第52話 とある女神の祈願成就

「はああ~、良かった良かった、マジ安堵!」


 天界からこの世界を見守る作業も、やっと終わりらしい。


 下界からいったん目を離し、目元の涙を指で拭う。


「いっときはどうなることかと思ったわ……」


 本当にハラハラした。


 ん、私?

 私の名前はアイ・ドラゴハート。


 この世界における女神です。

 ちなみに生前はギグ・ドラゴハートの妻であり、ラヴ・ドラゴハートの母でした。


 びっくりした?

 魔族の嫁でも女神さまになれるんだよ~ん。


 ……まあ、実は私、元々人間なんだけどね。


 事の始まりは二百年以上前になるかしら。


 私はギグと出会って恋に落ちたの。

 彼ったらものすごく素敵な人なのよ?

 優し過ぎてとろけちゃうくらい!


 それから、私と彼は愛し合い――ラヴが生まれた。


 私に巻き角と翼が生えたような姿だったわ。

 もう最っ高に可愛かった!

 ずっと頬をすりすりしていたいくらいに。


 でも、私は彼らよりも先に死んでしまった。


 人間のみんなに「魔族は敵じゃない!」って伝えようとしたら、国家反逆罪で殺されてしまったのです。てへっ。


 するとね、未練を残したまま死んでいく私に、語りかける声が聞こえたの。


『女神となり、この世界を見守るか?』


 って。


 その声の正体は創世の賢者様。


 彼は魂だけになった今でも、概念として世界の調和を保とうとしているのよ。


 それ以来、私は女神としてこの世界を見守ってきた。


 魔族のみんなが虐げられている様子は見るに耐えなかったけれど……きっといつか、ギグや心優しい人間の誰かが何とかしてくれると思って我慢していたわ。


 我慢して我慢して我慢して……


 その日が来ることはなく、ギグの心は折れてしまった。


 彼が半ばやけになっていたから、私もやけになって異世界から相応しい青年を呼ぶことにしたの。


 そうしてやってきたのがニト君だったわ。


 世界への干渉は最終手段。賢者様の魂にわがままを言って、


 ひとくせある加護だったけれど、彼なら何とかしてくれると信じて送り出したのが数か月前の話。


「ここまで大変だったけれど、本当に良かったわ……」


 そして今、魔族と人間の新しい時代が始まろうとしている。


「でも、本当に彼は大丈夫なのかしら……?」


 今からはもっと大変なこともあるだろうと思う。


 この世界にわだかまる問題は、魔族と人間の関係だけではない。

 それが改善されたところでまだまだ問題は山積み。


「……ううん、きっと大丈夫よね」


 それでも私は彼らを信じようと思う。


 あれだけ大きな問題を解決できたのだから、なんとかやってくれるはずだわ。


「それにしてもギグ、ラヴが人間わたしとの子どもだってこと、いつ明かすのかしら?」


 ……まあそのうち打ち明けるのでしょう。


 彼なりの考えがあって、ずっと黙っていたのよね。

 だってそれを言ったら、魔族のみんなが……何よりもラヴ自身が悩みそうだったもの。


 今なら心配ないかもしれないけれど。


「あっ、そろそろ時間か……」


 賢者様の声がする。私はそろそろ、役割を終えるらしい。


 世界への干渉は一度きり。

 一度干渉をすれば女神は代替わりする。

 それが創世の賢者様との約束だったから。


「名残惜しいけれどさよならね」


 いつか彼らが天界に来たら、いろんな話を聞いてみたいわ。


 最後に――届くか分からないけれど、叫んでみよう。


「魔族のみんな! ギグ! そしてラヴ! ずぅぅぅっっっと愛しているわ―――っ!! 

 それから、ニト君!! よろしく頼むわよ―――っ!!」


 下界の彼らが、一瞬だけこちらを見たような気がした。


 それを最後に下界の景色が見えなくなっていく。


 ああ、どうかこの先も、彼らが健やかに生きていけますように……。


 私は祈り、ゆっくりと目を瞑った。

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