第8話 パラドックス

 おかしい。


「? やけに驚いているわね」

「あ、ああ、まあな」


 だって、おかし過ぎる。


 俺が魔王を倒した魔法も、炎熱魔法フレアだった。

 それも、今の彼女が繰り出したものよりも、低威力の。


「なあ、ひとつ聞いておくけど」

「なに?」


「魔王って、君よりも強かったんだよな?」


「何を当たり前のことを。最強に最強を乗算した、超最強だったに決まってるじゃない!」


 腰に手をつき、自慢げに胸を張るラヴ。

 ちょっとファザコンの気があるな。


 にしても、娘より強い魔王が、娘の魔法より弱い魔法で死ぬ?


「さておき」


 不思議に感じていると、遮るようにして彼女が語りだす。


「お父様の話は、今度たーっくさん聞かせてあげるわ。

 話を戻すけど。魔法の技術は一般化しているから、今は魔法と武術、それから魔道具とかを組み合わせて戦うのがスタンダードって話なんだけど」


 ふむ、組み合わせ……か。


「あなたまさか、魔法以外はからっきしってわけじゃないわよね?」


「フッ。試してみるか?」


 30秒後。


「えぇぇぇ! よ、弱いっ……!?」


 目を見開き、驚愕しているのは豪然たる魔王令嬢ラヴ・ドラゴハート。

 そしてその視線の先で――


「……ふ、ふええ……」


 無様に地面に突っ伏す俺。


「からっきしどころじゃないわね。赤子でももうちょっとマシなんじゃないの!?」


 さすがにそこまでは無いと信じたいが、言い返せる状況に無い。

 見極めのために魔法なしで戦った結果、見事ワンパンで沈まされたのだ。


「……すまん、からっきしだわ」


 回復魔法で自らを癒しながら、絞り出した声で白状する。


「ってことは、お父様を魔法だけで倒したの? にわかには信じがたい話ね」


「俺も信じられない」


「でも、確かにお父様は亡くなったはずよ? あなたから匂う死臭が何よりの証だし。それに」


 言いながらラヴは、衣服のポケットから消し炭を取り出す。


「魔族の身体は死ぬと消し炭になる」


 消し炭を眺めるラヴの表情は、少しだけ悲しそうだった。


「……まあでも、ここであなたがお父様をどう倒したのかを確認するのは時間の無駄かしらね。

 出発前に最低限、武術の心得を叩き込んでおくわ」




 30分後。




「はあ……ちょっと……精神的に無理……休ませて……」


 仰向けに寝そべり、空を仰ぐズタボロの俺。


「拠点へ行くまでに、あなたが自分の身を守れるかどうかも危ういわね……」


 傍らには俺を呆れた目で見下す、ラヴ・ドラゴハート。


 文字通り武術の心得を叩き込まれては、回復魔法で回復、を繰り返し、超短期スパルタトレーニングに勤しんでいる最中だ。


「まあいいわ。私もちょっと気分転換してくるから、存分に寝そべっていなさい」


 良かった、少しは休ませてくれるらしい――


「ぐふっ!」


 と思ったら、去り際に蹴りを入れられた。


 彼女の心境を考えれば、ちょっとやさぐれるのも当然か。

 何とかすると言った手前、こうもみっともない姿を見られれば、信用されなくても無理はない。


 なんとか一目置かれるように努力しなければ……。


 そう思いつつ、重いまぶたに逆らえず、少しだけ目を閉じる。

 やはり疲れていたのだろうか。意識はすぐに遠のいた。




「……んん」


 気が付くと、頬にもちもちとやわらかい感触が。

 どうやら俺は眠っていたらしい。

 でも、枕なんてあったっけ?


「目が覚めたかしら?」


 目を開けると、二つの大きな山と、その向こうに女性の顔。

 誰かと思えば、転生前に出会った女神さまだ。

 赤髪の美しいロングヘア―に端正な顔つきは、絶世の美女と言っても過言じゃない。

 やわらかさの正体は、彼女の膝枕だった。


「女神様、どうしてここに?」

「はあ? 女神? 何を言っているの?」


 すると女神さまは眉をひそめ、俺のほっぺたをぺしぺしと叩いた。


「いたっ、痛い! いてーよ! って、ラヴか……」

「他の誰かなわけないでしょ」


 女神さまだと思っていた顔は、よく見るとラヴの顔だった。

 ちょっと似てるようだが、気のせいか。


「すまん、寝ぼけてたわ。でも、なんで膝枕……?」


 眺めは最高だけど。


「勘違いしないで。こうすれば情欲を煽れると思ってのことよ」


 冷たい目つきで言われた。

 すごい。発言はビッチなのに、ひとつもその手の感情がこもってない。


「好意や愛情でやってるわけじゃないから。その気がないならとっとと起きなさい」


 そう言って雑に俺の頭を地面に落とすと、膝についた埃を払った。

 情欲を煽りたいのなら、雰囲気が大事だということを学んでほしい。


「さて、ゆっくりしてる場合でもないし。そろそろ出発するわ――」


 そうして準備を整えようとしていると、


「誰か、助けてー!!」


 付近から少女の悲鳴が。

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