第24話 白銀の魔王像作家
斜陽が差し込む部屋の中、ラヴの
「ニ、ニト……」
人間の姿のままで彼女は言う。クエスト帰りだからか少し衣服が汚れている。
「最近、私にそっくりの彫像を町中で見るようになったけど……あなたの仕業?」
そして、その肩はわなわなと震えていた。
「あ、ああ」
ここまで来て言い逃れはできまい。
「トニーという偽名で、彫像を売っている。……その、お前がモデルの」
言い
「あ、あなたって……」
最低。
そうだ、きっとそう言われてしまう。
だってこんなの、本人からすれば身体をさらけ出して売り物にしているのと同じだ。
「……すごい。私のこと、よく見てるのね!」
「え?」
散々罵倒されるかと思いきや、ラヴの口から飛び出したのは思いがけない称賛だった。
「ねえ。その人形、もっとよく見せて?」
「あ、ああ」
彼女そっくりの
「わあ、自立するの? ……しかもあんなところやこんなところまで、完全再現されているわ……!」
ラヴは感嘆の声を漏らしながら、自身を模したそれの全身を、隅から隅までくまなく、舐めまわすように観察した。
作者である俺は図工の授業で作った作品を、親に見られている時のような羞恥心を覚えた。どういうプレイだコレ。
しばらくして鑑賞をひと段落させると、ラヴはどぎまぎした様子で椅子に座る俺に向き直った。
「んふふ。なんか……嬉しい」
ラヴが今までに見せたことの無い嬉しそうな表情をしている。
マジでどういう感情?
「でも、人形の私と、その……しようとしてたように見えたのだけれど?」
そう言って、自らの身体を隠すように抱きかかえる彼女。
さんざん全裸で交尾交尾と言っておきながら、なんで今更そんな恥ずかしそうなの!?
いや、でも、何て答えよう……。
少しの間考えて、それから。
「俺、したことないから。だから……君を抱くようなことがあれば、ちゃんと気持ち良くなってもらえるように練習しようと……」
結局うまい言い訳も思いつかず、本心を告げることにした。
そして、俺の言葉を聞いた彼女の顔は――
「!?」
口元を手で押さえ、真っ赤になっている!?
しかも、なんか泣きそうだし……。
これではまるで、恥じらう乙女のよう。
「……わ、私、今日はリンの部屋で寝るわ」
そう言い残して、バタバタと部屋を出ていった。
さっきまでの言葉は俺に気をつかってのものだったのかもしれない。内心はやはり気持ち悪いと思っていたのだろう……少しショックだ。
*
ラヴに作品を見られたその翌日、今日の営業を終えた帰り道にて。
「ありがとうごぜえやす、旦那様」
十万ベルを渡し、予約していた魔王像を商人から受け取った。
今朝はラヴと顔を合わせていない。
リンの部屋から直接ギルドへ向かったらしい。
これを渡したら機嫌を直してもらえるかなあ……。
なんて考えながら魔王像を眺めていると。
「いやっ! 放してください!」
付近の路地から悲鳴。
駆け足で向かうと、ワンピース姿の女性が男二人に羽交い絞めにされていた。
「姉ちゃん、俺たちとイイことしようぜ?」
「そうだ。俺たちならすっごく気持ち良くさせてあげられるよ? 昔の男のことなんて忘れられるくらいに」
ガタイのイイ男二人は、いかにも荒くれものといった感じ。
「アイツら、勇者くずれだ」
「廃業して道を踏み外したんだな……」
周囲の人々は男たちと女性を見ているが、手を出せずにいる様子。
その中で一人の青年が声を上げた。
「おい、その人を放せ!」
青年はかかんに立ち向かったが、勇者くずれの男のひとりにボコボコにされた。
その光景に周囲が静まり返る。
「俺たちに近づくんじゃねえよ。ほら、散った散った」
はあ。まったくけしからん輩はどこの世にもいるもんだ。
俺はさっそうと男たちの前に躍り出た。
「なんだよおめえ?」
「通りすがりの魔――」
魔王様だ、と言おうとして黙る。
いけねえ、魔族アンチが大勢いる人間の街中でそんな自己紹介をするわけにはいかない!
