだぜ! ここまできて、諦めたりしねー!



 俺は自分にそう言い聞かせながら、毎日必死に勉強していた。



      △



 その日ははじめて、魔法薬学の実習が行われる日だった。大釜に薬品をいれてかき混ぜ、魔力を注いでポーションを作る実習だ。



――実技や実習なら、俺だって活躍できるはず……!



 俺たちはカタ学の制服のシャツの上に、実習用の丈の長い白衣を羽織り、魔導書とノートを手に実験室に入った。広くて明るい部屋だけど、薬品の匂いが鼻をつく。


 棚にはさまざまな形のビンが並び、大釜と五人掛けの机がそれぞれ八つ置かれていた。


 俺とミラナ、そしてシンソニーとエニーが並んで座る。ひとつ空いた席には、初めて見る女子生徒が座った。



「この子はエリザちゃんだょ☆ 私たち、部活が同じなの♪」


「今日はよろしくね!」



 エニーがオレンジ色の瞳をキラキラさせながら、俺たちにその子を紹介してくれた。二人で微笑みあう様子を見るに、ずいぶん仲が良さそうだ。


 エリザは茶色い髪を三つ編みにしたおとなしそうな子だ。だけど控えめな笑顔を浮かべて、気さくに挨拶してくれる。



――いい子みたいだな!



 簡単に自己紹介をして、それぞれ授業の準備を始めた。授業開始までには、まだ少し時間がある。


 ミラナの隣の席に座ると、俺はつい彼女の姿を目で追ってしまった。



――白衣も可愛いな。



 彼女は今日、いつもはおろしている薄茶の髪を、邪魔にならないようポニーテールにしている。


 窓際の明るい席に座ると、その髪はほのかにピンクがかって見えた。  


 束ねられた髪から白い首筋に垂れたおくれ毛が、窓からの風で揺れている。



――いつもの髪型もいいけど、これすっげードキドキするな!



 彼女を眺めていられるというだけでも、カタ学に来た甲斐があったというものだ。


 この幸せな毎日のためにも、今日の実習は失敗できない。



――だめだ。授業前とはいえ、気を抜くわけにはいかねー! もう一度、実験内容を確認だ!



 そう思いながら、俺はふとミラナの魔導書に目をやった。青い革製の表紙に金の文字で『魔法薬学』と書かれた本だ。


 そこには栞やメモが挟まれていて、隙間は書き込みでびっしりだった。真面目な彼女は、この実習のため、完璧な予習をしてきたようだ。



「ミラナはやっぱりえらいな。そんなにいっぱいなに書き込んだの? 今日の夕飯の献立か?」



 俺たちは寮住まいで、食事は三食食堂で摂る。ミラナが料理なんてするわけもないのだ。


 だけどミラナを笑わせたくて、俺は要らない冗談を付け足した。


 彼女はチラッと俺の顔を見ると、スッと無表情になりながら、自分のノートを広げて見せてくれた。



「いろいろ調べたけど、今日のポーションづくりに必要なことはここにまとめてあるよ」


「ほっほー、さっすがー」



 俺も予習はしたつもりだったけど、彼女の努力は桁違いだ。俺は魔導書の内容を理解するだけで精一杯なのに、彼女は書かれてないことまで調べあげている。


 そもそも俺のノートは、俺にしか読めない自信があるけど、ミラナのノートは、まるで参考書みたいだ。


 小さくても読みやすい整った文字を見ただけでも、彼女の優秀さが伝わってきた。



「すげ……絵まで描いてあんじゃねーか。これ、魔導書の何倍もわかりやすいぜ!? ちょっと借りていい?」


「いいよ。実習はテーブルごとにみんなでやるから、オルフェルも頭に入れておいてね」


「おぅ!」



 とは言ったものの、すぐに授業は始まってしまい、俺は自分の勉強不足を確認しただけだった。



――でもまぁ、俺だって手順は頭に入ってるからな! 大丈夫だ! 集中集中!



