第26話 密会

 夕陽の差し込む202号室でその時を待つ。

 が来たら教えてもらうよう宿屋の主人に伝えてある。


 ラヴは遅いだろうし、もしかすると今日もリンの部屋で寝るかもしれない。


「……あいつはこういうの、気にするだろうか?」


 ふと、ラヴの顔が脳裏をよぎる。


 ……いや、気にすることではあるまい。


 今日の目的はあくまでも情報収集だ。


 クサバ―ルとどうにかなりたいなどとは考えていない。


「? 俺はなんでそんなことを……?」


 ラヴとは結婚しているわけでもなければ恋人でもない。

 互いに独り身。他の異性と会おうが会うまいが、何の問題も無いはずだ。


 しかしなんだろう、この胸をチクチクと刺激する罪悪感は……。


 *


 しばし鏡の前で髪をいじっていると。


 コンコン


「……来たか」


 部屋に響いたノック音が来客を告げる。


 宿屋の主人がの到着を知らせに来たのだろう。

 

 しかし扉を開け、俺の目に飛び込んだのは――


「こんばんは」


 ハーフアップに結われた白銀の髪、青銀に澄んだ星の瞳。

 そこに立っていたのは神秘の魔王像作家――クサバ―ルその人だった。


 あれ? 宿屋の主人は?


「ごめんなさい、少し早いけれど、待ちきれなくて」


 疑問はさておき、目の前の美女に視線が釘づけとなる。


 昼間とは髪型も衣服も異なっている。


 雪のような白肌を露出する、ノースリーブの白いブラウス。第二ボタンまで外した襟元からは、胸の豊かさを感じさせる谷間がちらり。


 腰から下に目をやれば、大人っぽい黒のミニスカート。スリットから覗くすべすべの生足に、どうしようもなくそそられてしまう。


「準備してくれたのか……?」

「ええ。せっかくですもの、楽しまなくちゃ」


 な、何を……!?

 ナニを楽しむって言うんだい……!?


「ま、まあ、座ってよ」


 動揺をおさえ椅子へ誘導する。

 が、彼女が腰かけた場所は。


「……大きいですね。でも、一人で寝るには大きすぎるのではないかしら?」


 ベッドだった。

 玄関で立ち尽くす俺を見つめ、ぽんぽん、とシーツを叩く白銀の美女。


 青銀の瞳が、俺を誘っていた。


 *


 促されるまま隣に腰かけてしまった俺。

 隣を見つめれば美女の微笑みがあった。


「まずは乾杯しましょう?」


 手ぶらでは失礼だから、と彼女が持ってきた酒。


 白い指先がボトルを掴み、赤い液体がとくとくとグラスを満たしていく。


 クサバ―ルのグラスにも酒をついでやり、準備が整った。


「何に乾杯する?」

「じゃ、じゃあ、二人の出会いに――」


 ちん、と、グラスのぶつかる甲高い音。

 二人同時に一口目に口をつける。

 ……味はよく分かんねえけど。


「美味しいね」

「でしょう? さすが、美しいものを作る人は、お酒の味も分かるのね」

「はは、まあね」


 くそう、なんてほめ上手なお姉さんだ。


「トニーさん。私ね、目標にしていた人がいたの」


 艶めくくちびるからこぼれ出る言葉にハッとする。

 そうだ、あくまでも目的は情報収集。


 ここでしっかり打ち解けて、いろいろと教えてもらわなければ。


「目標か。どんな人だったんだい?」


「見た目はちょっとおじいちゃんって感じで、けっこう禍々しいオーラを放っていたわ」


 へえ、年上か。しかもちょっとダークな感じ?


「羊のような巻き角が頭に生えていてとってもキュートで。それからいつも、魔法使いが着るようなローブを着ていたわね」


「ふむふむ」


 な~んかそんなやつ、俺も見たことあるような気がするが……気のせいか。


「とっても強くて、憧れだった。あの人に勝てれば、私は誰にも負けない人間だと誇示できる。そう思って毎日追いかけたわ」


「うんうん。強い人って、憧れちゃうよねえ~」


 はあ、なんか頭が回んねえなあ。


「会う度に勝負を仕掛けて。会えない日は頭の中でシミュレーションして。あの人のことを考えない日は無かった」


「……愛していたんだね」

「……う、うんっ……大好き……だった……」


 青銀の瞳から大粒の涙がこぼれる。

 無意識に俺が返したひとことが、琴線に触れたのか?

 女子って、やっぱ意味わかんねー。


「大丈夫か~い?」

「……ええ。もう、大丈夫よ。……こうやって、あなたに出会えたのだから……」


 潤んだ星の瞳が、俺を優しくとらえる。

 うーん、きれいだなー。お星さまみて~だ!


「それにしても、なんでその大好きな人は居なくなったの~?」


 そう、そこがじゅーよー!


「……よくぞ聞いてくれたわ」


 彼女は涙を指先ではらい、再び言葉を紡いでいく。


「あと一歩だったのよ、あの人を超えるまで。でも、自分のこれまでの日々が終わってしまうのが怖くて。だからとどめを刺さないまま……見逃したの」


 へえ~。


 ……ん?


「でも、見逃した隙に誰かが彼の首を持っていった」


 刹那、青銀の瞳に射貫かれた……気がした。


「……そ~なんらね~!」


 なんかこの人、すごく重要なこと言ってる気がする!

 でも、気持ちいいからどうでもいいか~。


「うふふ。ごめんね、私の話ばっかりで。ところであなたは、どうして魔族の彫像フィギュアを?」


「うーん、お仕事らよ~? めっちゃ売れるんだ~」

「でも、それだけではないのでしょう?」

「……」


 俺は彫像フィギュアを作っているときの気持ちを思い出す。


「アイツの身体がどうなってる~、とか。こういう動きの時、こういう気持ちなのかなあ~、とか」


「うん」


「そういうの考えてると、胸の中が……こう……温かくなるんだ」


 普段は見向きもしない、自意識の底から湧き上がる感情。


「なんだろうな、この感覚」


 不思議な感覚だ。遠い昔に置き忘れたような。


「それは、愛ね」


 愛?


「あいつとはそれほど付き合いが長い訳でもないはずだが~?」

「ふふ。関係ないわ」


 そう言って彼女は、自らの胸に手を置く。


「愛は、自分の中にあるものだから」

「ふぅん……」


 よく分かんねえけど。


 俺がラヴのことを……もっと知りたいと思っているのは間違いない。


 もっと一緒に居たい。

 普段は強気な彼女がたまに見せる、素のままの表情をもっと見てみたい。


 なんだかんだで世話焼きなあの女の子を――


 俺は、どうしようもなく気に入ってしまっているのだ。


 だから。


「そーいうわけでおね~さん。君とは深い関係にはなれな」

「無駄話はこれくらいにして」


 ん?


 なんかおねーさんの口調、急に冷たくなったんらけど……。


「彫像を作るの、それだけが理由じゃないでしょ?」


 銀鈴の声が冷たく部屋に響く。


「魔族のイメージを良くするためとか?」


「……!」


 続けざまの言葉に背筋が凍りつき、わずかに酔いがさめる。


「だってあなた、魔王だものね」

「なっ……はっ……!?」


 気付いた時には馬乗りになられていた。


「今度こそ、私だけのものにするわ♡」


 白絹のような美しい手が俺の首元を掴む。


 見かけからは想像もつかない程の怪力……!


「うっ……ぐっ……」


 ヤバい……意識が……遠のく……。

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