008 魔法薬学実習2~俺、死んでくるね~


 場所:国立カタレア魔法学園

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 気分が悪くなりうずくまっていると、魔法薬学のキーウェン先生が、手を叩きながら近づいてきた。



「おー、すごいですね。今日はそこのチームが一位のようですよ」



 大釜の向こう側だからその姿は見えないけれど、どうやら俺たちのグループのことを言っているようだ。


 テーブルの上には既に完成したポーションが、たくさん並べられている。他のグループとは桁違いの数だ。感心するのも当然だろう。



「ミラナ・レニーウェイン、シンソニーバーフォールド、エニー・ニーフォルに、エリザ・ネーソンですね。おや? もう一人はどうしましたか?」


「こ、ここです」



 先生が俺を探し始めると、シンソニーとエニーは俺の襟首を掴んでひっぱった。口を押えたまま立ちあがる俺。たぶん顔色は真っ青だろう。


 よろける俺の体を支えるのは、空気の塊のような力だ。これはミラナの重力魔法か。


 いつもそっけない彼女だけど、俺が困っているときは、さりげなく助けてくれるのだ。



「すこし水をこぼしてしまったので、拭いてもらってました」



 エリザもすかさず、うまいフォローをしてくれた。


 俺が「あはは……」と、気まずい笑顔を浮かべると、キーウェン先生はまた笑顔で手を叩いた。



「ほほう。オルフェル・セルティンガーですね。みなさん、優秀なチームに拍手! 感心ですよ。引き続き頑張ってください」


「「「はいっ」」」



 みんながハキハキと返事をすると、先生はニコニコしながら頷いて、満足そうに離れていった。



――あー。ほんと、なさけねー。実習なら活躍できるかもと思ったのに!



 グループのみなのおかげで、ことなきを得た俺。


 だけど、情けなさと申しわけなさに頭痛が加わり、そのときの気分は最悪だった。



      △



「迷惑かけてごめん……。俺、一回死んでくるね」



 授業のあと、実習室を出た俺たちは、屋外のベンチに座っていた。木漏れ日の下、さわやかな風が俺の前髪を優しく撫でる。


 たいぶん気分は良くなったけど、自分の役目を果たせなかった悔しさが込み上げてきて、なかなか元気が出なかった。


 以前の俺なら、こんな程度の失敗は、失敗だとも思わなかっただろう。


 だけど今は俺だって、懸命に頑張っているつもりなのだ。それでもうまくいかないという現実が、俺の胸を締め付けていた。


 そんな俺を、みんなが明るく励ましてくれる。



「問題ないよ。結局グループは一位だったんだから。オルフェのことも、たぶん先生には気付かれてないよ」



 いつも俺を励ましてくれるその優しい声に、俺は少し顔をあげた。



「ありがとうシンソニー。あんな状況で一位になれるとか……。ほんとにみんな優秀過ぎだぜ」


「あはは、ミラナのおかげだね。指示がすごく的確だからさ」


「そうだな」



 彼女の指示は完ぺきだったように思う。だけどミラナは謙遜しているのか、ぶんぶんと首を横に振った。



「そんなことないよ。私もまだまだ勉強不足だったところも多くて……。みんなが頑張ってくれたから、たくさんポーションが作れたんだよ」



 ミラナはみんなの活躍を褒めてから、申し訳なさそうに俺の顔を見る。急に彼女と目があって、俺はドキリとして姿勢を正した。



「それにオルフェルには、火床をお願いすればよかったかなって……。オルフェルは火に慣れてるし、匂いが苦手なのも知ってたのに……。いちばん力持ちだから、つい気軽にお願いしちゃって……」


「えっ。いやいや、ぜんぜんミラナのせいじゃねーよ? 俺が勝手に自爆しただけだぜ?」


「だけど……」



 ミラナは今回のことを自分のせいだと思っているようだ。


 こんなに優秀なのに、彼女は本当に優しいのだ。俺はますます彼女に惹かれて、諦めたくない気持ちが強くなる。



「ミラナが悪いことなんかなにもねーよ。俺が弱かっただけだからさ」


「オル君、体力あるもんね。ニニだって、オル君が最適だって思ったょ?」


「エニー。いきなり任せたりして悪かったな」


「大丈夫だよぉ♪ ニニも結構力持ちだから、大釜混ぜるくらいへっちゃらだょ☆ だけど今度、ジュースでも奢ってもらおうかな?」



 エニーは愛嬌たっぷりにそう言って、金色の髪を揺らして笑った。彼女の明るい笑顔に、俺は少し元気が出てきた。



「ありがとうエニー……。エリザも、出会って早々、迷惑かけたな」


「え!? 全然、そんなことないよ。だけど、オルフェル君って、意外と気にするんだね。そんなふうに見えなかったから、びっくりしちゃった」



 エリザは忙しい中でも、手が空くたびに俺に声をかけてくれた。彼女も本当に優しくていい子だ。


 俺は彼女を、『俺の友達リスト』に追加した。


 まだ少ししょぼんとしている俺の肩をエニーがポンと叩いてくる。



「オル君は、騎士になってミラちゃんと結婚しなきゃだから、こんなところで失敗できないんだよね♪ ニニ、オル君を応援してるの。みんなも応援しようね☆」


「もう、ニーニー! それ、みんなに広めるのやめてね? 私、そんな約束してないよっ」



 エニーが俺にエールを送ると、ミラナは顔を赤くして怒った。



「みんなありがとう! 俺、頑張るぜ!」


「本当に、結婚の約束はしてないんだからね?」



 念をおすミラナに、みなが「わかったわかった」と言って笑う。



――だけど、恋人になる約束は、確かにしたぜ? してないなんて、もう、言わせねーぞっ。



 俺も念を押しておきたかったけど、いまは情けなくてとても言えない。


 だけど次こそは、俺ももっと頑張るんだ。自分の力でみんなを引っ張っていけるくらい、絶対優秀になってみせる。


 ミラナにも、『恋人になれて嬉しい』って思ってもらえるように、俺は立派な騎士になる。



  ――――――――

     ――――――――



――そうだ、あの日の俺は、情けなくて、カッコ悪くて、言ってみれば、いまみたいな気分だったな。


――なんの役にも立たない子犬みたいな……。



 キッチンで料理をはじめたミラナの後ろ姿を眺めながら、俺はそんなことを考えていた。



「ピピッ。ミラナ、手伝おっか?」



 どこからかそんな声が聞こえて、ミラナが後ろを振り返る。そのあまりにもピーピーした声に、俺は耳を疑った。



「え? ほんと? ありがとう~!」



 ミラナは止まり木にとまった小鳥に向かって、にっこりしながら返事をした。シンソニーと呼ばれていた、あの緑の小鳥だ。



「ピピ! 僕お料理は得意だから!」



 小鳥はピーピーいいながらパタパタと翼を動かし、ミラナの前を飛び回る。



――えぇ? シンソニー、おまえ、しゃべれんの!?


――ていうか、なにその声! 俺のより恥ずかしいぜ? よく平気だな!



 シンソニーのピーピーした声に、思わず勝ち誇る俺。


 自分の人生(犬生?)がどん底だからって、親友の不幸で浮かれる情けないやつだ。



――しっかし、料理が得意って……。そんな体で、いったいなにを手伝うっての。



 首を傾げて眺めていると、ミラナは腰に装備していた魔笛を取り出して奏でた。



「シンソニー解放レベル2」

――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――



 とたんに小鳥が大きくなって、人間の姿に変身する。


 フワフワした若葉色の髪、生命力にあふれた緑の瞳、穏やかで優しいあの笑顔。


 なんか背が高くなってる気はするけど、手にはあのときの記憶と同じ、大きな杖を持っている。



――うわっ、本当にあれ、シンソニーだった! ていうか、人間になれんの!? ミラナの笛で!?



――俺も! 俺も! 俺も!

「きゃうん! きゃうん! きゃうん!」



 俺はきゃうきゃう言いながら、ミラナの周りを駆け回った。短い四本脚のせいか、うまく走れなくて、床のうえで何度も滑ってしまう。



「あー、オルフェル? お料理中だから、ちょっと大人しくしててくれる?」



 ミラナが困り顔で俺を見下ろしている。だけど、人間になれるとわかった以上、いつまでもこんな姿ではいられない。


 滑りながらもピョコピョコジャンプする俺。



――早くー! 早く、早く!

「きゃうー! きゃう、きゃう!」



 俺がミラナの周りをしつこく走り回っていると、ミラナは『しょうがないな』という顔をしながら、ついに魔笛を構えた。



――やったぁ!



「調教魔法、カームダウン!」

――ピーヒョロリン♪――



――えーーーー!? 沈静化魔法!? なんでだっ!



 上り切っていたテンションがガクンと下がり、しおしおと心が萎えていく。


 俺はすっかり脱力して、大きな不満を抱えたまま、その場にぐったりとうずくまった。



――ミラナ……。あんまりだぜ。なんで俺、こんな目に……。



 部屋の隅の毛布の上に戻された俺は、仲良さげに料理するミラナとシンソニーを眺めながら、また、自分の記憶を辿り始めた。



*************

<後書き>


 いつも元気そうに見えて、意外と凹むオルフェル君。努力してる時の方が落ち込みますよね。彼の毎日には、優しいお友達が欠かせません。


 そして、ミラナの魔法で突然人間に戻るシンソニー! とっても羨ましいオルフェル君ですが、あんまり騒ぐとすぐに沈静化されてしまうようです。


 次回、第一章第九話 重要任務1~みんなでいこ☆~をお楽しみに!


‭‭‬‬

  


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る