第28話 初めてのチュウ

 ラヴが放った強烈な魔法により、俺の身体は202号室の壁ごと外に吹き飛ばされた。


「ごほ、ごほっ」


 いつかと違ってとっさに受け身をとれたからいいものの……


「お、お前……今の、俺ごと吹き飛ばす気満々だっただろ……」


 今のは本当に助けるつもりで撃った魔法だろうか!?


 むしろ殺意すら感じたのだが。


「――最低」

「……ん?」


 見るやラヴは変化魔法を解き、本来の魔族としての姿になっている。


 全身から放たれるどす黒いオーラ。射貫くような紅い眼光。


 どう見ても……めちゃくちゃ怒ってる。


「な、なんでそんなに怒っているんだ……!?」

「そんなの……自分で考えなさいよこのくそ猿がああぁ―――ッ!!」


 言うや否やその手のひらに魔力を収束させ、再び炎熱系魔法――絶死獄炎デスフレアが放たれた。


 その魔法が向かうのは、


「うぇ!?」


 俺!?


「やべえ、逃げ――」


 とっさに動こうとしたが、酔いのせいで上手く動けず、


 ドオオオオオオオオオン!!!


 爆音とともに俺の身体は焼き尽くされた――


「……ん?」


 ――かと思ったが、俺の身体には衝撃が来ない。

 そのかわり前方に現れた人影に気付く。


「あらまあ魔王様。その人が例の想い人さんかしら?」


 風が吹き、薄い砂埃のベールが吹き飛んだ。


「クサバ―ル……あんたが勇者ルル・バーサークだったのか」


「うふふ、ご名答。魔族のお嬢さん? 悪いけど、魔王様の首は私だけのものよ」


 彼女はいつの間に着替えたのだろう? 身にまとうのは希少な素材でしか作れなさそうな、えらくごつい武装だ。


 両肩に竜の顔。紫の鱗が全身に散りばめられた鎧。


 極めつけは背中越しに柄をのぞかせる、異様な存在感を放つ大剣。あんなのでやられたらひとたまりもない……。


「そこのお猿さんがどうなろうとも知ったこっちゃないけど、あんたの好きなようにされるのは気に入らないわね……!!」


「あら? やきもちかしら。可愛いわねぇ。だったらちゃんと首輪でもつけとかないと。どうも、節操がないようだし……」


「! やっぱりあんたたちはヤったのね……!」


 ラヴのオーラが一段と黒さを増していく。


 っていうかちょっと待ってください? 僕たち何もヤってませんよ??


「……決めたッ……ニト、あなたをぶっ殺すわ!!」


「だめよ? 魔王様を殺すのは……わ・た・し♡」


 刹那、ラヴとルルの視線がぶつかり合い、火花を散らす。


「まずは変態勇者……あんたからボコす!」


 先に仕掛けたのはラヴ。


 跳躍して一目散にルルに突っ込む。魔力をまとった強烈な右の拳を放ったが――


「甘いわね!」


 手の甲で受け止められる。


「甘いのはあんたの方よ」

「!」


 ラヴは左手に魔力を収束させると、至近距離で魔法を繰り出した。


「……なかなかやるじゃないの? 魔族のお嬢さん」

「思ってもないくせに」


 隙をついた一撃だったにもかかわらず、ルルの身体には傷ひとつない。


 ……さておき、俺は自分の身の安全を確保しよう。


 思い立ってそろりそろりと歩き出そうとすると――


「なにこそっと逃げようとしてんのよ、このクソ猿!!」

「待ってよ魔王様~ん♡」


 ラヴとルルは互いを牽制し合いながら俺を追ってきた。


 二人の美女が俺を取り合い、争い合う……。

 

 これぞ、ハーレム!!


「……って、こんな命がけのハーレムがあってたまるか――――!!」


 俺は魔法で走力を強化し、全速力で逃げ出した。

 無論、彼女たちは追ってくる。


「邪魔よ、この淫乱勇者!!」

「男の子を盗られて怒ってるのね? 負け犬のお・じょ・う・さ・ま♡」

「んだぁれぇがぁ負けヒロインじゃ―――ッ!!!」


 二人は激しい罵り合いをしながらぶつかり合う。


 殴り合い、時には魔法を放ちながらも、逃げ惑う俺をしっかりと追ってきている。


 そのせいで町の建物の外壁にひびが入ったり、窓ガラスが割れまくったりと大変なことになっているのだが……


「この状況、マジでどうしよう」


 どう見ても修羅場。


 夜分で人通りがない分まだマシか?


