第2章 魔族の拠点編
第12話 拠点にて
魔族の拠点への道のりは、危険が伴うものだった。
凶暴な生物がうようよとひしめいていたから。
「ラヴって、強いんだな……」
「当たり前よ! なんてったって魔王の娘なんだから」
その中を彼女は魔法と武術を駆使し、俺を守りながらもたやすく切り抜けた。
俺はといえば、ひたすらラヴの陰に隠れつつ、ときたま彼女に回復魔法をかけたり、魔力を供給しただけ。
世話されるついでに、『魔法の心得』も教えてもらった。
もはや主人公というよりも、ヒロインの立ち位置である。
「着いたわよ」
自分のふがいなさにうなだれた顔を上げると、岩壁に小さな入口が。
トンネルのようになっていたそれをくぐると――。
「うおお! 広っ」
外観からは想像がつかない程、広い空洞が広がっていた。
空洞内に点在する鉱石は光を放っており、本来暗いはずの空間をやさしく照らしていた。
「短期的に住む分には、特に不便しないと思うわ」
現に普通に暮らせている、と、ラヴは付け加えた。
しばらく歩いていると、声が聞こえてくる。
声の主である『彼ら』との距離が、徐々に近づいていく。
子どもと触れ合う母親。
壁に寄りかかって座る中年男性。
何やら話し込んでいる青年たち。
はっきりとその姿を認識したとき、俺自身との身体的特徴の違いに目が行く。
ラヴと同様に、羊のように巻いた角。
背に生える黒い翼。
言うまでもないが――。
「ここが魔族の拠点よ」
ラヴが俺に言うと同時に、一人の少女が近寄ってきた。
見た目は人間で言うところの中学生くらい。
「ラヴ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、リン」
「魔王様は、どうでしたか? 隣のお方は……人間?」
ラヴに挨拶した、リンと呼ばれた少女の目が俺に向く。
その目つきに敵意は無い。
「そうよ。でも、私たちの味方。あとでちゃんと話すわ。
……お父様のことについても」
「そうでしたか……。
人間の方、私はリンと申します。よろしくお願いいたします」
そういうとリンは、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。
「ニトだ。よろしく」
俺が返すと、彼女はにこりとほほえみを返して立ち去った。
「魔族って、みんなこんな感じ?」
「ええ。みんな優しくて丁寧よ、私みたいに」
いきなり全裸で交尾しようとしてくるヤツに、丁寧という言葉は似つかわしくない気もするが。
「今失礼なこと考えてたでしょ」
「いや、まあ、世話焼きで優しいのは間違いない」
「……うふ」
不意打ちが嬉しかったのか、ラブは素の表情で笑った。
ああ、似つかわしくないと言えば。
「魔族それぞれに外見も大きく違うのか?」
ラヴが人寄りの姿(翼と巻き角以外は人と同じである)に対し、他の魔族は翼と角に加えて耳が長くとがっており、肌の色も少し濃い。
「私が皆と違うだけよ。ごくまれにあるんですって」
「へえ」
人間に近い見た目をしていることで、何か嫌なこととかあったりしないのだろうか?
そんな疑問を俺の表情から察したのか、ラヴがあっけらかんとした顔で言う。
「この外見だからって仲間外れにされたりとかは無いわ。ま、人間からはハブられてるけどね」
皮肉の混ざる魔族ジョークが胸に刺さる。
「そのハブられてる結果がこれってことだよな」
拠点の中を歩きながら見て回る。
たたずむ魔族たちは皆、どことなく精気が無いように見えた。
「そうよ。お父様が私たちの前から姿を消す前まではまだみんな元気だったけど」
「魔王はいきなり姿を消したのか?」
「ええ。魔王城と城下町から、ここに移住してすぐだった」
元々別な場所に住んでいた、ということか。
「お父様は生前、敵意ある人間をはじく『魔王結界』によって、魔王城と城下町を常に守っていたの」
魔王結界。俺が魔王を倒して消滅したっていうアレのことだな。
「結界内だけで生活は成り立たないから、人間に襲われる危険をおかしつつ外に出る必要はあったけど、今よりはのびのび過ごせたわ」
「ふうむ。それで、なんでこんな場所に移り住むことになったんだ?」
「それが、詳しくは分からないのよ」
ラヴは軽くため息をついてから続けた。
「お父様は『ずっととどまり続けるとリスクが増す』と言って、魔族みんなでの移住を指示したわ。
それからお父様は、人間からここを守るために召喚魔法を使った。
ここに来るまでにたくさんの凶暴な生物がいたけど、あれはお父様が召喚した召喚獣よ。アレのおかげで人間たちはここまで近寄ってこれない」
ああ、だからラヴは、あえてあの生物たちを死なさずにいたんだな。
しかし、不可解なことがある。
「なんで結界を張らなかったんだ?」
「ええ、そういう話になるわね」
凶暴な生物を拠点の周囲に放つならば、魔族が外に出るのも大変になる。
「これまでと同じように結界を張らないのか聞いたけど、『魔力コストの関係上、この方が効率が良い』と言っていたわ。結界は、お父様の魔力を常に使ってしまうから、って。
そしてそのまま、私たちの前から姿を消してしまった」
その後、俺が魔王を倒し、直後に魔力供給の絶たれた結界が消滅。人間側もそれに気付いて魔王の死を悟った、ってことか。
そう考えると、召喚魔法によりこの拠点を守らせ、姿を消した魔王は、自分が死ぬのを分かっていた……?
「無い頭使ってたって時間の無駄よ」
難しく考えていると、ぽん、と肩を叩かれる。
「まずはやることをやる」
そう言って歩みを止め、前方を見やると、目の前にひときわ屈強な魔族の男が。
その傍らには先ほど挨拶を交わした魔族の少女、リン。
「戻ったわ、アルギルド」
「ラヴ様、よくぞお戻りで。そちらの方は?」
「……紹介は皆の前で正式に行うわ。みんなを広場に集めてくれるかしら」
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