第47話 玉座の間

 扉を開き、通路を抜け、更にその先の扉を開くと――


「くそ、また通路かよ!」


 いくら扉をくぐっても通路ばかりが続く。玉座までは遠いらしい。


「さっさと姿を見せやがれってんだ、イカれ国王め」


 そのイカれ国王とはどんなやつなのか?

 気になって事前に賢者の図書館ライブラリー・オブ・ワイズでも調べたし、ラビリエルのみんなにも聞いた。


 めちゃくちゃ強いとか。

 実はめちゃくちゃ弱いとか。

 冷酷非道だとか。

 すごく優しいとか。


 ……見事にばらばらの評判である。


 真実らしきことはネネが知っていて、曰く、


『自分と同格の強さだったと、前魔王ギグさんは言ってたっすよ』


 とのこと。


「前魔王の実力なんて知らんけどな」


 この世界に来た始まりの日。


 なぜか俺の魔法(当たり判定の生じない幻影魔法)を食らったフリをして自ら灰になった前魔王。


 なぜそんな茶番を演じたのかは分からないが。


「前魔王はルルとわたり合い、ラヴよりも強かったんだよな……だとすれば」


 歩きついた先、豪奢な扉の前で足を止める。

 恐らくこの先が玉座の間だろう。


 この向こうにルルとわたり合い、ラヴよりも強い前魔王と同格のやつがいる。


「ごくり……」


 意を決して扉を開く。


「うわ、広過ぎるだろここ」


 視界に広がったのは広大な空間。

 部屋の最奥には玉座。

 そこに座るのは――


「そなたが新しき魔王か」


 純白の豪奢な鎧に身を包む、白髪の老人。

 その風貌は王というよりも歴戦の勇者のイメージに近いと思う。


「一人で来るとは。舐められたものだ」


 言葉と共にすさまじいプレッシャーがかかる。

 物理的に攻撃されているかと間違うほどの。


「てめえが王様で間違いなさそうだな?」


 冷や汗を垂らしつつ、負けじと威勢を張る。


「ふん」王はゆっくりと立ち上がる。「分かるだろう? 我は強い」


「ああ、分かるよ」対して歩み寄る俺。「だけど、それが何だ?」


「……」


「……」

 

 俺たちはある程度の距離まで詰め寄ると無言でにらみ合った。

 しばらくの沈黙の後、先に動いたのは。


「魔王よ」


 白ひげを蓄えた王の口だった。


「少し話をしよう。人間と魔族、全人類のための話を」


 ……なるほど、交渉ね。

 

「その前に確認させてもらおう」


「なんだ、なんなりと言え」


 まるで下々の者の意見を聞くのは義務だと言わんばかりの態度である。

 気に食わねえ。


「かつてこの国は、紛争と内戦にまみれた救いようのない国だったんだろ?

 この地に魔族が訪れるまでは」


 今から語るのは、ネネから知り得たこの国の真実。


「魔族は大昔、もともと別の大陸に住んでいた。

 あるとき大災害に見舞われ、その大陸から豊富な資源が失われてしまった。


 死の大地と化した大陸では暮らすのも難しい。


 四百年前の当時の魔王……前魔王、ギグ・ドラゴハートは決断し、この国に魔族みんなで移住することにした。


 お前らの先祖は魔族を受け入れ、この国に住むことを許した。

 ちゃんと


 魔族は友好的な種族だが、外見は二本の角に両翼、そのうえ屈強な身体をしている。

 おびえる人間も少なからずいた。


 王族はそれを利用して、紛争の続くこの国の現状を変えられないかと考えた。


 そうして生み出されたのが『魔王特需』。


 王国側は魔族は敵であると吹聴し、魔族に対してのネガティブなイメージを植え付た。時には国民を殺めて魔族の仕業を装ってまで……。


 一丸にならなければ勝てない存在を前に、国民たちは一致団結。


 紛争も無くなり、魔族対策のために経済はガンガン回り始めて超平和になりましたとさ、めでたしめでたし……」


 俺の話を王は終始穏やかな表情で聞いていた。


「良く知っているのだな。全てその通り。嘘偽りのない真実だ」


 こいつ……あっけなく認めやがった。


「だが、そうするしかないのだ。人間は何かを敵にしなければ衰退する。

 貴様も見たであろう? 勇者くずれの者どもによる悪行を」


 王の諦観めいた発言に、ラビリエルでちらほら目にしたごろつきどもを思い出す。


「我ら王族は魔族が来る幾百年も前から自国内での問題に悩まされていた。

 法の制定、経済政策、他国との貿易……。

 平和的な解決をいくら試みたところで徒労に終わった。

 最後に待っていたのはいつも、利益を争っての争いだったのだ」


 淡々と王は続ける。


「それが、魔族が現れてからというものどうだ? 内戦らしきことはひとつも起こっていない。まさに我らにとっての救世主だ」


 そこで初めて王の顔に表情らしきものが。

 浮かんだのはニヒルな笑顔。


「敵を……目標を見失えばすぐにまた元通りになる。今は停滞だけで済んでいるが、やがて国民は再び争い始めるだろう。


 人間は、”敵と同じことはしない”と考えておとなしくしてくれる魔族よりも、よっぽど愚かしい……それでも、我らにとって守るべき民なのだ」


 死んだ目で王は語る。


「どうだ、魔王ニト。我らでもう一度手を組もう。今からでも人間の敵であると宣言すれば遅くない。世界の半分、いや、三分の一、四分の一くらいは魔族にくれてやってもいい」


「少ねえだろ! つーか、関係ないね。与えられた自由なんかに価値なんかねえんだよ」


「そうか、残念だ……」


 王からほとばしる覇気が、部屋の空気を一段と重くする。

 ステンドグラスがひび割れて辺りに散乱した。


「では、大義のために尊い犠牲となれ。魔王ニト」

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