第49話 決着

 王の剣は深々と突き刺さっていた。


「な……に……?」


 俺の背後の壁に。


「が……はッ……どうなっているのだ……!?」


 驚愕に目を見開いている王。

 その身体は俺のいる場所の反対側の壁にもたれかかっている。


「不思議に思うことか? アンタの剣をかわしただけだぜ」


 俺は余裕の表情で立ち上がる。


「くそ……何が起きたというのだ……? あの状況から我が身を蹴り飛ばすなど……それも、今の洗練された一撃は、よほどの研鑽を積んでいなければありえないものだ」


 混乱する頭で必死に考える王。

 かわいそうなのでネタ晴らしをしてあげる。


「積んだんだよ、修行をな。成長魔法って知ってるか? 戦いの経験値が倍化する魔法だ。俺はそれを自分の魂と魔力を分けた分身体に施していた。そしてそいつを数十日程度、勇者ルル・バーサークと戦わせ続けた」


 つまり、俺の分身は『前魔王と渡り合った相手ルル・バーサークと数十日間ぶっ通しで戦った経験値を得た』のである。


「解除と共に、その経験値が俺の身に宿ったのがついさっき。大広間で四天王とおしゃべりしてた時さ」


 ルルの乱入により、敵には実力を悟られないままここまで来れた。


 回りくどいと思われるかもしれないが、実力を知られればどんな強者でも対策されるということを忘れてはならない。


 最後の戦いにあたり、慎重に行動した結果が今回の茶番劇である。


「あと、誰も魔力が切れたなんて言ってねえぜ? ほれ」


 俺は身を包んでいた魔道具『弱者の外套』を脱ぎ、王の視線に『残量ルーペ』をくぐらせた。


「な……なんだ、その強大な魔力はッ!?」


 王の顔がひきつる。

 今の俺の魔力残量を見たことでゾッとしたのだろう。


「『弱者の外套』は着用者の魔力を隠蔽いんぺいできる。おかげで四天王やらセブルスやらにも実力を明かさずにここまで来れたよ」


 あとはルルの介入も大きいけどな。


「……それがどうした」


 王は静かに呟くと、ゆらり立ち上がり腰に下げていたもう一つの剣を抜く。


「それでも我はこの国の王。全てからこの国の民を守る。それが我ら王族の使命!」


 再び王の目が輝き、覇気が飛ぶ。

 ……どうやらまだやる気らしい。


「そうか。なら、せっかくだから魔王らしくやらせて頂こう」


 最後くらいは無双させてもらうとしようか。


「魔王は討ち取られると相場は決まっている! 我が大義の前に死ね!!」


 王は硬い床を砕くほどの脚力で足元を蹴りだし、すさまじいスピードで突きを繰り出してきた。

 瞬間、硬質な音がきぃんと響く。


「素手だと!?」


 俺の右手の甲と王の剣がぶつかり、つばぜり合いのような状態になる。


「懐かしいなあ……」


 俺はラヴやアルギルドとに稽古をつけてもらった日々を思い出していた。ボコボコにされてそれでも強くなりたいと立ち上がった日々。

 それが今はどうだ、最強の相手と戦いながら、そんな日々を懐かしむ余裕さえある。


「ふッ」


 王の剣を軽々と払いのけ、片方の手に強化魔法を施す。


神臨拳レグリシオン


 詠唱と同時、拳を王のみぞおちへ向けて突き刺す。


「が……はぁ」


 すると王の身体はくの字に曲がり吹き飛ばされた。こんなことを考えてはいけないのだろうが、正直爽快だぜ……!


「これしきッ!!」


 土埃の向こうから眼光を飛ばし、なおも立ち上がる王。さすがにラスボスなだけあって耐久力がすごい。


「うおおおおおッ!!」


 すさまじいスピードで剣を振り回す王。その攻撃を部分的に展開する防御魔法で防ぐ。


「なッ……おかしい、防御魔法の一部集中展開などッ!?」


「頑張ったらできるようになったんだよ!!」


 驚いた王の顔に再び拳をめり込ませる。

 ヤツの身体が吹き飛ぶ場所に高速移動し、更に打ち込み、体力を削る。

 はたから見れば王の身体はピンボールのように跳ねて見えていることだろう。


「おらあッ!」


 最後に高く蹴り上げるとヤツの身体の更に上空に飛び上がる。


 同時に、これまでの旅の日々と、仲間の面々の顔を思い出す。


 ――みんなを、新しい世界に連れて行く!


