第37話 頑固ジジイ

 ぼやけた視界が徐々にクリアになっていく。

 どうやら元いた場所らしいが、目の前には図書館長タレスと――


「は……!?」


 見覚えのある鎧姿の兵士たち。

 どう見ても王国騎士団だ。


「……どういうことっすか、じいちゃん」

「ネネよ。悪いが禁書庫のカギは渡せん」


 タレスは杖を手に構える。


「嫌われようともお前を守る。とお前の両親に誓ったからな」


「私だって……世界に真実を届けるって誓ったっす!」


「命あってこそのことじゃろうが!! おとなしくそ奴らの身を引き渡せ!!」


 図書館長タレスは激しい剣幕で言い立てると、俺たちへ向けて魔法を放ってきた。

 閃光のような雷撃魔法を紙一重でかわす。


「うおっ!?」


 ――かと思えば兵士が斬りかかってきた。

 連携か? やけに息ピッタリじゃねえか。


「中立をうたう賢者の図書館ライブラリー・オブ・ワイズの長ともあろう者が、こんな人たちの立ち入りを許可するなんて最低っすね……!」


「ふん。中立など知ったものか。ワシはお前を守れればそれでよい」

「私はそれじゃよくないっす! 余計なお世話っすよ」

「こないだまでオムツしてた子どもがよく言うわい」

「はあ!? オムツなんて何十年前に卒業したか覚えてもいないっすね!!」


 高度な魔法を連発しながらも孫と口げんかする館長。

 いや、むしろ孫との会話の方がメインか。

 ながら魔法でこんなの出せるとか、どんだけ強いんだよあのじいさん。


「ニト、とりあえず切り抜けるわよ」

「ああ」


 魔法に気を取られていると兵士たちが攻撃してきた。

 強化魔法を身にまとい、それをいなした――


「がはあッ!?」


 つもりが、まともに食らい勢いよく吹き飛ばされる俺。

 そういえばラビリエルの戦いで俺の複製に力の大半を持っていかれてそのままだったわ……。


「ニト、大丈夫でしょ?」

「え? ああ、まあ……」


「あなたが吹き飛ばされるのはもう見飽きた」と言わんばかりの反応だ。

 分かる。俺も自分が弱すぎて涙が出そう。


「でも、本当に大して痛くもなさそうね?」

「そういえばそーだな」


 なんつーか当たった時の感触がやたらと軽かったような……?


「こいつら思ったより強くなかったりして、なあッ!」


 襲ってきた敵の攻撃をかわし、胴体へ蹴りを入れる。

 、相手はよろめき尻もちをついた。


「……ん?」


 なんだ、今のタイムラグ。

 攻撃が当たってから相手がよろめくまでに不自然な間があったぞ?


 まるで格闘ゲームで動作が重くなった時みたいな。


「ニト!」

「!」


 ラヴの声でとっさに防御魔法を展開。

 不意を突くように放たれた館長の魔法を寸前で防いだ。

 同時に感じたのは――違和感。


防御魔法バリアがまったく削れていない」


 周りや敵の様子を見て、いろいろとおかしいことに気付く。

 ラグのある敵の動作。

 軽すぎる攻撃。


 極めつきはこの空間の不自然さだ。

 なんというか、まるで偽物のような。


 空間だけでなく、前方に立つタレスにも同様にを感じる。


「!」


 ……そういうこと……なのか。


 こりゃあ確かに性格が悪いし、何より趣味が悪い。

 俺にできることはあの子に託すことくらいだろう。


「ネネ! 聞け!」


 後方に居るベレー帽の少女へ叫ぶ。


「君の覚悟次第だ!! たとえ、君は真実を受け入れられるか!?」


「? それってどういう……」


「幻影を見抜ける魔道具あっただろ!?」


「ああ、『真眼の双眼鏡』っすね」


 言うや彼女はそれを取り出し、双眼鏡越しに辺りを見回す。


 彼女の視線が兵士、部屋、そして祖父へと移っていく。


「噓っ……そんなことって……」


 ネネの表情が青ざめる。

 彼女が目にした現実は辛すぎるものだったことだろう。


 だが俺は信じている。


 彼女が欲しいのは真実だ。

 それがたとえ、暴くことで自らが苦しむようなことだとしても。


「……ニトさん、ありがとうっす。そして、」


 深緑の瞳に涙を滲ませて。


「さようなら、じいちゃん」


 魔道具『破幻の杖』を天に掲げた。

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