三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~

花車

第一章 任務と奉仕

001 カタ学合格~俺すげぇ!~


 場所:????

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 気がつくと俺は見知らぬ部屋にいた。


 キッチンのある広めの部屋だ。白いケトルと木製の姿見。天井に取り付けられたラックには、紐で束ねられたドライハーブが吊り下げられている。


 目線を下げると、木製の本棚にキッチリ並べられた魔導書が見えた。


 窓際では魔法薬に使われる植物が数種類育てられている。



――ここどこだ? ん? 俺どうなって……。


――なんだこれ!? なんで俺、こんなことに!?



 自分の体に目をやって、俺はピョコンと飛び跳ねた。ぼんやりしていた頭が一気に目覚め、心臓がドクドク飛び跳ねている。


 俺の両手が、まるで動物の前足のようにフワフワになっているのだ。


 立ちあがってみても目の高さは膝よりずっと低い。そして恐ろしいことに、俺は四つん這いだった。


 信じられなくて固まる俺。なんだか記憶も曖昧だ。



――え? 夢だよな? すっげー小さくなってんだけど。



 鼻先には赤い毛が見えている。小さい身体、短い手足、指先に生えた鋭い爪。



――ぬいぐるみ……じゃねーよな? 猫……、いや、子犬か?


――どういうことだ……? 俺、ミラナと同じ学校へ行くために勉強して……。



 ミラナは俺の、片思い中の女の子だった。真面目で堅物な生徒会長。それがミラナだ。


 少し近寄りがたい彼女だけど、俺にはすごく大切な人だ。彼女は俺がつらかったとき、そばで俺を励ましてくれた。


 その優しさと可愛い笑顔に、俺はずっと夢中なのだ。


 俺は彼女と同じ魔法学校へ進学するため、毎日必死に勉強していた。


 それがどうして、こんな場所で子犬になってしまったのか。うーんと首を傾げていると、目の前にミラナが現れた。



――ミラナ? ん? なんかちょっと雰囲気変わった?



 目の前のミラナに、どこか少し違和感を感じる。髪がずいぶん伸びているし、少し大人びて見えるような……。俺が子犬になったからか?


 ミラナはミルクの入った哺乳瓶片手に、俺を抱きあげ膝に乗せた。



「ほーら、オルフェル。ミルク、飲めるかな? おいしいよ~?」



 ミラナが優しく微笑みながら、俺の口元に哺乳瓶の飲み口を添える。



――ミラナ!? まってくれ! 俺、哺乳瓶は……!

「きゃうん! きゃうぁうっ」



 手足をばたつかせて抵抗した。


 口からは弱々しい鳴き声が出る。俺から出ているとは思えない声だ。



――やめてくれっ。俺、十五歳だぜ!?


――ミラナの前で哺乳瓶とか、俺の人生おしまいじゃねーか!



「うふふ。オルフェルったら。子犬、意外と似合ってるよ。頭の毛が赤いところとか、そのままだね。おなか、まだ減ってないのかな……?」



 ミラナは優しい手つきで、俺の頭を撫ではじめた。ここは好きな女の子の膝の上だ。心地よくて落ち着いてしまう。



――ほんとに、なんでこんなことに?


――うーん、そもそも俺、今日なにしてたっけ。



 目を閉じて集中してみると、記憶が少しずつ蘇ってきた。


 俺の目指していた魔法学校の合格者が発表された、あの日の記憶だ。


 あのとき、俺は確かに人間だった。



      

――――――――

     ――――――――



 あのとき俺は、祈るような気持ちで先生の言葉を待っていた。



――天に昇るか地に落ちるか……。運命のわかれ道だ!



 多くの魔法使いが憧れる国内一の名門校、国立カタレア魔法学園(通称カタ学)は、超エリートの高等・大学一貫校だった。


 卒業後は騎士や研究者や治癒師など、一流の職業に就けるという。


 特に騎士は通常その家系に生まれないと就けない仕事だ。俺のような平民が騎士になれる可能性があるのは、この学校だけだった。


 だけどそこに入学するためには、厳しい入学試験を突破しなければならない。俺は二ヶ月前に試験を受けてから、ずっと結果を待ちわびていた。


 そして、いままさに、その合格者の発表が行われようとしていた。これは、多くの人にとって人生を左右する重要な瞬間だ。


 場所は俺の生まれたイコロ村の、中等魔法学校の教室。緊張した様子の生徒たちが集まっている。俺も心臓が弾けそうなほどドキドキしていた。



「さぁ発表だ。みんな落ち着いて聞けよ。まず一人目の合格者は、ミラナ・レニーウェインだ! おめでとう。よく努力したな!」


「いえ、当たり前の勉強を続けただけです」


「主席合格だぞ。本当に素晴らしいな。さすがは生徒会長だ」


「私なんてまだまだです」


「ちょっとは嬉しそうな顔していいんだぞ!?」


「恐縮です」



 思ったとおり、最初にミラナの名前が発表された。それにしても、カタ学に主席合格とは、やっぱり彼女はすごすぎる。


 彼女はどんなときも気を抜かず、真面目にコツコツ努力していた。俺は尊敬と愛を込めて彼女を見詰めた。俺の胸が高鳴っている。



「わぁ、ミラナ、おめでとう!」


「絶対合格すると思ってたよ。本当にすごいね!」


「そんなことないよ。私なんてまだまだだから」



 ミラナはみなから称賛の言葉を浴びても、ひたすらに謙遜している。


 その表情は大真面目だ。彼女は謙虚でいじらしい。


 もし俺が彼女をお嫁さんにできたら、絶対幸せな家庭を築けると思う。



「それから、シンソニー・バーフォールド。おまえも合格だ。おめでとう!」


「よかった! ありがとうございます、先生」



 次に名前を呼ばれたのは、俺の親友のシンソニーだった。ザワザワする生徒たち。優秀なのは知ってたけど、ここまでできるとは思ってなかった。


 シンソニーは背が小さくて、女の子みたいに華奢だった。みんなに『可愛い可愛い』とからかわれると、怒って泣いたりすることもある。


 だけど今日の彼はいつもより大きく立派に見えた。努力をし、結果を得たという自信が彼の姿勢に現れているようだ。


 俺は羨望を込めて彼を見あげた。


 シンソニーは立ちあがって頭を掻いている。



「おめでとう、シンソニー! 本当にきみも優秀だなぁ」


「ありがとうみんな。ふぅ、ほんとに安心したよ」



 みなが口々に言葉をかけると、シンソニーは爽やかな緑の瞳で、嬉しそうに微笑んでそれに応えた。



――俺は、やっぱダメだったか……?



 イコロ村からのカタ学合格者は、例年なら一人か二人だ。友人たちの合格に喜びながらも、肩を落としてうなだれる俺。


 合格した二人は王都へ行ってしまうのだ。そこには俺とは無縁の、楽しい学生生活が待っているはずだ。


 もちろん俺は、たとえカタ学に合格できなくても、ミラナを追いかけて王都へいくつもりだった。


 学園の近くで仕事を探して、ミラナが通りかかるのを待って声をかけて……。



――あぁ、くそ。そんなんじゃ、結婚まで行きつかねー! カタ学出身者は、カタ学出身者と結婚するもんだって、親戚のねーちゃんが言ってたしな……。あぁ自信なくなってきた。



 だけど合格者の発表はまだ終わっていなかった。



「みんな静かに! 今年はまだ合格者がいるぞ!」



 先生が大声でザワザワするみんなを鎮めている。だけどはっきり言って俺の合格の見込みは低い。


 勉強嫌いだった俺は、カタ学に行こうと決心するまで、成績なんか気にしたこともなかったのだ。


 だけど俺はこの一年、自分でも信じられないくらい努力した。カタ学の先輩を捕まえて、勉強を教えてもらったのだ。


 そして俺は、苦手な勉強を毎日毎日、計画どおりにやりつづけた。


 それでもカタ学の敷居は本当に高い。俺は再び祈るように先生を見詰めた。



「エニー・二ーフォル! よくここまで成績を伸ばしたものだ。合格おめでとう」


「わぁ♪ 先生、ありがとうございます☆ みんな、やったよぉ♪」


「ニーニー!? 嘘だろ、俺たちのアイドルが村からいなくなるのか!?」



――ぐはぁ!? エニーか!? そんな頭よかったの? えー? いつの間に勉強したんだ!