 そんなことを考えていると、

 

「ニト様!」


 不意に建物の隙間から可憐な声がした。


 俺は呼ばれるがままに、路地裏へと身体を滑り込ませる。


 *


「ニト様、これはどういった状況なのでしょう?」


 そこに現れたのはリンだ。


「ラヴ様と……あれは勇者様ですか? 宿から吹き飛ばされたのは見ておりましたが……」


 物陰から見ていたらしいが、詳細な状況は掴めていないらしい。


「すまん、リン。この状況はかくかくしかじかでな――」


 俺はいきさつをかいつまんで語る。


「な、なるほど。つまり修羅場でございますね?」


 ひとまず納得してもらえた。リンが物わかりの良い子で助かったわ……。


「でもそれは、やはりニト様が悪いかもしれません」


「……そうだよな。リンとラヴが一生懸命な時に、情報収集のためとはいえ気を抜いて油断してしまった」


 結果、酒を飲み、相手の真の正体も知らずに襲われたのだ。


「すまない、リン。君の努力を台無しにするようなことをして」


 深々と頭を下げると――


「……そういうことでは無いと思うのですが……」

「え?」


 頭をあげてリンの顔を見ると、困った表情をしている。


「私めは何も怒っておりませんよ? それに、ラヴ様がお怒りになられているのはもっと別の理由かと思います……」


 別の理由?


「ま、まあ、とりあえず、誠心誠意謝ってみてはいかがでしょう?」


 *


「ラヴ!!」


 ルルと激戦中の彼女に声をかける。


「そこにいたのねお猿さん……!」


 振り向いた彼女の紅い目がぎらんと光る。こええええ!!


「魔王様~ん、隠れてないでこっちにきて戦ってよん♡」


 同時にルルもこちらに気付いた。


「あんたはちょっとすっこんでなさい、このクソビッチ!!」


 ラヴは渾身の蹴りをルルに見舞う。


 変態勇者の身体はすごい勢いで吹っ飛んで、やがて建物の外壁にぶつかり砂埃をあげた。


「なによお猿さん。この期に及んで何か言い訳でもあるの?」


 一応話は聞いてくれるようだ。


「ラヴ……すまなかった」


 そう言って俺は頭を深々と下げる。


「情報収集のつもりだったが、少しハメを外し過ぎてしまった。二人が一生懸命な時に遊ぶようなことをしてしまって……本当にすまない」


「……」


 ラヴはしばらく沈黙し、


「……そういうことじゃないわよ」

「?」


 次にその口から出たのはリンと同じ言葉。


「なんであの淫乱勇者は抱けて、私は抱けないのよっ!?」


 目にいっぱいの涙を浮かべて彼女は言った。


 ――って、は!?


「いや、抱いて……って、俺、ヤってないよ!?」


「ヤってたじゃない! 私、見たわよ? あの淫乱女があなたにまたがってアンアンと喘ぎ声を出してるところを!!」


「……」


 思い返せばあの状況、ラヴの立ち位置から見れば情事にしか見えなかったかもしれないが……


「勘違いさせてごめん。でも、本当にヤってないんだ。首を絞められて窒息死寸前だった」


「この期に及んで嘘つくわけ!? 潔く認めてくれたならまだ許すつもりだったけど……最低ね……!! ほら、ちゃんと首元にもキスのあとが――って、あれ?」


 彼女は俺の胸倉を掴むと、首元に目をやる。


「この赤いあとは……首を絞められたあと?」


 胸ぐらをつかむ手を緩め、彼女は俺を放す。


「そうだよ。隙を突かれいきなり押し倒されたんだ。


 あと、今の俺の気持ちも伝えておくべきだろう。


「それに、あの女勇者をキレイな人だとは思ったけれど……俺、今、ほ、他に、き、気になる人、いるっていうか……」


 俺はラヴを直視できずに目を離す。


「そ、そそそそそうなのね……!? ま、まあ、よく考えれば、全裸の私を前に種付けもできない意気地なしに、そんな度胸がある訳ないわね」


 ラヴもなぜか、紅潮した顔を手でぱたぱたとあおぎながら視線を逸らす。


「ともかく……ごめんなさい。私の早とちりだったわ」

「あ、ああ」


「とりあえず……これで許して」


 彼女はいうや否や、絹のような指先で俺のあごを掴み、引き寄せる。


「――!?」


 直後、柔らかい感触に俺の口元は塞がれた。

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