 実験室に魔法薬学のキーウェン先生が入ってきて、いよいよポーション作り実習は開始された。


 テーブルごとのグループで、魔力回復ポーションを作る実習だ。回復力の高いポーションを、手際よくたくさん作れたグループの評価が高くなるようだ。


 どこのグループも一致団結して、真剣に作業を進めている。ミラナが委員長ぶりを発揮し、俺たちのグループも、みんなの役割はすぐに決まった。


 ミラナは作業の進行を見守り指示を出す。正確な知識と判断力が求められる難役だ。


 穏やかなシンソニーは、薬草や粉末を天秤にかけ、分量をはかる役目だ。皿の上に分銅や材料を乗せる作業は、慎重さを要求される。


 指針の揺れ幅を確認しながら、シンソニーは正確に作業を進めていく。彼に任せたのは正解だろう。


 エニーは大釜の火加減を管理することになった。大釜内の薬品の色や状態から温度を判断し、火床に投入する魔石の量を調整する重要な役目だ。


 エリザはシンソニーとエニーのサポート役だ。シンソニーは綿手袋をしているし、エニーも熱い火床を扱うため分厚い耐熱手袋をしている。


 そのため、レシピのページを開いたり、測定した数値を記録したりと忙しそうだ。


 そして俺は、大釜をかき混ぜる役目を任された。簡単な力仕事のようにも思えるけど、薬品を均一にするため、力加減や混ぜる速度も重要な、気の抜けない作業だ。



「オルフェル、ちょっと大変だけどお願いできる?」


「もちろんだぜ! 俺にまるまる任せとけ!」



 ミラナにいいところを見せようと、俺ははりきって大釜をかき混ぜ始めた。熱い薬品が飛び散ったりしないよう注意して、慎重に鍋の底をすくう。


 薬品が次々に投入され、色が変化したり、泡が立ったりと大釜の中の状況は忙しく変わっていった。


 薬品の質感も液体になったり、プルプルになったりと変化して、混ぜるのにもコツが必要だ。


 そしてしばらくすると、大釜からひどい匂いが立ち上がってきた。胸が悪くなる強烈な匂いだ。



――これはまずい。臭すぎるぜ。



 俺は鼻がいいから、この実習室に入ったときから、嫌な予感は感じていた。


 目の前がグルグル回りはじめ、頭にはガンガンと突き抜けるような痛みが走る……。



――耐えろ。耐えるんだ俺! こんなことくらいで、諦めたりしない! 俺は……俺は……!



 しばらく頑張ってみたけど、鍋を一混ぜするたびに、臭いが強くなっていく。立ち位置的にどうしても全てが俺に直撃するのだ。


 このままでは、俺のなかから湧きだしたなにかを、鍋に投入してしまいそうだ。



「ごめん、無理……。エニー、あと頼んでいい?」



 俺が頭を抱えてしゃがみ込むと、エニーは作業の手を止めた。だけど、先生の視線が気になるのか、ソワソワと周りを見回している。



「オル君、サボってると思われて減点されちゃうょ?」


「う、おぇ……吐く……」



 口に手を当て頬を膨らませた俺を見て、シンソニーとエニーが目を丸くしている。時間勝負の実習中だというのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。



「くそー。俺昔から、鼻がよすぎんだよな……」


「しょうがない、みんなでオルフェを隠そう」



 シンソニーが俺を大釜の奥に押しやって、グループのメンバーが俺を隠すように周りに立った。


 みんなで俺の分まで釜をかき混ぜ、ポーションに魔力を注いでくれる。



「きっかり十秒! ポクワーレンの抽出液を投入するよ!」


「もう少し! 色がピンクになったら、温度をあげて!」



 俺がへばっている間にも、ミラナの完璧な指示のおかげで、ポーションはサクサクとできあがっていく。


 俺もその活躍を見たかったけど、あまりに自分が情けなくて、いまはミラナの顔が見られない。


 しばらくうずくまっていると、キーウェン先生が、手を叩きながら近づいてきた。



「おー、すごいですね。今日はそこのチームが一位のようですよ」



*************

<後書き>


 カタ学の授業の難しさに圧倒されつつも、周りの友達に助けてもらい、なんとかやっているオルフェル君。


 実習なら活躍できるかも!と思っていたら、薬品の匂いで目を回してしまいました。


 次回、第一章第八話 魔法薬学実習2~俺、死んでくるね~をお楽しみに!


  


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