 名前を呼ばれたのは、俺の家の三軒隣に住んでいる幼なじみのエニーだった。


 彼女はだれもが認める村のみんなのアイドルだ。


 小さいころ、俺はよくエニーの家に入り浸っていた。彼女のばぁちゃんが作ったクッキーを食べながら、好きな絵本やおもちゃの話で、よく盛りあがったものだ。


 そして、エニーはシンソニーの想い人でもある。



――そうか、よかったな。シンソニー。エニーと一緒で。



 シンソニーは、いますごく喜んでいることだろう。彼は平静を装っているけど、口元がにやけるのをこらえるのは大変なはずだ。


 幼なじみたちの幸せに、俺の心は湧きたっていた。だけど、本当は、俺も一緒に行きたかった。



――くそぉ、俺も頑張ったのに……。



 俺は複雑な気持ちを抱え、唇を噛んだ。先生が俺の名前を呼んだのはそのときだ。



「それから……オルフェル・セルティンガー! おまえも合格だ! 今年はすごいな、四人も合格者が出たのは十二年ぶりだぞ!」



 なにを言われてるのかわからずかたまる俺。だけど次の瞬間、俺は椅子を蹴り飛ばして、両手のこぶしを突きあげていた。



「うぉぉぉぉ! 俺すげー! 天才!」


「え? まさかのオルフェルまで合格かよ! しんじらんねぇっ」


「えーー!? なんでオル君が合格できたの!?」


「オルオルって勉強とかするイメージないんだけど」



 みなが驚いて俺を見る。それはそうだ。俺みたいなお調子者が合格するなんて、だれだって思わないだろう。


 俺は本当に、すごいことを成し遂げてしまった。俺はこの一年、全てを賭けて勉強したのだ! まるで夢を見ているみたいだ。


 これで俺も、春からはミラナと一緒にカタ学の学生だ!


 浮かれる俺を、みなが信じられないという顔で見ている。視線が集まっていて気分がいい。



「はっはー! 俺が本気を出せばこんなもんだぜ!」


「すげーなオルフェル。てっきり勉強してるふりだと思ってたぜ!」


「おめでとう! なにかやりそうな気はしてたよ!」



 俺が胸を張って得意顔をすると、みながワイワイと祝福してくれた。


 調子に乗った俺が、次々にポーズを変えて見せると、友人たちが同じポーズで祝ってくれる。


 俺にこんな日がくるなんて、だれに想像できただろう。


 俺は頑張った!


 全てはミラナとの未来のために。言ってしまえば下心だけど、とにかく俺は頑張った!



――今日はミラナに告白するぜ!


――そして、ラブラブ学生生活を手に入れる!



 そんな決意を胸に、俺は放課後になるのを待った。あのときの俺は、確かに人間だった。



*************

<後書き>

 お読みくださりありがとうございます!


 この物語は、魔獣になった仲間たちを探しながら、魔物化した理由やその背景にあった王国の問題、戦争の記憶などをじっくり探り、最終的にはまったく別のことに巻き込まれているという長編の冒険譚であり戦記であり、じれじれのラブコメでもあります(百万字を超える予定)です。


 物語が進むにつれて、少しずつ謎が明かされますので、のんびりお楽しみいただければ幸いです。


 一章は学園編となります。ミラナとの子犬な冒険生活は二章から始まります。


 次回、第一章第二話 忘れんなよ~ミラナとの約束~をお楽しみに!


※長かったのでプロローグを削除して短編にしました。消えたプロローグが気になる方はこちらから読めます。


『三頭犬を捕獲せよ!~魔物使いミラナと魔犬になった幼なじみ~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093094466367549


↓近況ノートにイラストがあります。

ミラナ+オルフェル(子犬)

https://kakuyomu.jp/users/kasya_2021/news/16818093082002151594


‭‭‬‬第一話の謎について

《1》なぜオルフェルは犬になったのか

→物語をとおしてゆっくり追っていく謎になります。

《2》ミラナの変化の理由

→二章で判明します。

《3》ミラナの行動の理由

→三章で明かされます。

《4》オルフェルの記憶喪失

→記憶を辿る物語になります。記憶喪失の原因がわかるのはかなり先です。

《5》オルフェルの過去

→徐々に明らかになっていきます。



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