007 魔法薬学実習1~俺無理、ごめん~
場所:国立カタレア魔法学園
語り:オルフェル・セルティンガー
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入学式から早十日、新たなスタートを切ったはずが、俺は早くも、カタ学の壁にぶつかっていた。
授業内容は暗号みたいに複雑で、課題もまるで終わらない。ギリギリの成績でこの学園に合格した俺には、あまりに難易度が高かったのだ。
無駄にあった自信は霧のように消え去り、努力不足を痛感する日々。
俺は朝から晩まで予習と復習に追われ、学園生活を楽しむどころではなかった。
同郷の幼なじみに支えられ、なんとか首をつないでいる状態だ。
俺が勉強で焦っていると、シンソニーは夜中まで付きあってくれたし、授業中に居眠りをはじめると、エニーがつねって起こしてくれた。
――まだまだ俺はこれからだぜ! ここまできて、諦めたりしねー!
俺は自分にそう言い聞かせながら、毎日必死に勉強していた。
△
その日ははじめて、魔法薬学の実習が行われる日だった。大釜に薬品をいれてかき混ぜ、魔力を注いでポーションを作る実習だ。
――実技や実習なら、俺だって活躍できるはず……!
俺たちはカタ学の制服のシャツの上に、実習用の丈の長い白衣を羽織り、魔導書とノートを手に実験室に入った。広くて明るい部屋だけど、薬品の匂いが鼻をつく。
棚にはさまざまな形のビンが並び、大釜と五人掛けの机がそれぞれ八つ置かれていた。
俺とミラナ、そしてシンソニーとエニーが並んで座る。ひとつ空いた席には、初めて見る女子生徒が座った。
「この子はエリザちゃんだょ☆ 私たち、部活が同じなの♪」
「今日はよろしくね!」
エニーがオレンジ色の瞳をキラキラさせながら、俺たちにその子を紹介してくれた。二人で微笑みあう様子を見るに、ずいぶん仲が良さそうだ。
エリザは茶色い髪を三つ編みにしたおとなしそうな子だ。だけど控えめな笑顔を浮かべて、気さくに挨拶してくれる。
――いい子みたいだな!
簡単に自己紹介をして、それぞれ授業の準備を始めた。授業開始までには、まだ少し時間がある。
ミラナの隣の席に座ると、俺はつい彼女の姿を目で追ってしまった。
――白衣も可愛いな。
彼女は今日、いつもはおろしている薄茶の髪を、邪魔にならないようポニーテールにしている。
窓際の明るい席に座ると、その髪はほのかにピンクがかって見えた。
束ねられた髪から白い首筋に垂れたおくれ毛が、窓からの風で揺れている。
――いつもの髪型もいいけど、これすっげードキドキするな!
彼女を眺めていられるというだけでも、カタ学に来た甲斐があったというものだ。
この幸せな毎日のためにも、今日の実習は失敗できない。
――だめだ。授業前とはいえ、気を抜くわけにはいかねー! もう一度、実験内容を確認だ!
そう思いながら、俺はふとミラナの魔導書に目をやった。青い革製の表紙に金の文字で『魔法薬学』と書かれた本だ。
そこには栞やメモが挟まれていて、隙間は書き込みでびっしりだった。真面目な彼女は、この実習のため、完璧な予習をしてきたようだ。
「ミラナはやっぱりえらいな。そんなにいっぱいなに書き込んだの? 今日の夕飯の献立か?」
俺たちは寮住まいで、食事は三食食堂で摂る。ミラナが料理なんてするわけもないのだ。
だけどミラナを笑わせたくて、俺は要らない冗談を付け足した。
彼女はチラッと俺の顔を見ると、スッと無表情になりながら、自分のノートを広げて見せてくれた。
「いろいろ調べたけど、今日のポーションづくりに必要なことはここにまとめてあるよ」
「ほっほー、さっすがー」
俺も予習はしたつもりだったけど、彼女の努力は桁違いだ。俺は魔導書の内容を理解するだけで精一杯なのに、彼女は書かれてないことまで調べあげている。
そもそも俺のノートは、俺にしか読めない自信があるけど、ミラナのノートは、まるで参考書みたいだ。
小さくても読みやすい整った文字を見ただけでも、彼女の優秀さが伝わってきた。
「すげ……絵まで描いてあんじゃねーか。これ、魔導書の何倍もわかりやすいぜ!? ちょっと借りていい?」
「いいよ。実習はテーブルごとにみんなでやるから、オルフェルも頭に入れておいてね」
「おぅ!」
とは言ったものの、すぐに授業は始まってしまい、俺は自分の勉強不足を確認しただけだった。
――でもまぁ、俺だって手順は頭に入ってるからな! 大丈夫だ! 集中集中!
