第27話 とある魔王令嬢の恋煩い 

 クエストを終え、ギルドの扉を出て帰路に就く。


「はぁ……」


 昨日はびっくりしたなあ。

 ニトがあんなに私のことを見てくれていたなんて。


「おつかれぃ! ラヴのねえちゃん」


 ふと、ともに働いたメンバーの声に振り向く。


「お疲れ様」


「なんだい浮かねえ顔して。悩みごとか? ちょっと一杯やってくか?」


 沢山の依頼をこなすうちに、ギルドメンバーや街の人とも仲良くなった。こうやって飲みに誘われたりするくらいには。


「……そうね」


 人間のことは人間に聞いた方が良いだろう。


「少し話を聞いてもらおうかしら」


 *


 屋台にて。


「そりゃあ、見てるだろうさ」


 酒を交わしながら昨日のできごと――ニトが私の彫像フィギュアを作っていたことを話した。


 ……もちろん、自分が魔族であることは伏せて。


「ラヴのねえちゃんはスタイルもいいしな」


 酔っているのか、相手の顔は少し赤い。


「あなたも、で私を見ているの?」


「いやあ、俺には女房も子どももいるからなあ。エロい身体してるなあってクエスト中にちょいと盗み見るくらいだよ」


 見てるんかい。


「でも、ねえちゃんの彫像フィギュアを、それもホンモノみてえに作っちまえるってのは、ただ見てるだけでできることじゃあねえと思うぜ」


 そう言って彼は更にジョッキをあおる。


「それこそ、愛情もって見てねえとできねえんじゃないかな」

「愛情」

「そうさ。ま~、要するに、」


 そこで言葉を区切り、にい、と笑う。


「アンタの身体だけじゃなくて、人となりやら何やらにひかれてるんじゃねえかな、そいつは」


 ニトが私を見てくれている。

 対して私は……。


「ねえちゃんもさあ、そいつの様子を見て何か思ったんじゃねえか?」


「え?」


 核心を突かれたようでどきりとする。


「一生懸命なヤツってのは、可愛いもんだよなあ」


「可愛い……?」


 可愛いと思っている?

 私が、ニトを。

 

 ふと、彼と出会ってからの日々を思い出す。


 自分が新しい魔王だと震える声で宣言した彼。

 何度叩きのめしても「強くなりたい」と立ち上がる彼。

 魔族のみんなと一緒に拠点を守ってくれた彼。

 必死にリンの命を救ってくれた彼。

 

 そして。


『ちゃんと気持ち良くなってもらえるように練習しようと……』


 昨日の彼の言葉を思い出して、急に顔が熱を帯びた。


「どうしたねえちゃん? 急に赤くなって。飲み過ぎか?」

「!? ……よ、酔ってなんていないわ!」


 魔族は酔わない!

 アルコールに対しても絶対的な耐性を持っているもの。


「まあでも、自分の気持ちに気付けた気がするわ。ありがとう」


 二人分の飲み代を渡してそそくさとその場を去る。


「お? おうよ……っておい! 俺の分はいいよ……って、行っちまったか」


 急いで帰ろう。

 それから、彼に伝えなきゃ。


 *


 夕闇に包まれていく街並みを抜け、宿屋へ。


「……?」


 異変を感じ、玄関前で立ち止まる。


「ラヴ様?」


 聞き慣れた可憐な声がして隣を向く。


「リン。あなたも今帰り?」

「はい。しかし、これは……」


 夜はすぐそこだというのに、宿屋の建物はある一室を除き明かりがついていない。

 じりじりと嫌な気配を感じ、その根源をたどるべく魔力探知を発動する。


「!!」


 全身に寒気が走った。


「どうされました?」


「――リン。待機」


「! ……はい」


 声音からただならぬ事態であることを悟ってか、リンが静かに返事を返す。


「ここでお二人を待っております」


 ――どうか、ご無事で。

 リンの祈りを背にエントランスへの扉を開いた。


 *


 ぎい、と不気味な音を立てる扉。

 慎重に開けると館内の闇が広がる。

 魔族の鋭敏な感覚を研ぎ澄ますと。


「……!」


 嗅覚が捉えたのは――さびた鉄の匂い。


 視界の端で宿屋の主人が血を流して倒れていた。


「う、うう……」


 意識はもうろうとしているが命に別状はない。

 新米魔王どっかのバカには引けを取るけど、回復魔法で応急処置を施す。


「何があったの?」


 うっすらと目を開ける宿屋の主人。


「……勇者だ……勇者を止めてくれ……」


 勇者?

 なぜ、勇者がここに……


 しかしそうなると危険だ。

 恐らくは明かりのついている一室――私とニトの部屋に、勇者がいる。

 もし、正体がバレたのだとしたら。


 ニトは勇者に殺されてしまうかもしれない。


「ニト……っ!」


 脚が急く。

 彼は私を知ろうとしてくれていたのに。

 私はどこか、彼を道具のように見ていた。


「……まだ、遅くない」


 考える前に走り出していた。


 もっと話したいことがある。


 足音が宿屋の狭い廊下に響き渡る。


「ニト、ニトっ……!!」


 階段を跳躍して二階に到達する。


 もっと聞きたいことがあるのに……


 後悔するような生き別れなんて……っ!


「もう絶対にいや……って――え?」


 勢いに任せて202号室の戸を蹴り破ると。


「んっ、んっ♡ もっと? もっと強く? ねえ、魔王様♡」


 仰向けのニトに、馬乗りになっている女。


「うっ……うっ……」


 漏れ出るニトのうめき声。

 ぎしぎしと揺れるベッド。

 夢中になって私に気付いてすらいない。


「ニト?」

「ラ……ラヴ」


 変化魔法も解けて、彼の元の姿になっている。


「何してんの?」

「見れば……わか……るだろ……」


 分かる。どう見ても情事だ。


「はやく……してくれ」


 なるほど、イきたいってことね。


絶死獄炎デスフレア


 気付けば私は出所不明のほとばしる感情と共に魔法を打ち放っていた。

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