第5章 王宮編
第40話 終わりの幕開け
賢者の図書館の一件から数十日後。
俺たちを待っていたのは平穏な日々。
「ちょっと出てくるわ」
「いってらっしゃいませ」
側近のアルギルドに外出を告げる。
「お前もたまにはゆっくりしろよ」
「はっ。ありがとうございます」
「リンとは上手くやっているか?」
「おかげさまでございます」
出会った当初は親子げんか真っただ中の彼らだったが、近頃は仲良くやっているらしい。
「仲の良さは連携にも関わるからな。引き続き怠るなよ」
「承知しました」
見送られて魔王城を出る。向かったのは城下町。
「ずいぶん栄えたよなあ」
拠点をこの場所に移してから数か月。
みんなの頑張りのおかげで、人間の街に負けずとも劣らない立派な街になってきた。
「あ、ニト様~!」
「よう」
「ニト様ー! こんにちは!」
「こんにちは。元気良いな」
商店の旦那や歩行者からの挨拶を返しながら進んでいると。
「ここが魔族の街か」
「皆、角や翼が生えてるー!」
人間の観光客らしい声。
見ると物珍しげに見て回る人間の男女とすれ違った。
「……順調だなあ」
魔族との垣根を無くすために人間の来訪も許可している。
それから。
「ニト様、こんにちは」
「おーっす」
家から顔を出す人間に手を振り返す。
来訪だけでなく居住も許可したのだ。
「そもそも俺が人間だしな」
おかしくなってくすりと笑う。
*
魔族や人間たちで賑わう喫茶店。
俺はその一角でコーヒーをすすっていた。
魔王としての仕事を抜け出してここに来るのはあの日からの習慣になっている。
「全て上手くいっているなあ」
思い返せばネネの記事が出回ってから、あれよあれよと魔族の評判は良くなった。
無論、記事だけでなく、様々な取り組みによるものでもあるが。
「こういうチート、カッコイイよな……」
暴力ではなく知略的に問題を解決していく。
うむ……悪くない。
「それにしても、まだかなあ……」
窓際の席から外を見て意味ありげに呟いた。
カランカラン
直後、客の来店を告げるベルの音。
「なーに気取ってんのよ」
ウワサをすれば待ち人来たり。
お客さんたちの視線を集め、俺の前に立つのは豪然たる魔王令嬢。
ラヴ・ドラゴハートその人である。
「やっとか」
「ええ」
短く言葉を交わし、ラヴは隣に座るとすぐさまコーヒーを頼んだ。
「ちょっと久しぶりかしら?」
というのも、俺とラヴは現在別々の住まい。ある理由から互いに別行動をしていた。
「お前の裸が恋しいよ」
「まるでもう抱いたみたいな言い方ね」
安心して欲しい。俺の身体は未だ清廉潔白である。
「この町の基盤も強固になりつつあるわ」
「くく、俺の貞操観念と同じように、か」
「……」
なんだ、そんなジト目で俺を見てくれるな……。
「まあ、その貞操も今日でおしまいね!!」
「そ、そんな大きな声で言うなよ!」
くすくす、と店内の客らから笑いが漏れる。
ラヴは周囲の様子をうかがいつつ、不敵に微笑んだ。
「だって、本当のことじゃない? 私、もう我慢できないもの……」
「そ、そそそ、そうか。じゃあ、今夜、どうかな?」
「いいの?」
こくり、と、うなずいて返す。……今夜はどうやら眠れないらしい。
「じゃあ、夕日が沈んだ頃に部屋に行くわ……ちゃんと心の準備は出来てる?」
念を押すようなラヴの言葉。
「も、もちろん」
「そう」
そういうと彼女は俺の耳元にくちびるを寄せ――
「――――」
微かな吐息とともに何事かをささやいた。
「……というわけで、今夜はよろしくねっ♪」
「お、おう……」
かと思えばはつらつとした笑顔でウインク。
こいつ、こんなあざと可愛いしぐさもできたのか……!?
ともあれ、ついにこの時が来た。
一世一代の大勝負。
……入念に準備していたとはいえ緊張してきたぜ。
*
太陽はすっかりと沈み、窓の外に夜のとばりが降りたころ。
「……遅いなあ」
俺は自分の部屋――魔王城とは別に建てた新居の二階――にてその時を今か今かと待ちわびていた。
ラヴの言葉通りなら、もうそろそろ来てもいい頃なのだが……。
「今夜で俺も男になるんだ……!」
自分に言い聞かせる。
待ち時間が長いと、逆に緊張しちゃうよね!
分かってくれるよな、この気持ち――
コンコン
「!」
扉を叩くノックの音。やっと来たか。
俺は覚悟を決めて扉を開く。
「え?」
途端、飛び込んできたのは爆炎。
ドオオオオオオン!! ……という轟音が夜の街に鳴り響く。
その音を聞きながら、爆発による衝撃で、俺は壁ごと部屋の外に吹き飛ばされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます