第17話 急襲

「ギャアアアアアアア!!」


 召喚獣の絶叫が反響する。鼓膜が突き破れそうだ。


「なんつーでかい声だよ……」


 マンティコア――翼の生えた巨大なライオンのような召喚獣――が、天井の穴から侵入してくる。


「戦えない者は退避!」


 アルギルドの誘導により、女子どもが避難を始める。


「うっ、うう、うぇっ……お母さん……」


 避難していく魔族の中に、泣いている子どもの姿が。


 その正面には巨大な岩と、その下から上半身だけが出ている母親らしき魔族。どうやら下半身を押しつぶされて動けないらしい。


「ギャアアオオオオオ!!」


 そこに迫り来る先ほどのライオン野郎。


「ふんっ!」


 俺は魔法で強化した拳をそいつの横っ腹にぶちこんだ。

 ぎゃいん! っと悲鳴を上げてマンティコアは吹っ飛んでいく。


「早く逃げな」


「あ、ありがとうございます……」


 岩を砕き母親に治癒ヒールをかけ、親子ともども避難させる。


 他にもそこから動けない者たちが散見されたが、


「救助に注力している場合でも無さそうね」


 いつの間にか隣に立っていたラヴが言う。


 こうしている間にも召喚獣たちはぞくぞくと侵入し、拠点内をあらし始めた。


「ありえない。拠点を襲ってくることなんて今まで無かったのに。

 それに、いつもよりはるかに凶暴になっている……」


 不思議そうにラヴがつぶやいた、その直後。


「お父さん、危ない!!」


 阿鼻叫喚の最中にリンが叫ぶ。


 見るやアルギルドを突き飛ばす彼女の姿。


 じゅんっ!


「……!?」


 そして、彼女の身体を一閃の光線が焼き貫く光景だった。


「リイイイイイイイイイイン!!」


 アルギルドの絶叫がとどろく。


「今のは……魔法!? 召喚獣の攻撃では無いわ!」


 じゃあ、誰が――


「……あいつか?」


 上空を見上げると、天井に開いた穴から一瞬だけ人影が見えた。


「ともかく緊急事態よ」


 臨戦態勢になるラヴ。


「恐らくは何らかの方法で、敵は召喚獣たちを凶暴化させた。

 ……仕方ないけど、駆逐するしかないわね」


 拠点守備のためにのさばらせていた召喚獣だが、それに拠点が壊されるとあっては本末転倒ということだろう。


「ラヴ様!」


 魔族の一人が声をかける。


 振り返ると先ほど戦った面々をくわえ、ひときわ屈強な体格の精鋭たちが集まっている。


「ニト……これが初陣になるわ」


 並び立つ精鋭たち。


「頼むわよ、魔王様」


「おう、任せろ!」


 *


 ――と、意気込んではみたものの。


「ニト殿! 危ない!」


「ぐはあっ!」


 注意も虚しく吹き飛ばされる俺の身体。


 戦闘に不慣れな上、まともに攻撃魔法が使えない今の俺は、戦闘開始から数分間ほとんど精鋭たちに頼りっぱなし。


「大丈夫かよ魔王様~?」


「俺の身体は大丈夫」


 戦況は大丈夫じゃないが。


「なんて凶暴なの……一体一体はなんとかなるけれど、群れると対処が難しいわねッ……!」


 迫ってくるベヒモス――巨大な牛と竜が合体したような召喚獣――を片手で引き裂きながらラヴが分析する。


「くそ、俺がもっと強ければ――おりゃあッ!」


 俺は非力を嘆きつつ、フェンリル――巨大な狼の姿の召喚獣――に殴りかかる。

 現状できるのは、強化魔法でバフを施しての肉弾戦と味方の回復のみ。


「何とかなんね~のか!?」


「うむ……」


 一人で召喚獣たちを蹂躙し、ヒーローとして褒めたたえられるビジョンは浮かばない。


 無双とはほど遠いな……。


「いや、待てよ?」


 刹那、アイデアと共に脳裏に浮かんだのは羞恥。


「俺は馬鹿か。こんな時にまでかっこつけようとしてる場合じゃねえ……」


 すぐさま俺は上級の強化魔法をイメージし、脳内に浮かんだ呪文を詠唱しはじめた。


「力の聖霊よ。我らにあふれ出んばかりの強さを与えたまえ――身体豪化レグルス!!」


「!? この光は!?」


 詠唱を終えると同時、みんなをまばゆいばかりの光が包む。


「今できるとびきりの強化魔法だ!

