004 王都への道~守護精霊との別れ~


[前回までのあらすじ]エリート魔法学園(カタ学)に合格したオルフェルたちは、王都にある学園を目指して、魔物が出る森を歩いていた。魔法を駆使して魔物を倒すオルフェルたち。彼らが強いのにはある理由があった。



*************


 場所:シーホの森

 語り:オルフェル・セルティンガー

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「オルフェル、大丈夫? ダークヘッジホッグの刺って見た目より強烈だよね」


「オル君痛そう」



 ミラナとエニーの心配そうな視線が、俺の傷に集まる。ダークヘッジホッグの刺による傷は、じわりと血を滲ませていた。



「こっ、こんなのなんでもないぜ!」


「ゼヒエス、ヒールだ。オルフェの傷を治すよ」



 シンソニーの呼びかけに応えて、彼の肩に浮かぶ光の玉が一層輝きを増した。風の音とともに燕尾服を纏った小さな男が姿を現す。


 それは風の精霊ゼヒエス、シンソニーの守護精霊だ。俺には炎の精霊フィネーレ、ミラナには闇の精霊クイシス。そしてエニーには、光の精霊ルミシアがついていた。


 彼らの力がなければ、俺たちはこの危険な森を抜け出すことはできなかっただろう。彼らの魔力が、俺たちの魔法を強化しているのだ。


 シンソニーが杖を振ると、先端の羽飾りが風にはためく。ゼヒエスはその周りを軽やかに飛び回った。


 彼の身長は俺の頭ひとつ分ほどで、整然と分けられた髪からは二本の触角が伸びていた。


 それはシンソニーの魔力を存分に味わうためのものらしい。彼は穏やかなシンソニーの守護精霊とは思えないほど、面白いやつなのだ。


 柔らかな光に包まれると、傷口はみるみるうちに塞がり、血の流れも止まった。痛みが消えていく感覚に、俺は感動してしまう。


 ミラナの前だからと強がっていたけど、実はかなり痛かったのだ。



「いつもありがとう、シンソニー。すっげー助かるぜ!」


「ううん、気にしないで」


「まったく手のかかる。ケガばかりして、シンソニーを回復薬のように使うのは、やめていただきたいものですね!」



 シンソニーは穏やかに微笑んでくれているけど、ゼヒエスはプンスカと怒っている。彼が怒ると、頭の触角がピカピカと光った。それがあんまり面白くて、ついからかいたくなってしまう。


 だけど、いまはそれよりも、いつも助けてくれるゼヒエスに、感謝の言葉を伝えておきたい。



「ありがとう、ゼヒエス! おまえのその七三分け、執事みたいでカッコいいぜ!」


「お世辞なんか聞きたくありませんよ、まったく。あなたは無鉄砲すぎるんです。あてにするのもいい加減にしてもらいたいです!」



 ゼヒエスはガミガミ怒りながら、俺に人差し指を突きつけてくる。俺が苦笑いしていると、シンソニーがゼヒエスを宥めてくれた。



「ゼヒエスのおかげで助かるよ。いつも手伝ってくれてありがとう」


「まったくもう。こんなヤツ知りません! 私はシンソニーの魔力がおいしいから治すだけです!」


「本当はゼヒエスもオルフェが心配なんだよね」


「ふんっ」



 ゼヒエスはシンソニーの緑の瞳に見詰められると、口を閉じてシンソニーに寄り添った。シンソニーの若葉色の髪がゼヒエスの起す風に揺れている。



――もう騎士になった気分で、ちょっと張り切りすぎたかな!



 頭を掻きながら反省していると、俺の守護精霊のフィネーレが姿を現した。彼女が俺の肩に乗ってくる。


 炎の精霊フィネーレは小さくて元気なヤツだ。赤い光の玉に姿を変えていつも俺についてくる。そしてときどきこんなふうに、人のような姿になることもあった。


 いまはドレスを着た少女の姿だ。赤い瞳がキラキラして、髪は炎みたいにチラチラ揺れた。


 精霊は気に入った人間をみつけると、一方的に『契約』をする。そして、人間が魔法を使おうとすると、喜んで力を貸してくれるのだ。


 精霊たちは人間のもつ、無属性の魔力に惹かれるようだ。俺たちが魔力を使うと、彼らはそれを吸収し、成長していく。


 つまりフィネーレは、俺と一緒に成長する、可愛い俺の相棒だ。


 そんなフィネーレとの契約のお陰で、俺の魔法は強力になり、スムーズに発動することができた。


 俺たちが魔法を使うとき、精霊は俺たちの願いを感じて、それを実現させようとする。


 そして彼女は、俺の命が続く限り、俺の魔力以外を吸収しないと決めているようだ。俺にはよくわからないけど、それが精霊の愛の形なんだとか。


 俺たちは別の存在だから、わからないことはたくさんある。だけど魔法を使うとき、俺はフィネーレの胸の高鳴りを感じる。彼女の炎が俺の中で燃え上がって、心がひとつになったような気がするんだ。



