第23話 裸の彼女と美少女フィギュア

 十日後。


「では行ってくるわ。いってらっしゃいの種付けはいいの?」

「しねえよ……」


 ちなみにお帰りなさいの種付けもしない。


「冗談よ。それじゃ」


 ラヴは軽口を叩くと部屋の扉を開け、ギルドへと向かう。

 彼女を見送るのはここ数日の朝のルーティンである。


「は~っ」


 とため息をついて、ベッドへと倒れ込む。ひとりになった安心感からまぶたが重い。

 ここに来てから毎晩、彼女は俺と同じベッドで寝ている。


 それも、全裸で!


 目的はもちろん俺の子種なのだが……子種だけなのが問題だ。


 いや、正直抱きたいよ?

 毎晩興奮してギンギンだよ?


 でもね、身体だけの関係は嫌なんだ。初めてだしね?


 ……あいつラヴはもはや、身体すら求めてないんだけどな。


 でもちょっとくらい良いのでは?

 ちょっと胸をもませてもらったり、お尻触らせてもらうくらいなら……


「って、いかんいかん」


 叡智えいちな想像でが元気になりかけたところで思考を打ち切る。


 一日の体力を朝から消耗するわけにはいかないのだ。



「まあ、なんと美しい……! これ、ひとつください!」

「はい、毎度あり~」


 にぎわう通りの中で、俺の店はひときわ繁盛している。


「トニーの兄ちゃん、今日もすげ~な」

「今日の分、もう売り切れてるじゃねえか!」


 トニーとは、俺の偽名だ。ニトをほぼひっくり返しただけの。


「いやあ、皆さんのおかげですよ」


 通りの商売人の方々に相談したところ、気前よく空きスペースを使わせてくれた。

 本当におかげさまで、びっくりするくらい上手くいっている。


 本日も日の高いうちに、既に完売。

 午前中で店じまいにし、宿屋に戻って明日の分の制作をしよう――


「トニー様~」


 と、撤収作業をしていたらリンが駆け寄ってきた。


「おう、お疲れ」


「広場から見ておりましたよ。今日も大繁盛でございましたね」


「ありがとう。そういうリンも、ここまで綺麗な声が届いたよ」


「え、えへへ。ありがとうございます」


 リンは歌で、街の人々を楽しませている。

 その歌声は見事なもので、『赤髪の歌姫』とウワサになっているほどだ。


「それにしても、トニー様とお呼びするのは、相変わらず慣れません……」


「すまんな」


 ラヴに俺の活動がバレないよう、外で会うときは偽名で呼んでもらうように頼んでいる。

 魔王であるという身バレ防止のためでもあるが。


 ちなみに彼女らの名前は人間側には広まっていないらしいのでそのまま。


「ラヴ様なら、別に嫌がったりはしないと思いますが」

「そうかあ?」

「はい。逆に喜びそうですらあります」


 そうだろうか。気持ち悪いと引かれてしまいそうな気もするが……。


 *


 リンと別れて宿に戻る。

 さて、今から何をするのか、俺が何を飯のタネにしているか、という話だが。


 彫像フィギュア作りである。

 それも、魔族の。

 もっと詳細に言うと、見目麗しい豪然たる魔王令嬢――ラヴの彫像フィギュアだ。


 初日に前魔王の彫像フィギュアを見た時に思いついた。


 十万ベルという高値だったが、あっと言う間に売れていったという商人の話が本当なら、真似してしまえばいい。


 しかし、同じように前魔王の彫像フィギュアを作って売れるだろうか?

 答えは否。


 一度、前魔王本人を見ただけの俺に、あれだけのクオリティが再現できるわけでもなければ、同じように出品したところで売れる可能性は低い。


 ならば、と、趣向を凝らした。


 みんな大好き美少女フィギュアなら、俺にも勝機がある!

 しかも、モデルなら毎日のように同じ部屋にいる。


 そしてはからずも、毎晩そのモデルと密着して寝ていることが、創作意欲につながっているのも否定できなかったりする……。


 ここに来た次の日からさっそく、土魔法と、ラヴの身体をじろじろと盗み見てきたことで養われた審美眼を頼りに、彫像フィギュアを量産。


 そして出来上がったそれを、松竹梅――通常version、戦闘時version、裸version――のクオリティで価格差を付けて販売したところ、大成功。

 飛ぶように売れる毎日だ。


 くくく。これで当分の宿代も、予約した前魔王の彫像フィギュアのお金も、余裕でペイ出来ちゃうぜ。


 しかし! ここで現状に甘んじてはビジネス界で生き残ることはできない。


 もっと、クオリティの高いものを。もっとリアルなものを……!

 

 *


 気付けば、窓から斜陽が差し込んでいた。


「これは……やべえ」


 時間を忘れて創作に没頭し、生み出した芸術作品に感嘆を漏らす。

 ラヴの実寸大彫像フィギュア

 それも、魔力によって自在に操れるのだ。


 彫像というよりも、人形ゴーレムである。


「とんでもねえモノを作り出してしまった」


 まで忠実に再現している上に、質感や色、可動域もほぼほぼ生身同等。


 コレ、もはや錬金術の域だわ。


「……ごくり」


 人体錬成という禁忌に触れてしまった俺は生唾を飲み込む。


 売り物にするはずだったが、あまりのクオリティに作者本人が欲しくなる。

 こ、こいつですれば、俺も自信を持ってラヴを抱ける……?


 い、いやいや! 俺がラヴを抱かないのは、本当にになってからそういうことはするべきだという理性の上での判断であって!


 抱けるなら今すぐにでも抱きたいというのは、あくまでも本能であって!


 ――だったら、になった時のために、今のうちに練習しておくべきでは?


「……!」


 悪魔とも天使ともとれる声が脳内に響いた。

 そうだ、その時が来た時に、相手を満足させられないようじゃダメじゃないか!


「よ、よし……」


 意を決して椅子に座り、ラヴの人形ゴーレムを魔力で操って、俺にまたがらせる。


 そして彼女の腰を両腕で支え、彼女の腕は俺の背中に回させる。


 とろん、とうっとりした表情を浮かべる、少しあどけなさの残る顔の、艶やかなくちびるを見つめ――


 がちゃ


「!」


 突然、聞こえてきた扉の開閉音。

 はっとして玄関を見つめる。


「ニト、ただい――ま……」


 そこには目を大きく見開き、呆然と立ち尽くすご本人様ラヴの姿があった。

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