013 奉仕活動3~僕のお母さん~

 場所:オルンデニア

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



「やっぱり、気付かないうちに無駄な魔力を放出してたんっすねー」


「守護精霊持ちの魔術師さんは、ずいぶん魔力に余裕があるんだね」



 虹祭り三日目、俺はこの奉仕活動で知り合ったブルートさんと話をしていた。


 彼はいくつか年上の都会育ちのお兄さんで、俺が赤い花ばかり作っているのを見かねて、話しかけてきてくれたのだ。



「守護精霊と遊んでるうちに、魔力がどんどんあがるんっすよ」


「すごいな。王都には守護精霊なんてめったにいないからね。いるのはどこにでもいる微精霊だけさ。だから魔術師たちは、いかに少ない魔力で効率よく魔法を発動させるか、いつも考えてるよ」


「なるほど、都会人は魔力のなんてしないんすね」


「おもらし……?」


「あっ。って思ったら急に恥ずかしくなってきたっす」


「ははは。きみ、ちょっと変わってるんだね」



 俺がバカなことを言っていても、優しい笑顔のブルートさん。都会の人だけあって、服装も仕草もどこか洗練されていてかっこいい。



「やっぱり、魔法の暴発も、おもらしが原因なんすかね」


「そうかもしれないね。僕なんかは、祖母によく言われたよ。魔力をこぼすと微精霊達が喧嘩するぞって」


「都会の微精霊は激しいんっすね」



 微精霊は空気中に数多く存在すると言われているけど、非常に小さくて、その姿を見ることはできない。


 俺たち人間の魔力に寄ってくるのは変わらないけど、思い通りに魔法を使おうと思うと、守護精霊より難しいようだ。


 呪文を正確に唱えることと、放出する魔力量を調整すること、さらに、魔法の結果をしっかりイメージすることが大切らしい。


 フィネーレがどれだけ、俺の考えを汲み取り、望みどおりに魔法を発動させてくれていたのか、俺ははじめて思いしった。



「天地に満ちたる数多あまたの精霊達よ。我が魔力に集い、白きラーンを碧く染めよ! ダイセレスト」


「かっけーっすね」



 適当な呪文でも、それなりにできてしまう花の色付けだったけど、実は正しい呪文が存在していた。


 それも、赤くするときにはダイルージュ、黄色のときはダイメイズと、色ごとに違う呪文があるらしい。


 魔力の放出量を微調整し、青い花をイメージしながら「ダイセレスト」と唱えると、花は俺がやっても、確実に青くなった。


 初級魔法試験に合格するためには、これらのことをいろいろな初級魔法で、しっかりできるようにしておく必要がある。


 そして、この花の色付け作業は、魔力の放出量の調整訓練にいちばん適していたように思えた。


 これはやはり、キーウェン先生の狙いどおりだったのだろう。


 そして、日中の奉仕活動を終え、寮に帰った俺は、いままで適当にやってきた初級魔法の呪文を、必死に覚えることとなった。



      △



 虹祭り五日目の最終日。


 俺たちが子供に菓子を配っていると、見覚えのある女子が小さい男の子を連れてやってきた。



「ニーニー、奉仕活動たいへんそうだね!」


「平気だょ☆ みんなでやってるからすごく楽しいよ♪」



 彼女はポーション実習で俺を助けてくれた、エリザ・ネーソンだった。


 連れているのは弟らしい。黒い目に黒い髪の、かしこそうな少年だ。


 名前はライルというらしい。



「弟君、ライル君っていうんだ、可愛いね☆ 何歳かな?」


「僕、八歳だよ! お姉ちゃんに会いに、マレスと二人で来たんだ!」


「故郷から二人でか? すごいな。魔物が出たんじゃねーの?」



 俺が驚いて聞き返すと、エリザが説明してくれた。


 マレスというのはライルについている守護精霊なのだそうだ。


 大精霊とよばれるほどの強大な力を持っていて、ライルは一人でも、十分王都まで来れるらしい。



「精霊さんと仲良しなんだね☆」


「仲良しじゃなくて、マレスは僕たちのお母さんだよ!」



 エニーの問いかけに、ライルがピカピカの笑顔で答えている。