「魔族像作家のトニーだ」
「トニー? ああ、あの
舐めた態度で俺にツバを吐く勇者くずれその1。
「トニーの兄ちゃん、やめとけ!」
「アンタじゃそいつらにかなわねぇ!」
通りの商人仲間から安否を気遣う声が飛ぶ。
「おら、兄ちゃん。心配されてるぜ? 悪いこた言わねえから今の内にごほッ!?」
セリフの途中に失礼だが、勇者くずれその1のみぞおちに右ストレートを叩き込んだ。
言うまでも無く強化魔法は発動済み。
近頃、だいぶ無詠唱もできるようになったのでね。
「がはッ、あッ……」
さらにダメ押しに『しびれ竜の短剣』で斬りつけておく。
「安心しろ、数時間動けないだけだ」
うずくまる勇者くずれその1からワンピースの女性を引き剥がした。
「こいつ、ふざけやがって……!
それを見た勇者くずれその2が、腰から長剣を引き抜き、炎をまとわせて斬りかかってきた。
俺は女性を周囲の観衆に預け、強化魔法で底上げしたスピードでひょいひょいと斬撃をかわす。
大振りで無駄が多い。アルギルドやラヴと比べれば屁でもないな。
「くそ、ちょこまかと! 攻撃して来……いよ……?」
「したが?」
あまりにも隙が多いものだから、調子に乗って3回は斬りつけてしまった。
徐々に動けなくなり、その場に倒れ込む勇者くずれその2。
「おおお!」
「意外とやるじゃねえか、トニーの兄ちゃん!」
観衆から拍手と歓声が上がる。
「お巡りさん、こちらです!」
いいタイミングで、綺麗な赤髪の少女――って、よく見ればリンだ――が兵隊さんを連れてきた。
「治安維持のご協力、感謝いたします」
甲冑姿の兵隊は俺に一礼し、勇者くずれを連行していった。
それにしたがって、潮が引いていくように観衆も散っていく。
「あの……ありがとうございました」
その場に残ったワンピース姿の女性は深々と頭を下げた。
「いえ、たまたま通りがかっただけですから……」
控えめに返しながら、改めて彼女に着目する。
白銀に輝く三つ編みのロングヘア―。青銀に澄んだ、ミステリアスかつどこか儚げな瞳。
シャープな顔の輪郭は大人っぽさを醸し出している。
スリムでありながらも出る所はしっかりと出ている体つきは、ジャストサイズのワンピースによってその魅力がこれでもかと助長されている。
「? どうかなさいました?」
「ああ、いえ」
いかん、あまりの美しさに見とれてしまった。
「お怪我は?」
「大丈夫です。傷ひとつありません」
「それは良かった」
これで魔族のイメージが上がったらもっと良かったのだが、正体をさらす訳には行かな――
「あら? それは……」
と、女性は俺の傍らに置いた手提げかばんを見てたずねてきた。
先ほど商人から受け取った魔王像がちらっと顔を出している。
「贈り物として購入したのです」
「それは嬉しい! 実は、私がその像の作家のクサバールといいます」
なんと! これは思わぬ収穫だ。
「あなたがクサバ―ルさんでしたか。私はトニーといいます」
「トニーさん? 巷でウワサの魔族像の!?」
クサバールは顔をぱあっと明るくして言った。
*
その後、クサバ―ルと少しだけ話をして帰路につく。
「この収穫はでかい……!」
彼女は最近、大好きな人と会えなくなってしまったのだという。
そこからより一層、魔王像づくりに精を出すようになったらしい。
『もしよければ、もっとお話しませんか? ……今晩とか』
話は弾み、もっと色々な話をしたいとクサバ―ルは誘ってきた。
「この機会を逃す訳にはいかねえよな」
俺は宿と部屋の番号を教え、彼女と今晩会う約束をした。
魔王像をあれだけ細かく作れるということは、前魔王についても何か知っていると踏んでいいだろう。
もし俺たちが正体を明かすことができるのならば。
彼女が理解ある人間だったならば。
今後、俺たちにとって貴重な協力者になってくれるかもしれない……!
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