第35話 交渉
深緑の瞳の少女――ネネの言葉には力がこもっていた。
彼女が俺たちに取材を持ちかけたのは、あくまでも真実を伝えたいから。
そういった意志がひしひしと伝わってきた。
「少し、あなたのことを聞かせて欲しいの」
真剣な面持ちでラヴが問う。
「昔、あなたが記事を書いたことで家が焼かれたのでしょう? 真実を書けば、あなたはまた危険にさらされるのではないかしら?」
ネネの身を案じるように、深紅の瞳が優しく光る。
まだ一抹の疑いを残しているような瞳が。
「大丈夫っす」
不安を払拭するようにネネが笑う。
「この図書館に居れば安全っす。ここに入れるのは許可が降りた人だけっすから」
それから、「内部からの裏切りが無い限りは」と付け加えた。
「あとは――大切な人に言われたことがあって」
彼女は首から下げたチェーンを引き寄せ、胸元からペンダントを取り出す。
「楽しそうに調べごとをするあなたが好き、って言ってくれたんすよ」
言いながら開閉式になっているペンダントの中身を開く。
そこには幼いネネと両親らしき男女の写真が。
両親から言われた言葉が、彼女の原動力ということか……。
「……私の話はさておき」
しんみりとした空気をぴしゃり! と変えるようにペンダントを閉じた少女。
「ご検討いただけるっすか?」
「……」
なるほど、彼女に敵意はなさそうだ。
魔族のフェイクニュースを流して国民のヘイトを煽る気も無いだろう。
あとは俺たちにどんなメリットがあるかということだ。
記事が出回れば、魔族が人間に敵意が無いことを広く知らしめることができる。
インタビューを受ける対価としてこの国の黎明期について知ることも。
「ラヴ」
「うん」
隣にいる彼女に視線を送ると、こくりとうなずかれた。
……考えていることは同じらしい。
「受けよう。ぜひ俺たち魔族の本来の姿を知って欲しい」
「!? マジっすか~!!」
やった~! と立ち上がって喜ぶネネ。
「これで、世界はもっと良い方向に向かうはずっす……!」
世界。
そうか、もしかすると、この子と俺の考えていることは近しいのかもしれない。
「条件はあるんすよね?」
「ああ」
情報と、あとは武器が欲しい。
「創世の賢者と魔王特需の真実について。それから、先ほど見せてくれた魔道具が欲しいなあ……」
「魔道具ならいくらでも渡せるっす。情報に関しては禁書庫にあるっすから、じいちゃんからカギを貰うっす!」
*
「な、なんで~!?」
厳かな部屋――図書館長の部屋に驚きと落胆の声が響く。
「ダメなもんはダメじゃ。どうせまたロクでもない記事でも書くんじゃろ」
俺たち三人が相対するのはネネの祖父――図書館長タレスだ。
片目に老眼鏡、真っ白な長髪、賢者が着ていそうな質の良い、濃い緑のローブ。
まさに賢者の図書館の長、といった装いである。
「じいちゃんの嘘つき! 今度秘密にしていた地下室を見せてやろうって言ってたじゃないっすか!」
「それは違う物語の話じゃ。これはお前が始めた物語じゃろ」
高度なパロディで奇跡的に会話が成立してる……!?
さておき、この図書館は他の世界の漫画まで取り揃えているというのか!?
「禁書庫に入るのはよっぽどのことじゃなければダメじゃ」
「よっぽどのことなんっすよ! 世界が変えられるかもしれないんす!!」
決してひかないネネ。館長のタレスは険しい目で彼女をにらむ。
「……どうしても、というのならいいじゃろう」
「やった! さすがじい――」
「ただし、条件がある」
言うや否やタレスは右手の人差し指で宙に円を描いた。
彼の姿が徐々に透けて見えなくなると、周囲の景色が一気に様変わりしていく。
「なんだ!?」
「部屋が……」
まるで迷宮の入口のような、大きな扉が目の前にそびえたつ。
後ろには闇。
前には扉が一つ。
光源は扉の両隣の松明のみ。
「何のつもりっすか、じいちゃん!」
ネネが真っ黒な天井へ向かって叫ぶ。
帰ってくるのはタレスの声。
「そこの客人らと一緒に、試練を受けるのじゃ。突破できたら禁書庫のカギをやろう」
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