第36話 試練
「じいちゃんめ、異空間魔法なんて卑怯っす……」
異空間魔法。
どうやらこれは図書館長が作り出した異空間らしい。
魔法でこんなこともできてしまうのか……。
「感心してる場合じゃないわよ」
「あ、ああ」
俺たち三人の前には巨大な扉。
「この向こうに試練が待ち受けている……と、いうことかしら?」
「そういうことみたいっす」
「どんな試練なんだ?」
問うとネネは神妙な面持ち。
「予想もつかないっすけど、じいちゃんのことだから、性格の悪い試練だと思うっす」
性格の悪い試練……?
とりあえず困難なことには違いなさそうだ。
「巻き込んでしまって申し訳ないっす……」
眉を八の字にして心苦しそうなネネの肩を叩く。
「いまさら申し訳ないも何もねえよ」
「ニトさん……」
次いでラヴも。
「これくらいきっと大丈夫よ」
「ラヴ姉さま……!」
ネネは優しい言葉に感極まったのか、ラヴに抱きついた。
「よしよし」
「姉さまっ……!」
うむ。
美少女同士が身体を寄せ合っている様子にはグッと来るものがありますなあ。
「貴重な情報だから簡単には明かせないってことなんでしょ」
ネネの頭をなでながらラヴが語る。
禁書庫というくらいだからそうなんだろうな。
「まあでも、私たちなら大丈夫。ド変態勇者を追い払うよりかは簡単なはずよ!」
「姉さまっ……一生ついていくっす……!」
どうやらウチのお姫様に可愛い妹分が一人増えたらしい。
*
扉を開けたその先には。
冷たい壁に囲まれた部屋、明るく照らす松明と、それから。
「看板、か?」
部屋の中央にひとつの看板。
「なになに? ラヴ・ドラゴハートのスリーサイズを答えよ。さすれば新たなる扉が開かれん……ですって?」
読み上げたラヴ姉さんが驚く。
「ほら、やっぱり性格が悪いっす……」
わざと数人で挑ませたのはこのためか。
誰かに恥ずかしい情報を晒すことで苦しめる。
性格が悪いというか、悪趣味だな……。
「ふん! B89・W57・H87よ!!」
しかしそこは我らが豪然たる魔王令嬢。こういうところで恥じらいを覚えるような乙女心は持ち合わせていない! ……それがちょっと残念なところでもあるけれど。
「さすがラヴ姉さま!」
しかし扉は開かず――
ブッブー!
と、不正解を示すような効果音が鳴る。
「なんですって!? こないだ測ったから間違いないはずなのに……」
困惑するラヴ。
まあ、確かに不正解ではあるんだよなあ。
正確なサイズは、
「B90・W59・H89、だ」
堂々と答えると――
ピンポンピンポン!
ちゃんと正解だったらしい。
効果音と同時に、看板の向こう側にある扉が開いた。
「なっ……!?」
俺が言い当てたことに対してか、豪然たる魔王令嬢はその威厳を崩す。
「なんでそこまで知ってるのよ!?」
「リアルな
腹部に拳が入った。
「……ばか」
腹を押さえて見上げると、赤らめた顔のラヴが目に映る。
そこは恥ずかしがるのかよ。女の子ってやっぱ分かんねえ。
「ふむ、変態、と」
「そこ、メモるな」
傍らで記者の仕事を全うしようとする少女を優しく注意する。
試練の間も自らの姿勢を貫こうとするのは感心だが、このままでは新しい魔王が身近な女性の身体のサイズを随時把握しているド変態という情報が広まってしまうからな。
……真実ではあるが。
*
その後、次々と出題される『恥ずかしい出題』に対し、なんだかんだで回答していく俺たち。
――ネネ・キュリオスがおむつを卒業した年齢は?
「そ、そんなもの、3歳で卒業したっす!」
ブッブー!
「4歳?」
ブー!
「……5歳?」
ブブー!!
「う、うう……8歳!」
ピンポンピンポン!
「大丈夫よネネ。誰にでも個人差というものはあるわ」
「うう、姉さまー!!」
――ニト・ドラゴハートの初めてのキスはいつ?
「まだしてねえよ」
ブッブー!
「昨日かしら?」
ピンポンピンポン!
――ラヴ・ドラゴハートの初めてのキスはいつ?
「まだしてないわ」
ブッブー!
「昨日だろ?」
ピンポンピンポン!
途端、図書館長タレスの声が降ってくる。
「この試練では言葉による嘘は不正解となる。
初の
「クソジジイめ! にしても二人そろって昨日が初めてなんすね……って、なんで顔赤いんすか?」
羞恥に苛まれながらも扉を通過していく。
*
やがて数十問の恥ずかしい問いに答え続け辿り着いた場所。
「はあ……ここで最後っすか」
これまでと違う、どこか高級感が感じられるような豪華な部屋だ。
「私っすね」
看板を覗き込んだネネ。
書かれていた出題は。
――ネネよ。大事な人を自分の行いがきっかけで失くした。それでもお前は前へ進むのか?
「……」
ネネは無言で、胸にかけたペンダントを開く。
やはりそうか。
察するに、彼女が記事を書いたことで家が焼かれたとき、両親を失ってしまったのだろう。
「……私は」
口を開きかけた彼女の手が震える。
意志を固めようと、必死に。
「……」
何かを言おうとしているが、綴られるのは、沈黙。
「ネネ」
前に立つ彼女へ、気付けば声をかけていた。
「悪いのは君が真実を書いたことじゃない。虚偽の繁栄を許し、甘い汁をすする王国側だ。不当な支配に苦しめられる世界なんて、俺と一緒にぶっ壊してやろう」
すると少女の両手から、その震えがぴたりとやんだ。
「ありがとうっす、ニトさん」
少女は顔を上げ前方を見据える。
「私は……それでも前に進むっす」
涙を浮かべながらも、その横顔は誇らしく。
「そうしなきゃ、大切な人が愛してくれた私じゃなくなるから……」
そして扉は開かれる。まばゆい光を放って――
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