第30話 不能な魔王様

 痛みより先に、困惑が思考を襲う。

 幻影魔法? 俺が放ったのは確かに炎熱系魔法だったはず。


「ニトっ!」


 建物の壁に貼り付いた俺の身体。

 それを背にして、ラヴが。


「今の……」

「いや、嘘かもしれない」


 立ち上がり、もう一度。


落雷魔法サンダーボルト!!」


 天から降り注ぐ落雷は――


「効かないわ」


 ルルの身体をすり抜けた?


 いや、たまたま相性が悪いだけかも。もう一度!


氷山魔法アイシクルマウンテン!!」


 敵の頭上に巨大な氷塊を出現させ、落下の勢いで押しつぶす。


「?」


 氷山の落下地点に、怪訝な表情で立っているルル。

 当たっているはずなのにまるでダメージが無い。


「だから……本気でかかって来いって言ってんだよッ!!」


 逆鱗に触れられた竜のように咆哮する白銀の勇者。


「ラヴ……俺、本気でやってるつもりなんだけど」

「大丈夫。必死そうな顔を見れば分かるわ」


 とはいえ、どうしようもない。

 ラヴの表情はそんな感じ。


「ニト様、ラヴ様!」


 俺たちの前に出る、小柄な魔族の少女。


「一旦、私がひきつけます」


 そうは言うものの、リンにおとりをさせるのは……と思ったが、


「ラヴのねえちゃん! おごられっぱなしじゃ癪だぜ?」


 ギルドでできたラヴの知り合いだろうか。屈強な男たちを後ろに引き連れていた。


 *


 俺とラヴは物陰に隠れ、状況を整理することにした。

 リンとギルドの男たちには強力な補助魔法をかけてある。

 しばらくは時間を稼いでくれるだろう。


「今分かっているのは、ニトの攻撃魔法はアイツに効かないってことくらいね」

「すまん、ホント面目ない」


 ルルは俺の魔法を『幻影魔法』と言っていた。


 意図的に幻影魔法を使ったのは、魔族の拠点でアルギルドにリンの幻影を見せた時くらいなのだが……。

 俺の攻撃魔法が全て、自動的に幻影魔法になっているとでも?


 ……今は気にしている場合じゃないか。


 とりあえず、残された攻撃手段は直接攻撃。

 けれど。


「強化魔法で身体能力を上げて攻撃したところでなあ」


 体術も強くなりつつあるとはいえ、難敵に通ずるほどのものではない。


「私に関しても同じようなものよ。あのビッチ勇者、強すぎるわ」


 魔族随一の戦闘能力を誇るラヴですら、白銀の勇者ルルにまともなダメージを与えることはできていない。


「……倒すのは無理そうだな」

「ええ」


 即答。

 と、すれば他の手は。


「封印とか?」


 封印魔法か。

 言われてさっそくイメージをしてみる。


 しかし脳裏にその類の魔法は降りてこない。


「……無理っぽい」

「そっかー」


 本当に俺、何しにこの世界に来たんだろうね。

 無双もくそも無い。


 ふがいなさに打ちひしがれていると。


「あっ!」


 とラヴがひらめいた。


「もう一つあったわ、分かっていること」

「なんだ?」


「あなたが色男、ってこと」


 *


「勇者さん、こちらですよっ!」


 私、リンはニト様とラヴ様の時間を稼ぐために戦っています。


「こざかしいわねッ!」


 必死の形相で私の攻撃を振り払う勇者、ルルさん。


 大剣による一撃もさることながら、ときどき繰り出してくる魔法の威力はラヴ様と同じかそれ以上のようです。


 ……かすっただけでも致命傷かもしれません。


 ですが!


「勇者のねえちゃん、色男ならこっちにもいるぞ!」


 今の私にはラヴ様がギルドで仲良くなった皆さんがついています。

 ニト様の魔法で強化された私たちなら、持ちこたえられそうです!


「くッ、邪魔よ……人の恋路を邪魔するなんて、愚かな人たちね」

 

 綺麗な顔をしかめるルルさん。

 ある人は魔法で、ある人は剣で。

 入れ替わり立ち代わり彼女へ攻撃をしかけていきます。


「食らえ!」


 ギルドの方の剣が、ルルさんの首元に迫ります。


「かわした、だとッ!?」


 ぎりぎりのところでかわされてしまいました。

 彼が切ったのは月明かりを反射する少しの銀髪だけ。


「今だ!」

「おう!」


 それでも隙を作るのには成功しました。

 みんなでたたみかけるように攻め入ります!

 

 もしかしたら、私たちだけで倒せちゃうかも!?


「羽虫どもが……いくら集まっても羽虫は羽虫!!

 邪魔するなああああッ!!」


「おわああッ!?」「きゃあッ!」


 ルルさんは何事か叫ぶと、周りに群がる私たちを圧倒的なオーラで吹き飛ばしてしまいました。


「アナタを殺せば彼に会えるのかしら……?」

「ぐっ……」


 尻もちをつきながら後ずさる私の目の前に、大剣を携えたルルさんが迫ります。


 ニト様、ラヴ様。

 申し訳ありません。

 私めはここまでのようです……。


「……!」


 死を覚悟したその時、目の前に見慣れた線の細い背中が。


「やっと会いに来てくれたわね、魔王様♡」


 小さけれども頼りがいのある、ニト様の背中でした。

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