「これで最後ッ!!」


 硬質化させた両の拳をハンマーのように王の身体に振り下ろした。


 ズガガガガガガガッ!!


 王の身体が激しく打ち付けられ、床全体に大きな亀裂が走る。


「ぐはぁ……ッ……。我は……死ぬのか」


 大の字で転がっている王は吐血しながら呟いた。


「魔王よ……頼む……我が死んだら……国民たちを……王政を担って……ってごほッ!?」


 ヤツの遺言っぽいセリフを遮り、脇腹を軽く蹴る。


「王政なんて面倒なことはごめんだね……それはアンタの仕事だよ。とりあえず、まずは最後にやってもらいたいことがある」


「……?」


 俺の仕事はコイツを倒すことじゃない。

 新しい世界への、のろしを上げることだ。


 不思議そうな表情の王に、俺は今後の計画を伝えた。


 *


「皆の衆、聞け!!」


 王宮外壁上より眼下に群れる兵士たちへ告ぐ。


「王宮はたった今、俺たち魔王軍が支配した!」


 同時に拘束した王の姿を前に出す。


「なっ!?」

「あの王が、負けた……!?」

「歴代最強の武人とうたわれたお方だぞ!?」


 どよめく兵士たち。


 ちなみに俺の背後にはラヴと、拘束したセブルス並びに四天王がいる。ついでにルルも拘束した。さすがに少し手こずったけど……。


「悪行を強要した現王には退いてもらう!」


 今の王をこのまま玉座につかせても敵意や憎悪が集まって上手くいかないだろう。

 だから。


「現王は地下牢行きとし、新しい王をいずれ制定しよう!!」


 ……というのは演出。

 ヤツには変化魔法で”新しい王”になりすましてもらい、今後も王政を担ってもらう。


 今後の計画と共にそれを伝えたら『とんだ優しい魔王様だな』と笑われたけれど。


「人間たち! これからお前たちをどうこうするつもりはない!」


 俺が叫ぶと、兵士たちが不思議そうな顔をする。


「これから俺たちは新しい時代を作る! 魔族と人間が共に手を取り進む時代を!」


 これは先ほど王にも説明して一応の納得をしてもらっている。

 曖昧だが、この先どうするかのヴィジョンは用意した。


「今後は虚偽による罪悪感に苛まれる必要も、無意味な破壊工作も必要ない!

 誰もが自由に生きられる、新時代の幕開けをここに宣言しよう!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 俺が声高らかに宣言すると、兵士、それから魔族の精鋭たちから大地を震わすような歓声が上がった。


「ニト様……ッ!!」


「や~っと息苦しいのとおさらばだな」


「うッ……我らの祈願が叶うのだな……」


 感涙を流す魔族の精鋭たち。


「「「ニート!! ニート!! ニート!! ニート!!」」」


 いっせいに俺の名を連呼する群衆。

 嬉しいけど、無職呼ばわりされてるみたいでちょっと嫌ですね……。


「ニトぉッ!!」

「うおっ!?」


 俺の胸に激しく抱きついてきたのはラヴ。


「ありがとう……ありがとう……っ! ううっ、うっ、」


 いつも強気な彼女が初めて見せる、ぐしゃぐしゃの泣き顔。


「ずっとっ……虐げられてきた私たちの歴史も……これで変わるのねっ……!!」


「そうだよ。君が頑張ったからだ」


「うっ……ニト……本当に……ありがとう……」


 豪然たる魔王令嬢は、俺の胸に顔をうずめ「ありがとう」と言い続けた。


 こうして俺たちの戦いはひと段落を迎えようとしていた。


 ――されどまだ、エンドロールは流れない。

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