 みんなでこの状況を乗り越えるぞ!!」


 言いながら俺は先ほどまでの自分を内心で叱咤する。


 一人で無双? バカか。

 今はこの状況を何としてでも乗り越えるのが先だろ!


「いいんじゃね~かチームプレイ!」


 ライラックが飛翔しながら召喚獣の身体を引き裂いていく。


「ふむ、身体が大層軽い――すさまじい強化魔法だな」


 ガリウスは鋭い爪を伸ばし、閃光のように駆け抜けた。

 真っ二つに両断された召喚獣の切断面から血が噴き出す。


「まったく、思いつくのが遅いのよ新米魔王」


 紅く瞳を輝かせながら、ハイオークやマンティコアを葬り去っていく豪然たる魔王令嬢ラヴ・ドラゴハート。


「まあ――初陣にしては上出来かしら!!」


 言うや、目にも留まらぬ速度で飛び回り、敵を一掃した。


「残るは……あれだけか」


 天井に開いた穴の向こう――はるか上空に浮かぶ、巨大なクジラのような召喚獣。


 そいつの腹には魔法陣が浮かんでおり、そこから小型の召喚獣や強力な魔法が放たれ続けている。


 あれをどうにかしないと戦闘は終わらない。


「ラヴ、あいつは俺がやる」


 彼女に言うと、


「え? あなたにできるの?」


 と怪訝な顔をされた。

 ですよね~。

 ……でも、俺がやらないとメンツが立たないと思うし。


「アイツの急所を撃ちぬくつもりで、俺の身体を思いっきり投げ飛ばしてくれ!」


「え!? たぶんあれ、コアを撃ち抜かれたら自爆するタイプの召喚獣よ……?」


 はるか上空に居るためここまでの被害はなさそうだが――


「あなた、死ぬかもよ?」


 ラヴが気にかけたのは俺の安否。


「大丈夫。無事に生き残るために投げ飛ばしてもらうんだ」


 言うと同時に俺はガリウスから学んだ硬質化魔法で拳を硬くしてみせる。


「……なるほどね」


 全身を硬質化させれば鉄壁になるが動けなくなる。

 そのため投げてもらう必要があるのだ。


 そして、硬質化すれば攻撃力が上がると同時に、自爆のダメージからは逃れられるという推測である。


「じゃあ、さっそく行くわよ!」


「うぇ!? ちょ!?」


 彼女は俺の両手を伸ばして頭部の上でしばり、


「そのまま硬化しなさい」


 と指示をする。


 空気抵抗を減らして投げやすいようにしたいらしい。


「よーし、それじゃあやるわよ……」


 彼女は硬化した俺の腕をひっつかみ、


「うおおおおおおおりゃああああああああああッッ!!!!」


 やり投げの要領ではるか上空へとぶん投げた。


 ははっ、何このシュールな攻撃方法……


 などと考えながらも的をめがけて飛んでいく。


 またたく間に巨大クジラの体表に到達したかと思えば、次の瞬間には中心部のコア(コア)を貫いていた。


「グオオオオオオオオオ―――ン!!」


 巨大クジラは悲鳴をあげながら空中で爆発四散。


 投てきの威力が強すぎて、その爆発に巻き込まれることなく、俺の身体は更に上空へと通過していった。


 *


 しばらくして、硬化した状態で地上へと着地(落下)。


「生きた心地がしなかった……ん?」


 硬化を解いてみんなの元へ向かうと、一同が深刻な表情をして輪を作っている。


 近寄ってみると、


「うぅ……リン……」


 輪の中心には仰向けになったリンと、それを愕然と見つめるアルギルドの姿が。


 リンの目は虚ろで、腹部には敵の攻撃魔法により風穴が空いている。


 俺がラヴに目線を送ると、

 

 ――もう、ほとんど息をしていない。


 深紅の瞳は言外に少女が死の間際であることを語った。


「……まだあきらめるのは早い」


 俺はつぶやくと輪の中に入り、今にも消し炭になりそうなリンの前にひざまずく。

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