「守護精霊がお母さん……?」



 思わずエリザに小声で尋ねると、彼女は少し、困ったような笑顔を浮かべた。聞いたところ、二人には母親がいないらしい。


 そしてライルは、守護精霊に母の役目を求めているようだった。



――うーん、その気持ち、わからなくはねーけどな。精霊にそんな気があんのかな。



 俺の周りの守護精霊たちは、確かに言葉も通じるし、愛も語る。だけど彼らは、人間とは違う存在だ。


 人間のようには子供を産まないし、何事もなければ何千年でも生きている。


 そのくせ、消えたり実体化したり、つかみどころがないのだ。


 人間からすれば、精霊が気に入った人間に固執こしつしているように見えても、精霊からすれば少しの気まぐれかもしれない。


 エリザも同じように感じているから、こんな困った顔をしているのだろう。



「ねぇライル君、まだしばらくいるなら、お姉さんたちと一緒に遊ばない?」



 ライルの寂しい気持ちを察してか、ミラナが声をかけている。


 腰をかがめてライルに視線をあわせ、やさしく話しかけるその姿は、まるで女神のようだ。


 さりげなくと、俺も誘ってくれている。



――今日も可愛いぜ、ミラナ……。俺の子のかぁちゃんになってくんねー? 俺、いいとうちゃんになるぜ!



 勝手に幸せな夢を見てしまう俺。俺もいい父親になれますよと、ここはぜひアピールしたい。



「うんっ、あそびたい!」


「よしっ! じゃぁシェインさんちで遊ぼうぜ!」


「ちょっと、オルフェル? それ、勝手に決めちゃダメでしょ」


「いいだろ! シェインさんは俺が頼ると喜んでくれるぜ! それに俺は、シェインさんがいつか困ったら、絶対助けるからな。お互い様だ」


「そんな状況、めったに来なさそうだけど?」


「オル君、ちょっと調子よすぎだょ?」


「大丈夫だ! あ、でも、罰の試験が終わってからねっ? こう見えても俺、いま必死なんでっ」


「オルフェルったら……」



 アピールするつもりが完全に呆れられてしまったけど、ちゃんと約束を取り付けるということで話はまとまった。


 ミラナがライルに菓子を手渡し、俺たちは手を振って別れた。



      △



 そのあと、俺たちは無事に特別初級魔法試験に合格した。


 そしてその翌日、シェインさんの住むクーラー邸に、エリザとライルを連れてお邪魔した。



「シェインさん、べランカさん、無理言ってごめんなさい」


「いやいや。賑やかなのは嫌いじゃないから大丈夫だよ。いつでもおいで」



 ミラナが申しわけなさそうに頭を下げると、シェインさんがにこやかに笑ってくれる。


 腕にしがみついているべランカさんも、無表情だが怒ってはいなかった。



「ほら、ライル! 言ったとおり、シェインさんはめちゃくちゃ優しくてかっこいいだろ? お前もこういう、懐の深い男になれよなっ」


「うん!」


「ははは。オルフェルには敵わないな」



 シェインさんの穏やかな表情を見て、ミラナたちもホッとした顔をしている。


 リビングにとおしてもらうと、ハーゼンさんとネースさんがソファに座っていた。



*************

<後書き>


 奉仕活動で出会ったお兄さんに、都会での魔法のコツを教えてもらうオルフェル君。


 無駄な魔力を漏らしていると、微精霊達がよってきて、取りあいの大喧嘩をはじめるみたいです。


 フィネーレのありがたみを噛み締めた彼ですが、なんとか呪文を覚えて試験に合格できました!(でも、あんな長い呪文を唱えるのはたぶんこの話だけです(^-^;)


 そして、今回登場したライル君は、「ターク様が心配です!」にも登場した彼です。が、別作品として書いているので、そっちを読む必要は特にないです。ご安心ください。


 ターク様を読んだことがある人は、謎だったライル君の過去をお楽しみいただけるとうれしいです。(哀しいことになる予感がしますが……)


 次回、第一章第十四話 ワンダリングボード~順調な人生~をお楽しみに!



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