第6章 集束していく物語編
第50話 墓地にて
王宮での戦いから数日後。
「やっとここに来れたわ」
人里離れた山の奥。ここにはいくつもの墓石が点在している。
「ここが魔族のお墓か」
「そう。みんなが眠っているところよ……って言っても、魔族は死んだら消し炭になって散ってしまうから、遺品を埋めているだけなんだけど」
ラヴは寂しそうに語った。
ここにはかつて、人間に殺された者たちも眠っているのだろう。
「……」
複雑な気持ちでしばらく進めると。
「ここが魔王一族のお墓」
他の墓石と大きさは変わりない。
刻まれている名前は……一人だけ?
不思議に思う俺の視線に気づいたのか、ラヴが語る。
「元々のお墓は、昔住んでいた大地に置いてきたらしくってね」
「ということは、今彫られてあるのは君のお母さんの?」
「そう。お母様……アイ・ドラゴハートの名前よ」
ラヴが二百歳(見た目年齢は人間の二十代前後だが)であることを考えれば、四百年以上前……つまり移住以前の故人の名前は彫られていないということになる。
「さて、ニト」
やたら改まった様子で彼女は俺を見た。
「どうした?」
「え、えーとね。ちょっと言いづらいことなんだけど」
その顔には緊張がうかがえる。
「ここが、あなたのお墓よ」
「は!?」
え、俺、もう死んでるの……?
いや、もしかして同胞殺しの積年の恨みをここで晴らすとか?
やっぱ人間だから信用ならないのか……。
「分かった。せめてひと思いに頼む」
俺は正座して首を差し出す。
「? 急にどうしたの?」
「……俺を殺すんじゃないの?」
「違うわ、バカぁ!!」
顔を真っ赤にして憤慨する魔王令嬢。
ほらやっぱり怒ってるじゃん!? 怖い怖い怖い!!
「ちょ、後ずさるのやめなさい! ……もう。いい加減気付いてほしいものだわ」
「秘めたる殺意に?」
「うん。今沸いたわ、殺意が」
彼女はぷんぷんと顔をしかめ、腕を組んだ。
「もういいわ。この件については覚えてなさい? ……絶対に分からせてあげるんだから。
今日ここに来たのは、あくまでも別な用事」
「用事?」
「名前を彫りに来たのよ。お父様のね」
そういうことだったのか。
「長い間待たせちゃったけど……やっと弔えるわ……」
そう言って名前を掘ろうとする彼女だが……
「あ、えっと、俺からも言いたいことがあるんだが?」
「え?」
「実は君のお父さん、たぶん死んでない」
「――はぁ?」
彼女から素っ頓狂な声が上がると同時、
「君にお
近くから叱りつけるような声がした。
「お、お父様……!? ど、どどどどういうことなの!!?」
そこに立っていたのは魔法使いのようなローブを着た二本の角を生やした老人――前魔王ギグ・ドラゴハートである。
「全て見ていたぞ、魔王ニト。そして我が娘、ラヴよ。
……何も言わず、姿を消してしまい申し訳なかった」
深々と頭を下げるギグ。
「俺の前に現れたのは、アンタの分身だったんだろ?」
「そこまで思い至るとは……」
銀髪変態勇者が追い詰めたと思っていたのも、ギグの分身だったのだろう。
「『
故にラビリエル戦でもルルに俺の分身体を追わせることでその場をしのげた。
「アンタは自分の死を偽装したがっていた」
なぜかは知らんけど。
「しかし勇者ルルはとどめを刺さずいなくなり、たまたま通りかかった俺に攻撃させて分身を解除。極めて魔族の身体に近い複製は死後の反応まで同じ。
だから誰も、アンタの死を疑わなかったんだ」
「その通りだ、魔王ニトよ」
この世界のやつらって、本当に手の込んだこと好きだよな……。
俺も人のこと言えないが。
「でも、なんでそんなことをしたのよ……?」
「ああ。話そう。いや、語らねばならない。
ワシの業の深さをそなたらには知っておいてほしい」
ギグは静かに語り始めた。
「ワシは端的に言うと、もう魔王の座を降りたかった。
死んでいく同胞たちを守り抜くこともできず、ただただ人間たちからの憎悪を受け続ける日々。
それでも人間たちを殺す決断はできなかった。
同じ痛みを相手に与えるのであれば彼らと同じだからじゃ。
――汚されようとも、魂だけは決して汚させない。
そんな魔族の誇りだけは守り抜きたかったのじゃよ。
しかしそれももう限界じゃった。
愛おしい我が同胞たちが死んでいくことも、攻勢に転ずる決断をすることも、交渉すらワシにはできなかった。
だから運命から逃れようとしたのじゃよ」
なるほど、文献にある通りの人のいい魔王だったらしい。
「かといって死ぬことはできなかった。未練があったのじゃ。
ワシに代わって誰かが新しい時代を築いてくれるとしたら……と淡い期待を持っておった。
あとはニトの言う通りじゃが、まさかこんなことになろうとは……」
俺もまさかチュートリアルで魔王に出くわしていたとはびっくりだったわ。
「でも、魔王結界はお父様が死んだら無くなるんでしょ? 確かに消えてたけど……」
「ああ、あれなあ。こいつでオンオフが切り替えられる」
ギグはリモコンのようなものを見せると、ぽちぽちと押した。
俺は遠隔視で廃墟と化した前魔王城をのぞき見る。
「……確かに現れたり消えたりしている」
仕組みが簡単すぎる!
「死ぬことを偽装するための吹聴だった、ってことね?」
「ああ。そうじゃ。すまな――」
ラヴは言葉を遮るように父親の身体を抱きしめた。
「私こそごめんなさい……。お父様の苦しみを分かろうともしなかった」
「娘よ……」
抱擁し合う二人を温かい空気が包んでいく。
「魔王ニトよ。そなたにも苦労をかけた。ワシにできることなら何でも言ってくれ」
「そうか。なら……」
そう。これは決めていたことだ。
「俺に魔王を引退させてくれ」
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