第9話 はだかのまおうさま

「おねえちゃん……」

「あなたは後ろに隠れていて……!」


 急いで声のした場所へ行くと、クマのような巨体の生物が少女と少年をにらんでいた。

 少年は足を震わせしゃがみこんでおり、それを庇うように少女が前に立っている。


「大丈夫……きっと大丈夫」


 少女の大丈夫という声は、ひどく震えていた。


 俺とラヴは獣を刺激しないように草陰から様子をうかがっている。


「人間も、小さい頃はあんなに純粋なのに」


 皮肉を込めてラヴは言った。

 魔族への仕打ちを思い出してのセリフだろう。


「そういう風に言いたくなるのも無理ねーよな。けど」


 言いながら俺とラヴは颯爽と姉弟の前に跳び出し、獣と対峙した。


「この子たちがひどい目にあっていい理由にはならんよな」

「そうね」


 があああ!!


 突然現れた俺たちの姿に、興奮するクマ(みたいなヤツ)。

 動物愛護団体には怒られそうだが、少しおとなしくしてもらうとしよう。


「水の精よ、硬き礫となり、敵を討て。――氷柱魔法アイシクル!」


 俺は手のひらから複数の氷柱つららを出現させ、クマ(みたいなヤツ)に放った。

 氷柱つららは命中。が、


 ぐおおおお!!


 ものともせずに突進してきた。派手に吹き飛ばされ、意識が飛びそうになる。


「いい実践演習だわ。そいつはマジックベアよ。その毛皮で魔法を無力化するの」


 ラヴが幼い姉弟の安全を確保しながら言った。


「いったた……それ、早く言えよな」


 治癒ヒールで折れたあばらを治しながらラヴへ文句を言う。

 魔法が直接通用しないなら、どうするべきか。

 見た感じからして、クマであることは間違いない――


「……!」


 そうだ、思いついたぞ。

 動物愛護団体にも怒られずにコイツを無効化する方法を!


 いざ実行すべく、俺は服を脱ぎ、すっぽんぽんになった。


「え、何してるの? 今? いつでもいいとは言ったけど、さすがに今は……」


 何を勘違いしたのか、ラヴに軽蔑の視線を向けられた。


「ちげーよ! 時と場合くらいわきまえてるわ! 誰かさんと一緒にすんな」

 

 そして、この状況で性的興奮を覚えるヤツがいるなら教えて欲しい。


「服を脱いだのは、今から発動する魔法のためだ」

「私、そいつには魔法が効かないと言わなかったかしら」

「ちゃんと聞いてたよ」


 勘違い女のことはさておき、再び俺へ突進しようと身構えているマジックベアに向き合う。


「森の精よ。我に巨人のごとく肥ゆる身体を与えよ――巨大化魔法ギガント!」


 唱えると、俺の身体はみるみる大きくなっていき、木の上からマジックベアーを見下ろせるほどの大きさになった。


 クマと出くわしたときの対処法として、有効なものがある。

 大きな岩などの上に立ち、自分の身体を大きく見せる方法だ。


「立ち去れい!」


 俺が大声で叫ぶと、マジックベアは勢いよく森の中へ逃げ去った。


「ふう、これで一件落着かな」


 魔法を解くと、しゅるしゅると身体が元のサイズに戻った。


「もう大丈夫だよ、君たち」


 俺は優しく、幼い姉弟に言った。


「あ、ありがとう、お兄さん、お姉さん」


 姉の少女が涙ながらに言った。

 恐怖でいっぱいいっぱいになりながらも、弟を守ろうとしてたんだな。


「あなたたちは、何者なの?」


 姉が不思議そうに問う。


「俺は魔王ニト・ドラゴハート」

「魔王!?」


 驚いた少女は、再び弟を庇うように前に立った。


「大丈夫。本当はね、俺たち魔族は優しいんだよ」


 そう言いながら俺は、魔法を使い、手のひらに一輪の花を生み出した。

 それを、少女――小さな勇者へとプレゼントする。


「……ありがとう、とってもきれい」


 少女は警戒を解きながら受け取ってくれた。すると彼女の背に隠れていた少年が。


「でも、なんでだいまおうさまは、はだかんぼなの?」


 とたずねてきた。

 しまった、破れることを想定して服を脱いだままだった!


「はだかのだいまおうさまだね! あはは!」

「う、うふふふ……」

「はッ、はっはっはっは!」


 ごまかすように、俺と姉弟は笑い合った。

 格好はつかないが……親近感は与えられただろうし良しとしよう。


「あと、おねえさんは? おねえさんは、なんてなまえ?」


 少年がわくわくした表情で聞いてきた。


「私は、ラヴ。ラヴ・ドラゴハート」

「魔王さまと同じ苗字だね。もしかして、夫婦?」


 姉の少女が目をキラキラと輝かせながら聞いてきた。

 どうせラヴのことだ、『ただの交尾相手よ』とか言いそうだけど――


「結婚は考え中よ」


 って、は?

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