第13話 手合わせ 

 広場と呼ばれる洞窟内の最も広い空間にて。


「みんな、よく聞いて」


 神妙な面持ちで話始めるラヴ。


 眼前には相当数の魔族が集まっていた。恐らくほぼ全員だろう。


「魔王ギグ・ドラゴハートは……亡くなったわ」


 その言葉にどよどよとどよめく魔族たち。


「魔王様が?」

「やはり、虫の知らせは本物だったか……」

「これからどうすれば……」


 しかしそのざわめきはラヴの「でも!」という一声でぴたりと止まる。


「代わりに、新しい魔王を連れてきたの」


「ええ!?」

「新しい魔王ですと……」

「てっきりラヴ様が引き継がれるのかと」


 またもやざわめく魔族たちをよそに、「前に出て」と俺に促すラヴ。


 俺は大勢の前でひとこと。


「俺が新しい魔王、ニト・ドラゴハートである!」


 集められた魔族たちを前に名乗りを上げたが、


 しーん……


 と、凪のように静まり返ってしまった。


「……とはいっても、いきなりどこの馬の骨とも知らない奴なんて、受け入れられるはずがないと思うわ。それも、人間だし」


 ラヴの補足に、魔族の面々がうんうんと頷いている。

 これが信頼感の差か。


「ニトはちょっと口下手だから、私から彼について紹介させてもらうわね」


 ちらり、とだけ目くばせし、話し始めるラヴ。


「彼には野望があるの。魔族も人間も、自由に暮らせる世界の創造よ」


 俺の目的をコンパクトにまとめたラヴ。それを聞いてざわつく魔族たちをよそに説明を続ける。


「彼はその野望から、他の人間たちから異端者扱いされ、追われているの。

 みんなも知っての通り、人間たちは異なる思想や、異種族に対しての偏見が強い。そしてそれこそ、彼が否定する世界よ」


 けれど、と彼女は続ける。


「新しい考え方を根づかせるためには、誰にも負けないくらいの力が必要。そう考えた彼は、修行の旅に出たの。

 そこで出会った私のお父様と手合わせをしたところ、彼は強さのあまり、お父様を死なせてしまった」


 そう言って自らの父の遺灰が入ったビンを、聴衆の前に見せつけるラヴ。

 フィクションを織り交ぜた演説に、どよめきが起こる。


「魔王様が、あの細身の人間に……?」

「あんなに弱そうなのに、信じられない……」


 魔王の娘たるラヴの言葉は、魔族にとっては説得力のあるものに感じたのだろう。

 俺に集まる魔族の視線も、さっきまでと違ってきている。


「お父様は言っていたわ。『我を倒すような者が現れれば、その者と魔族の繁栄に努めよ』と。私たちとこの世界の未来のため、彼と共闘してまずは魔族に対する誤解を解きたい」


 ラヴの言葉に希望を抱いたのか、目を輝かせる魔族たち。


 だが、何人かの目つきは険しいままだ。

 ラヴから聞いていた、前魔王の考えに異議を抱いていた者たちだろう。


「でも、いくらこうやって説明したからといって、その強さを目の当たりにしていない皆には納得いかない面もあると思うの。だから――」


 そこで言葉を区切り、ラヴは俺に向き直る。


「まずはニト。私たち魔族の精鋭たちと、殺し合い手合わせをしてもらうわ」


 *


 すり鉢状になった闘技場のような場所へ移動し、その中央で俺と魔族の一人が対峙している。

 観客席からは魔族たちの衆人環視の目。気分はまるでコロシアムの剣闘士だ。


「ルールを説明します」


 俺たちの間に立つ、審判の魔族が言う。 


「制限時間は十五分。どちらかが戦闘不能になるか、十五分経った時点で優勢だった方が勝ちとなります。降参を宣言した場合は、その時点で試合終了。宣言した側の敗北となります」


 ルールを聞きつつも、開始前のラヴの言葉を思い出す。


 ――殺すつもりで行きなさい。簡単には死なないわ。


 だから殺し合いと言ったのだ、と。


 そうは言っても、一撃で消し炭と化した魔王が脳内にちらつく。


 うっかり命を奪ってしまっては、『誰もが自由に楽しく生きる世界作り』という俺の目的に反する。


 そして恐らくだが、ラヴも含めて魔族が本当に求めているのは『圧倒的な強さ』だけでなく『優しさ』も兼ね備えた強さだ。殺してしまっては本末転倒もはなはだしい。


「俺様を前にビビってるのか? 新しい魔王様よ~」


 悩んでいる間にもルール説明は終わり、対戦相手――名をライラックというらしい――からあいさつ代わりの挑発が飛んでくる。元気のいい青年だ。人間で言うと十代半ばから後半で俺と同年代くらいだろうか。


「いや、上手く手加減できるかどうか、心配でな」


「……なめやがって」


 煽り返すと、ピキキとライラックのこめかみに青筋が立った。

 

「それでは、はじめ!」


 審判の合図で戦闘が始まる。

 まずは様子を見よう――


「おらあッ!」


 と思っていたら、すさまじい速度で相手がツッコんできた。


 無防備な腹部に右の拳がめり込み、俺の身体は「く」の字になってふっとぶ。

 そのまま勢いよく壁に激突。背中に衝撃、そして激痛が全身に走る。


 壁に無様に寄りかかる俺の姿が見えたのだろう。

 観客席とライラックから驚愕の声が上がる。


「「「よ、弱あぁぁぁッ!!?」」」

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