019 冒険者ギルド~俺の餌代か?~

 場所:冒険者ギルド

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 ミラナはそのまま、大通りをしばらく歩き、また立派な建物の前で足を止めた。


 茶色い煉瓦造りで、まだ新しそうな建物だ。だけど、白い列柱と印象的なアーチ状の窓が並び、重厚で存在感がある。


 出入り口には、剣や盾が複雑に彫刻されたレリーフが飾られ、『冒険者ギルド』と書かれた旗が下がっていた。


 ミラナは少し緊張した面持ちで、しばらくその前に立ち止まっていたけれど、意を決したように建物に入っていった。


 建物内は大勢の人間で賑わっていたけど、入ってきたミラナを見ると、皆が目を丸くして動きを止めた。


 集まってなにやら大声で話しあっていた人たちも、いぶかしげな顔でチラチラとミラナを見ながら、コソコソ話に切り替えている。



――うん、まぁ、場違いだよな。これは。



 ここにいる人たちは、武器や防具を身につけていたり、やたらと筋肉質だったりと、とにかくみんな強そうだった。


『冒険者ギルド』がいったいなんなのか、俺にはよくわからないけれど、ここにいるのはきっと、冒険者の皆さんだ。


 そんななかミラナは、胸に子犬を抱き、肩に小鳥を乗せて、鍋などの生活雑貨が入った買い物袋を腕にぶら下げているのだ。


 腰につけた魔笛は彼女の武器だけど、一見武器には見えないだろう。



「どうしたんだい? お嬢ちゃん。ここは冒険者ギルドだぜ? 便所なら隣の食堂で貸してもらいな」


「大丈夫です。ありがとうございます!」



 屈強そうな男に話しかけられ、真顔で返事をしたミラナは、そのまま冒険者たちの間をすり抜け、受付に向かった。



「あの! 冒険者登録をお願いします!」


「え? お嬢ちゃんが?」


「お嬢ちゃんじゃありません。私、もう二十一歳ですから」



――えぇぇ!? はぁぁぁぁ!?


――ちょっとまて、俺の最後の記憶、十七歳なんだけど? 四年も経ってるの!?


――信じらんねー。ホントに俺、いままでなにしてたんだ?



 少しミラナの雰囲気が変わっているとは思っていたけれど、俺の記憶は、思った以上に抜けているようだ。


 驚きすぎた俺は、しばらくミラナたちの会話が頭に入ってこなかった。


 だけど俺たちは、気がつくと大勢のギャラリーに囲まれていた。



「お姉さん。きみ、よくわかってないみたいだけどね、ここは依頼を受けて魔物を退治したりする冒険者を管理するところだよ? きみが戦うのかな? 笛で叩いて、そのお鍋で防御するつもりなのかな?」


「笛で叩くことはまれにありますが、お鍋は戦いに使いません。私、魔物使いなので」


「魔物って、まさか、そのわんちゃんと小鳥ちゃんのことを言ってるのかな?」


「はい! 二匹ともまだまだ調教中ですが、シンソニーはかなり強いですよ。いちばん下のランクの仕事くらいなら、十分できると思います! ぜひ、よろしくお願いします」



 受付の丸いおじさんが、明らかにミラナを小馬鹿にした口調で話しているけど、ミラナは真面目に丁寧な返事をしている。


 まぁ、ミラナも魔力は高いし、シンソニーが人間になって、前と同じように魔法を使えるなら、確かに低級の魔物なら余裕があるだろう。


 だけど、相手はずいぶん渋い顔だ。



「んー、でもねぇ。私たちも、依頼主への責任があるからねぇ……」


「仕事はきっちりやります! 私、真面目なんで!」


「そうは言ってもねぇ」


「あ、じゃぁ、あれをお願いします!」



 ミラナはそういうと、壁に貼られた貼り紙を指差した。


 そこには、『実力を示して一気にランクアップ! 冒険者昇級試験常時受付中! D級試験受験費用二万ダール』と、書かれていた。


 周りのギャラリーがザワザワと騒いでいる。



「おいおい、ねぇちゃん。やめとけよ、ケガするぜ」


「金のムダだろ、これは」



 メージョーでは、二百ダールの布巾一枚買うのにも、ずいぶん悩んでいたミラナだ。


 俺もこれは、確かに『思い切ったな』と思った。


 だけど、ミラナはどうやら、今後の生活費をここで稼げるようになりたいようだ。


 多少身を切ってもギルドに入っておきたいのだろう。



――う。ミラナ……。さては俺たちのエサ代を稼ごうとしてくれてるんだな? 剣の修理も奮発して頼んでくれたんだよな。相変わらず可愛いな。愛してるぜ。



 頑張るミラナを、俺はまた、見守ることしかできない。たぶん、今回は戦闘要員にも数えられてなさそうだ。


 そもそもまだ、さっきの沈静化が解けてなくて、立てるのかも怪しい。



――くっそー。大事なときに役に立たねー、俺!



「よろしくお願いします!」



 頭を下げるミラナに、受付の男は渋い顔をしながらも試験の説明をはじめた。



「あぁー、うーん、まぁ、試験受けるのは自由だからいいけどね。はじめはDランク試験になるんだけど、初級魔法使う魔物とか出ることもあるからね? 結構、みんなケガするよ? 一応治癒魔導師さんが待機してくれてるけど、ヒール一回三千ダールだからね? あんまり大ケガすると、ヒールしても、綺麗なお肌に傷が残るよ」


「わかりました。でもたぶん平気です」


「んー、じゃぁ、はい。この受付表もって、裏の試験場に入ってね」



 ミラナは受付の男に礼を言って頭を下げると、振りかえって、ガヤガヤ言っていたギャラリーたちにも頭を下げた。



「みなさん、ご心配ありがとうございます! 頑張ってきます!」


「おぉ、がんばんなぁ、ねーちゃん!」


「見学に行くぜー」



 みなミラナの試験に興味があるらしく、試験場に向かって歩き出した彼女についてくる。



――ミラナ、意外と緊張するからな。こんなについてきて大丈夫か? 肩の力抜けよ!



 ミラナに抱えられていた俺は、案の定試験場の観客席の片隅に座らされた。



――うぉー! シンソニー、頑張ってミラナを守ってくれ。俺はここで、鍋を守ってるぜ!



 ミラナが忘れずに敷いてくれた、メージョーでもらったクッションにうずくまり、俺はミラナたちを見送った。



*************

<後書き>


 メージョーを出たその足で、冒険者ギルドを訪れたミラナ。


 彼女の風変わりな出で立ちに、冒険者たちは騒然としますが、ミラナは大まじめです。


 戦闘試験を受けるという彼女を、見守ることしかできないオルフェル君。


 次回はシンソニーの語りになります。幼なじみにテイムされた魔物として戦う、彼の実態は?


 次回、第二十話 ギルド試験1~ダークマウス~をお楽しみに!



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