第38話 大きくなったのお

 ネネが杖をかざし、何事かを唱える。

 途端、周囲の壁や道具、立っていた兵士たちが粒子となりばらばらと宙に舞う。


 俺たちが元の図書館長室だと思っていたのは、異空間魔法と高度な幻術魔法との組み合わせで作られたニセモノだったのだ。


 


「じいちゃん!」


 そして、『破幻の杖』による効果で彼女の祖父――図書館長の身体も今まさに消えようとしている。


「ネネ、大きくなったのお」

「じいちゃん! なんでっ、なんでっすか!?」


 俺たちを覆っていたホンモノそっくりの図書館長室の景色が崩壊し、元の図書館長室に戻っていく中で。


 孫と祖父は最後の別れを交わそうとしていた。


「さっき言うたじゃろ、”ネネが一人前になるまで死んでも守り抜くと誓った”と」

「それって……」


「ワシはとっくのとうに死んでおるのじゃよ」


 察するに地縛魔法だろう。

 ある条件がクリアされるまで、その地に魂を縛る魔法だ。


「なんでそこまでして!!」


「お前が大事だったから……それだけじゃ」


 消えゆく館長の目が優しいまなざしで孫を見つめる。


「娘と娘婿を火事で失った直後じゃった。ワシの身体はその時すでに寿命を迎えようとしていたんじゃよ。

 しかし黄泉へ向かおうとする二人の魂はワシに言ったのじゃ。『ネネが一人前になるまで守ってほしい』と。

 承諾したワシは死の直前に地縛魔法を使った」


 死に際にそんなことができるとは……。

 タレスはやはりかなりの魔法使いだったらしい。


「それからというもの、高度な幻術で生み出した肉体をガワとし、さもピンピンで生きているように見せかけていたというわけじゃな」


「老体のくせにやたら元気そうだったのはそのせいだったんすね……」


「ふはは。その地には縛られても肉体の縛りからは解放されたのじゃよ」


 言い得て妙である。


「じゃがもうワシの役目も終わりじゃ」

「……」


 ネネはもう、タレスが何を言おうとしているのかを分かっている。


「ネネ……お前はもう、一人前じゃ」


 真実を知り、広めたいという自分の意思を貫くこと。

 すなわちそれが一人前の条件だったのだろう。


「ネネ。お前は本当に良く育ってくれた。今のお前は揺らぐことなく真実を探求し続けられるはずじゃよ」


 半透明になったタレスの手がネネの頭をなでる。


「じいちゃん……」


「思えば小さい頃からよく図書館に遊びに来てくれたな。たくさんの本を膝の上で読み聞かせた日々は大切な思い出じゃ。

 いつしか自分一人で調べごとをするようになった時は少しだけ寂しくなったが――」


 ネネは涙ぐみながらも祖父の最期の言葉を聞き逃すまいと必死にこらえている。


「同時にたくましく育ってくれたことを嬉しく思ったものじゃ」


「うう……っ。じいちゃん……」


 我慢しきれないらしく、ネネの目から大粒の涙がこぼれ、その肩はひくひくと震えている。


「じいちゃん!! ありがとう……でもっ……寂しいよ!!」


 ネネの腕が、ほとんど透明になった祖父の身体を優しく抱きしめる。


「大丈夫じゃ、ネネ。ずっとお前の両親と見守っておる」

「……うん」

「ああ、それから――」


 タレスの目がこちらに向く。


「新しい魔王よ。この子はきっと、おぬしらを助けてくれるじゃろう。あの世から皆が協力して新しい世界を作っていく様を見せてくれ」


「……分かった」


「では、さらばじゃ」


 言うやタレスはネネの身体を抱きしめる。


「ずっと――」


 ――愛しておるぞ。


 最期の言葉とともにその身体は霧散し、少女はその場で泣き崩れた。


「……ラヴ」

「ん?」


 泣き続けるネネを見つめる俺は。


「新しい世界を作ろう。絶対に」


 自分の中にふつふつと熱いものが込み上げてくるのを感じた。


「みんなで手を取り合って、これまでに誰も見たことも感じたことも無いくらい……楽しくて愉快な世界を作ろう


 ネネの両親が、そしてタレスが。

 さらに言えば前魔王ギグ・ドラゴハートや、死んでいった魔族が守ってきた意志を無駄にしたくない。


「みんなにそんな世界を見せてやろう」

「……うん」


 ラヴは身体を寄せ、俺の手をとり強く握る。


「私も、そんな世界が見たい。

 そんな世界に――連れて行ってね? ニト」

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