025 解放レベル2~すごくシュッとしてる!~

 場所:ベルガノン王国

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 はじめての依頼が完了したあと、俺はミラナの笛の音で開放レベルをあげられた。


 短かった手足がぐんぐん伸び、頭の位置がミラナの頭の位置に近づいていく。



――やった! ついに俺も人間に!



「オルフェル、解放レベル2おめでとうっ」


「おぉっ、ありがと……って、え?」



 ミラナの声が上擦って、俺は嫌な予感に襲われた。


 俺の両手……というか両前足がしっかり地面についている。



「なぜにまだ、俺四つん這いなの……?」


「えっと、それがオルフェルの解放レベル2だよ?」


「おぅん? どういうこと?」


「あー……。オルフェ、なんかすごい、大きくなったね! よかった! えっと、成犬だよ、これ! すごいね! 赤くて、かっこいい!」



 シンソニーが明らかに動揺しながらも、なにか必死におめでたい雰囲気を出そうとしている。



「ほんと、大きくて、すごくシュッとしてる! カッコいいよ、オルフェル!」



 ミラナはパチパチと手を叩いているけど、その顔は明らかに引きつっていた。



「おぉん!?」



 草原にいるため、自分で自分の姿を確認できない俺……。身体は確かに大きくなったけど、しかしこれは、完全に犬だ。


 前よりフサフサになった尻尾が、ショックでピーンと伸びている。



「子犬が成犬になっただけ? なんでだっ! シンソニーは人間なのに!」


「な、なんだろうね、意外だね」


「うーん、こればっかりは、個体差としか、言いようがないよ……」


「まさか、ミラナ、こうなるって知ってたの!?」


「えっ!? 知らないよ。私も、やってみないと、わかんないもん」



 申しわけなさそうに肩をすくめるミラナ。


 確かに俺は、勝手に人間になれると思い込んでいたわけだけど、これはあまりに衝撃だった。



「な、頼むから! もうひとつレベルあげてみてっ? ね? おねがいっ。ミラナさん! 一生のおねがいっ。後生だからっ! おまえのすべてに感謝するからぁ~~っ!」



 ミラナに食いつく勢いの俺。ミラナは慌てて俺の頬の毛を掴み、俺の顔を押し戻した。



「ご、ごめん。まだ無理だよ。ゆっくり慣らさないと、危ないから、ね?」


「えぇー……ひどくね」



 ついつい、ミラナを責めてしまう俺。だけど本当に、ミラナにもわからないことがあるのかもしれない。


 トリガーブレードを修理に出してもらい、俺も人間になれると思い込んでいたけれど、そんな保証はどこにもないようだ。


 不安が頭をもたげて、気持ちがまた沈んでしまう。



「ごめんね、期待させちゃったよね」


「ホントにな」


「もう、オルフェルったら。怒らないで」


「怒ってねーし」



 俺のイラついた顔を見て、ミラナはしょんぼりした様子で口を尖らせた。シンソニーも困り顔だ。



――あー! しまった、もう! 俺のバカッ。

「うぉ……」


――大切なふたりにこんな顔ばっかさせて……。

「うぉーーーーーん!」



 やむにやまれず、遠吠えする俺。


 その声のあまりのでかさに、二人が慌てて耳を塞いだ。



「わっ、どうしたの!? オルフェ、急に、しゃべれなくなった!?」


「だっ、大丈夫?」


「大丈夫、叫びたくなっただけだ。しゃべれるし」


「もう、びっくりした!」


「ホントだよ」


「でもいまの、すっごい遠くまで聞こえたんじゃないかな?」


「すごかったね!」



 ミラナとシンソニーが顔を見合わせプスプス笑っている。



――なんかちょっとスッキリしたかも。困ったときは遠吠えだな。



 落ち着いて自分の状態を確認してみると、四つん這いでもシンソニーと目線が同じ高さにあった。


 シンソニーより背の低いミラナは、少し見下ろすぐらいだ。



「あぁ。なんか俺、バカみてーにでかくなったな。こりゃ、お孫さんもびっくりだぜ!」


「うんうん、オルフェ。大きくてすごく強そうだよ! ホント、お孫さんもびっくり……って、いったいだれのお孫さんだよっ」



 いつも「あはは」っていうだけのシンソニーが、頑張ってノリツッコミまで入れてくれた。やっぱりシンソニーは、いいやつだ。



「これなら依頼、どんどんこなせそうだよね!」


「おぅ。ミラナのためなら、犬だろうが魔獣だろうが、俺、はりきっちゃうぜ!」


「うふふ。やっぱり、犬だけどオルフェルだね!」



 ミラナがホッとした顔で、俺の頬をなでる。



――まぁいいや。でかくなったし、きゃうきゃうした声も低くなって、かっこいいじゃねーか! よくわかんねーけど、ミラナが頑張ってんのに、落ち込んでらんねー!



「よし、帰るか!」


「うんうん! やっぱり疲れたから、オルフェル、乗せてね!」


「え!? 俺に乗って帰るの!? おちねー? 大丈夫?」


「平気平気!」



 そう言って笑うミラナは、なんだか前より、ずいぶん逞しくなっている気がする。


 この数年の間に、彼女にいったい、なにがあったのだろう。



――それにしても、まさかミラナに乗られてしまう日がくるとはっ。



 シンソニーが小鳥に戻され、俺の頭の上に乗った。



「わ、あったかい!」


「はは。気に入ったの?」


「ピ!」



 嬉しそうなシンソニーにほっこりしていると、ミラナも俺の背中に乗ってきた。



「ほんとだ! すっごいあったかい! さすが炎属性だねっ」


――わぉん! ミラナさん、大胆!



 首に手を回され、ぎゅっと抱きつかれて、今度はぽわんとする俺。


 幸せな気分で、どこまででも走っていけそうだ。



「いくよ! オルフェル!」

――ピーピーピー!――


「おぉーーーーーん! 俺、乗りものに昇格!」



 でっかい遠吠えをあげながら、俺は王都を目指し、走りだした。



*************

<後書き>


 人間になれると期待していたら、大きな犬になったオルフェル君。


 ちょっと残念ではありますが、大事な二人に、しょんぼりした顔をさせておくわけにはいきません。


 気を取りなおして、彼は走り出しました。


 二章の残り三話はシンソニーの回想です。


 次回、第二十六話 ゼヒエス~僕の守護精霊~をお楽しみに!



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