実験室に魔法薬学のキーウェン先生が入ってきて、いよいよポーション作り実習は開始された。
テーブルごとのグループで、魔力回復ポーションを作る実習だ。回復力の高いポーションを、手際よくたくさん作れたグループの評価が高くなるようだ。
どこのグループも一致団結して、真剣に作業を進めている。ミラナが委員長ぶりを発揮し、俺たちのグループも、みんなの役割はすぐに決まった。
ミラナは作業の進行を見守り指示を出す。正確な知識と判断力が求められる難役だ。
穏やかなシンソニーは、薬草や粉末を天秤にかけ、分量をはかる役目だ。皿の上に分銅や材料を乗せる作業は、慎重さを要求される。
指針の揺れ幅を確認しながら、シンソニーは正確に作業を進めていく。彼に任せたのは正解だろう。
エニーは大釜の火加減を管理することになった。大釜内の薬品の色や状態から温度を判断し、火床に投入する魔石の量を調整する重要な役目だ。
エリザはシンソニーとエニーのサポート役だ。シンソニーは綿手袋をしているし、エニーも熱い火床を扱うため分厚い耐熱手袋をしている。
そのため、レシピのページを開いたり、測定した数値を記録したりと忙しそうだ。
そして俺は、大釜をかき混ぜる役目を任された。簡単な力仕事のようにも思えるけど、薬品を均一にするため、力加減や混ぜる速度も重要な、気の抜けない作業だ。
「オルフェル、ちょっと大変だけどお願いできる?」
「もちろんだぜ! 俺にまるまる任せとけ!」
ミラナにいいところを見せようと、俺ははりきって大釜をかき混ぜ始めた。熱い薬品が飛び散ったりしないよう注意して、慎重に鍋の底をすくう。
薬品が次々に投入され、色が変化したり、泡が立ったりと大釜の中の状況は忙しく変わっていった。
薬品の質感も液体になったり、プルプルになったりと変化して、混ぜるのにもコツが必要だ。
そしてしばらくすると、大釜からひどい匂いが立ち上がってきた。胸が悪くなる強烈な匂いだ。
――これはまずい。臭すぎるぜ。
俺は鼻がいいから、この実習室に入ったときから、嫌な予感は感じていた。
目の前がグルグル回りはじめ、頭にはガンガンと突き抜けるような痛みが走る……。
――耐えろ。耐えるんだ俺! こんなことくらいで、諦めたりしない! 俺は……俺は……!
しばらく頑張ってみたけど、鍋を一混ぜするたびに、臭いが強くなっていく。立ち位置的にどうしても全てが俺に直撃するのだ。
このままでは、俺のなかから湧きだしたなにかを、鍋に投入してしまいそうだ。
「ごめん、無理……。エニー、あと頼んでいい?」
俺が頭を抱えてしゃがみ込むと、エニーは作業の手を止めた。だけど、先生の視線が気になるのか、ソワソワと周りを見回している。
「オル君、サボってると思われて減点されちゃうょ?」
「う、おぇ……吐く……」
口に手を当て頬を膨らませた俺を見て、シンソニーとエニーが目を丸くしている。時間勝負の実習中だというのに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「くそー。俺昔から、鼻がよすぎんだよな……」
「しょうがない、みんなでオルフェを隠そう」
シンソニーが俺を大釜の奥に押しやって、グループのメンバーが俺を隠すように周りに立った。
みんなで俺の分まで釜をかき混ぜ、ポーションに魔力を注いでくれる。
「きっかり十秒! ポクワーレンの抽出液を投入するよ!」
「もう少し! 色がピンクになったら、温度をあげて!」
俺がへばっている間にも、ミラナの完璧な指示のおかげで、ポーションはサクサクとできあがっていく。
俺もその活躍を見たかったけど、あまりに自分が情けなくて、いまはミラナの顔が見られない。
しばらくうずくまっていると、キーウェン先生が、手を叩きながら近づいてきた。
「おー、すごいですね。今日はそこのチームが一位のようですよ」
*************
<後書き>
カタ学の授業の難しさに圧倒されつつも、周りの友達に助けてもらい、なんとかやっているオルフェル君。
実習なら活躍できるかも!と思っていたら、薬品の匂いで目を回してしまいました。
次回、第一章第八話 魔法薬学実習2~俺、死んでくるね~をお楽しみに!
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