第10話 しびれ竜の短剣

「きゃあ! 素敵!」


 ラヴの発言に少女が目をハートにして黄色い悲鳴をあげた。

 すると、それに反応したかのように森の中から声がする。


「エリー、トニー、そこにいるのか?」


「あ、お父さん、お母さん!」


「二人とも、無事でよかったわ! 探したのよ!」


「クマさんがきたけど、だいまおうさまに、たすけてもらった!」


「だ、大魔王? その方はどこに行ったの?」


「そこに、ほら……って、アレ?」


 森の中を見回す彼らに見つかることはないだろう。


 今、俺とラヴは上空にいる。

 彼らの興味が逸れた隙にラヴが俺を抱えて空に飛び立ったのだ。


「そんなに急いで逃げることなかったんじゃねーの?」


 俺を抱きかかえる彼女に言う。


「人間の大人に見つかりたくなかったのよ。初見で悪者あつかいされそうだし」


 そう言うと少し離れた場所まで飛行し、すたっ、と着地した。


「あっ、そうだ。さっきの……」

「ゴホン!」


『結婚は考え中』発言の真意を聞こうとすると、わざとらしい咳払いに遮られた。

 それからラヴは、腰のホルダーに付けていた短剣を俺の前に差し出す。


「?」

「……ん」


 首をかしげる俺に、それでも何も言わず『受け取れ』と促してくる。

 まるで昔見たアニメ映画のワンシーンのようだ。


「これは?」

「お母様の形見よ」


 どうやらちゃんと説明してくれるらしい。


「お母様は優しくて太陽みたいな人だった。私が小さい頃、人間に殺されてしまったけれどね」


 そう語る彼女の顔は、不思議と辛そうではなかった。


「二百年近く前の話だから、お母様がどんな顔してたかもよく思い出せないわ。とっても愛情深く接してくれたことだけは覚えているけど」


「二百年?」

「ええ。魔族は寿命が長くてね。人間の十年がちょうど私たちの一年くらいかしら」


 そう言ってラヴは天を見上げる。


「魔族はみんな魔法が使えるのに、お母様だけはなぜか使えなかった。代わりに、剣の腕が立つ人だったそうよ」


「じゃあ、この短剣は……」

「そう。お母様が愛用していた剣」


 渡された短剣を見る。

 短剣とは言えど、手のひらに収まるほどの小さなサイズの剣だ。

 鞘から抜くと、白銀の刀身が煌めく。

 美しい刀身は年季こそ感じさせるが、手入れが行き届いており美しさを損なっていない。

 ほのかに魔力がこもっているのを感じる。


「とっても小さいでしょう? 隠し持っているのが分からないくらい」


 確かに言うとおりだ。

 武器を携帯していない様に思わせ、不用意に近づいてきた隙に斬りつけることができるだろう。


 しかし、この刀身の短さでは効果的なダメージは与えられそうにないが……


「その剣の最大の特徴は、『しびれ竜の加護』よ」

「しびれ竜?」

「そう。ほのかに魔力を感じるでしょう? それは加護によるものよ」


 加護、か。

 女神が俺に授けた『創世の賢者の加護』と似たようなもんか?


「加護は授けたものに半永久的に効果をもたらすものよ。その剣が壊れるまで、加護は消えないわ」

「へえ。というと、『しびれ竜の加護』ってのは?」

「斬りつけた相手を麻痺させる。といっても、数時間くらいが限度だけどね」

「ふうん……」


 この剣の良さは分かったけど、今の俺が果たしてこれを使いこなせるだろうか。


「俺にはまだ早いんじゃないか?」

「ふふ。分かってないわね」


 得意気にラヴが笑った。

 初めて彼女の優しい笑顔を見た気がした。


「この剣の効果がうんぬん、なんて話は、この剣を預けたこととほとんど関係が無いわ」

「そうなのか」

「そうよ」


 はっきりと理由を言ってこないということは、聞くのは野暮ということだろう。


「とりあえず、魔族の拠点まではさっきのマジックベアよりもうんと強い生物がいるから。あなたの身は私が守ってあげる」


「え? あ、ああ。ありがとう」


 なんだ? 急に優しくなったな……。


「そういえば、あなたの名前をまだ聞いてなかったわね」

「あ? まあ……」


 確かに即興で考えた名前だけど、前世と同じはやっぱ嫌だしな。


「いいよ、ニト・ドラゴハートで」

「……そう。じゃ、ニトって呼ばせてもらうわ」

「なんか、なれなれしいな」

「はあ!? あなたこそ私のこと名前で呼んでるじゃない。しかも勝手に同じ姓を名乗ってるし」

「あっ……」


 1ミリも言い返せねえ。

 魔王っぽさを意識して勝手に姓を拝借したんだったわ。


「……ニトで構わん」

「ふふん。じゃ、よろしくね、ニト!」


 満面の笑みで握手を求めて来る彼女の手を、


「……ああ、こちらこそ」


 俺は力強く掴んだ。


「ところで、魔族の拠点に着いたら何するんだ?」

「もちろん、新しい魔王として、まずは――」


 彼女は笑顔のままで言った。


「私たちと、殺し合いをしてもらうわ!」

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