第11話 とある魔王令嬢の決意

 初めは、本当にこの人がお父様を殺したのだろうか、と疑った。


 殺気や敵意なんてものを、みじんも感じなかったから。


 それでも信じざるを得なかった理由は、彼からただよう魔族特有の死臭――つまり、お父様の残り香だ。


 魔族は死ぬと、消し炭になる。

 同族に危険を知らせるための、強烈な死臭を放って……。


 この人が、私のお父様を。


 そう考えただけではらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚えた。

 でも、お父様は口癖のように言っていた。


『人間を憎まないでくれ。差別され、迫害されようとも』


 お父様は魔族だけでなく、人間も尊いものだと。

 愛すべき世界の一部だと言っていた。


 愛すべき妻――私にとってのお母様を殺した種族だろうとも。


 お父様のことは大好きだったけど、その考えを、私は半分くらいは受け入れられずにいた。

 何も悪いことはしていないはずなのに、私たちを害虫のように扱う人間たち。

 そんな人々を心の底から尊いとは思えずにいた。


 けれど、彼から感じる温かな気が。

 害意なんてみじんもない態度が。

 少しずつ、私の中の何かを溶かしていった。


 そして、さっきの森の中での一件。

 笑いかける彼と、楽し気な幼子たち。

 その姿が、お父さんと、小さい頃の私に重なった。


 ――この人となら、成し遂げられるのかもしれない。


 直感的にそう思わされた。

 ……あまりにも漠然とした希望だけれど。


 彼が掲げた理想、『魔族も人間も、皆自由に、楽しく生きられる世界』。

 魔族も人間も、同じ人として生きていける世界。

 そんな世界があるのなら、どれだけ素晴らしいことだろう。


 今はまだ、どう見ても頼りない彼。

 魔力量はそれなりのようだし、いろんな魔法が使えるようだけど、なぜか明らかに実戦不足。


 あれでは魔王どころでは無い。


 お父様の死の真相だって、分からないことが多い。

 どう考えても、今の彼にお父様が負けるはずがない。

 いくら強い魔法を使えたって、それだけで魔王が倒せるはずがないもの。

 

 それでも、立ち止まっているわけにはいかない。

 こうしている間にも王宮側は魔族を悪役にするための工作をしてくるだろう。


 このままでは魔族に明るい未来は無い。


 だから、ひとまず彼を信じて進んでみようと思う。

 彼に渡した短剣は、私からの信頼の証。


 武器としては護身用にすらならなかったけど。

 お母様が残した大切なものだったから、肌身離さず持っていた。

 手入れも欠かさず行っていた。


 それを渡すということがどういうことなのか、ちょっと鈍い彼には伝わっているか微妙だけど、魔王になるとか言うくらいだから、そのあたりの心の機微は察してもらえないと困る。


 そういうことで、私は彼に賭けることにした。

 お父様が描き切れなかった、魔族の未来を。


 さて、まずは魔族のみんなに彼を受け入れてもらうことからだろう。

 まずは身内に認めてもらわないと、なにも始まらない。


 魔族は優しいし、団結力もある。

 でも、みんながお父様の考えに同意していたわけではない。

 人間を殺さず、あくまでも自衛の姿勢を崩さなかったお父様に不満を抱いていた人もいる。


 それでも統率できていたのは、腕っぷしの強さがあったから。


 お父様亡き今、恐らくトップは私だろう。

 つづいてお父様の側近だったアルギルド。


 彼を納得させられるかがカギだ。

 彼はどちらかというと、お父様の思想に異議を唱えた側だったから。

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