「オルフェル、剣の腕をもっと磨かないとダメよ。あなたが死んだら私、またつまらなくなるもの」



 フィネーレが不安げに俺を見る。いつも元気なフィネーレだけど、少し不安にさせてしまったようだ。俺は大まじめに、トリガーブレードを振りあげて答えた。



「あぁ、俺は騎士になってミラナの恋人にしてもらうんだからな! もちろんもっと練習するぜ!」



 ミラナは少し目を丸くしてから、顔を赤くして横を向いた。恥じらう姿がすごく可愛い。


 困らせているのかもしれないけど、俺は彼女がこの約束を忘れないように、ときどきアピールする必要があった。



「騎士になるなんてあなたには無理ですよ!」


「もうわかったって。気をつけるからさ」



 ゼヒエスがまた怒りはじめた。俺の耳元に浮かんで、大声で文句ばかりだ。俺が顔をしかめると、シンソニーは苦笑いした。ゼヒエスを宥めるのは諦めたらしい。



      △



 俺たちは何度か戦闘を繰り返し、ようやくシーホの森を抜け出した。


 そこには青く輝く草原が広がっていた。ここまでくれば王都はもうすぐだ。一本道の向こうには、グレーの城壁が見えている。


 この辺りは兵隊たちが守ってくれているから、もう魔物に怯える必要もないだろう。


 ここまでずっと、俺たちは精霊の力を頼り旅をしてきた。だけど小さな相棒たちは、賑やかな街が苦手だった。


 彼らは自然の一部だから、街に長居すると、力が弱まってしまうらしい。残念だけど、王都へは連れていけない。


 俺たちはここで、幼いころから一緒にいた彼らと、しばらく別れることになった。



「私がいないからって、ほかの属性に目移りしないでね。魔力に匂いがついちゃうわ」


「しねーって。俺は炎一筋だぜ」


「信じてあげる」



 フィネーレの赤い髪が風になびく。彼女の瞳は、温かく俺を見詰め、俺を愛してくれているように見えた。


 だけど精霊たちは、人間が複数属性の魔法を使うことを嫌う。俺が炎以外の魔法を使えば、フィネーレは『契約』を破棄し、プイッとどこかへ行ってしまうだろう。


 やっぱり俺には、精霊の考えはわからない。だけど彼らの意思に添うことは、俺たちの絆を強くするのだ。


 俺がフィネーレと別れを惜しんでいると、エニーの守護精霊のルミシアや、ミラナの守護精霊のクイシスも現れた。



「ニニちゃん~! ルミ、寂しくなるよぉ~!」


「ルミちゃん、ごめん! 休暇には必ず帰るからね♪ お土産に、可愛いリボンを買ってあげるょ☆」


「わぁい♪ じゃぁ、楽しみに待ってる☆」



 エニーの守護精霊はキラキラと輝く光の精霊だった。


 羽のついた人形のようで、明るくておしゃべりなところは、エニーそっくりだ。俺とシンソニーは、二人の元気な会話に目を細めて笑った。


 少し離れた場所では、ミラナがクイシスと別れがたそうにしている。クイシスは黒いドレスを着た闇の精霊だった。フィネーレよりもずっと小柄で、いつもミラナのことを気にかけている。



「ミラナ、元気でね。寂しくって泣いちゃうんじゃないかしら。心配だわ」


「もう、クイシスったら。心配しすぎだよ?」


「しばらくお別れね」


「うん……」



 ミラナはクイシスを手のひらに乗せて、優しく頬擦りをした。それは美しい光景だけど、彼女の寂しげな顔を見ると俺の胸が痛んだ。



――大丈夫だクイシス! ミラナは俺が守るぜ!



 俺がそんなことを思っていると、フィネーレが耳元でささやいた。



『心配しないで、彼女はあなたのことが好きよ』


『本当? そう思う?』


『もちろんよ、私の大好きなオルフェルなんだもの。みんなもあなたのことが好きだわ』



 フィネーレは本当に前向きだ。彼女はいつも、俺に勇気と元気をくれる。



「フィネーレ、俺がいなくても泣くんじゃねーぞ」


「まぁ、泣きはしないわよ? 精霊にとってはこのくらい、すぐに過ぎることだから」


「ほんとあっさりしてんね」


「仕方ないでしょ」



 涙声の俺とは対照的に、フィネーレはさらりと返事をした。精霊たちは長生きだから、時間の感じ方が違うのは当然だ。


 それでもフィネーレは俺の身を案じて、剣や防具に炎の魔力を込めてくれた。別れは寂しいけど、俺たちはすぐにまた会える。



「じゃぁな! もういくぜ! そこに俺の夢が待ってる!」


「ありがとう。元気でね」


「また会いましょ」



 俺たちが手を振ると、精霊たちは光の玉になって飛んでいってしまった。ミラナの目に涙が光っている。



「ミラナ……、大丈夫だ。ミラナには、俺が……、俺たちがいるぜ!」


「そうだよ。僕も王都ははじめてだし緊張するけど、僕たちみんな一緒だからね!」


「学生生活、めいっぱい楽しんじゃぉ♪」


「うん、そうだよね。ありがとう、みんな! 一緒に頑張ろうね!」



 俺たちが励ますと、ミラナはニコリと微笑んだ。


 幼なじみの俺たちにだけ見せる笑顔に、俺は目を奪われる。彼女もきっと、これからの王都での学園生活に、期待があふれているのだろう。


 俺も胸が高鳴るのを感じながら、仲間と一緒に草原を進んだ。



*************

<後書き>


 オルフェル君たちはそれぞれに、自分の魔力を高めてくれる精霊を連れていました。


 しかし精霊たちは、にぎやかな街が苦手のようです。彼らは王都に入る前に精霊たちにしばしの別れを告げました。


 次回、王都にたどり着いた彼らを同郷の先輩たちが迎えてくれます。しかしこの先輩たち、ちょっと癖が強いです。


 次回、第一章第五話 クーラー邸で~憧れの先輩~をお楽しみに!


‭‭‬‬第四話の謎

《1》魔物退治の是非

→ダークヘッジホックは可愛くてちょっと倒すのが可哀想ですよね(;´д`)でも本作品の魔物は害虫みたいなものなので、見た目が可愛くても弱くても見つけたら早めにやっつけないと大変なことになります。ほとんどの魔物は凶暴&会話不能なので問答無用でやっつけるべしとされています。

《2》精霊と人間との契約の方法や内容など

十五章以降で明らかになります。


  

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