第3話 魔王の娘
「はあッ、はあッ、はあッ……」
草木や泥で身体が汚れることを気にも留めぬまま、必死で走り抜けた。
見渡せば森の中。
ここまでくればさすがに大丈夫だろう。
付近に人の気配はしない。
さっきの奴ら、一体なんだっていうんだ?
村を上げたおもてなしってもしかしてあれのこと?
異世界だから、元居た世界と文化が違うのだろうけれど……。
ちょっとカルチャーショックすぎて死にそうになったわ。
まあ、多分、十中八九おもてなしじゃねーな、アレは。
「あ、この辺りは……」
気持ちが落ち着いてきたところで、辺りを見渡す。
なんとなく景色に見覚えがある。
俺が目を覚ました場所の近くだ。
「……ぅッ、ぅぅ…………ぅ……」
耳を澄ますと、聞こえるのは嗚咽を飲み込むような苦しそうな声。
声の方向に歩を進めると、俺が魔物を倒した開けた場所に出た。
「うぅッ、おと、お父様……ッ。なんで、なんでッ!!」
その中心には先ほど俺が倒した魔物(正確には魔王)の燃えカスを両手ですくい、膝をつき、泣きすがる女性の姿があった。
くりんとゆるいくせ毛の、ショートカットの赤い髪。
羊のようにねじれた二本の角。
背中に生えた一対の、悪魔のような黒い翼。
わざわざ説明されるまでもない。
まごうことなく――魔族だ。
「誰ッ!?」
俺の存在に気付いたのか、彼女は立ち上がりこちらをキッとにらみつけた。
黒を基調とした露出多めな衣服(ほぼ水着)が、幼げな顔立ちとは対照的にメリハリの効いた彼女の身体を、より際立たせている。
背丈は165cmくらいか。
それにしても――。
「あ、あの……初めて会った気がしませんね」
なんとなく見覚えがあったので、率直に思ったことを言ってみた。
「無言で人の身体をじろじろと見た上に……初対面の相手への言葉がそれ?」
「あっ、す、すいません」
彼女は自身の身体を抱きしめつつ、蔑むような目を向け俺を罵った。
美人から言われるキツイ言葉って、なんかこう、来るものがありますね……。
「魔力を隠す気も無く、堂々と魔族の……それも魔王の娘たる私、ラヴ・ドラゴハートの前に現れるだなんて……よほど自信がおありのようね」
ラヴ・ドラゴハートと彼女は名乗った。
「魔力? あー、いや。あはは、それほどでも」
「褒めてないのよ」
彼女はより苛立ちを露わにした。
「魔力制御も知らないで今までどうやって生きてきたのって言ってんの!」
魔力制御?
「すっとぼけちゃって。……まあいいわ。それよりも」
彼女はいよいよ本題と言った様子で凄んできた。
なにやら俺に近寄り、すんすんと匂いを嗅いでいる。
「体中から放たれている死の匂い。……お父様、いえ、魔王ギグ・ドラゴハートを殺したのは、あなた?」
やべー、やっぱりこの子、魔王の娘っぽいわ。
嘘言っても多分見抜かれるし、ここは開き直って正直に言おう。
「怒らないから正直に話して?」
ほら、こう言ってるし。
「いや、ごめん。その魔物……ってか、魔王? ……君のお父さん? なんだけどさ、俺が倒しちゃったんだ」
それを聞いた彼女の目線がより厳しいものになる。
「なぜ?」
「ちょっと事故というか。偶然っていうか」
「だから! なんで!? って、聞いているの!!」
「ひいっ!」
魔族の女の子は黒い翼を広げ、すごい剣幕で問うてきた。
怒らないって言ったじゃん!
「……魔法の実験がしたくて。試し打ちしようと思ったんだ。そしたらそこらへんを歩いていた魔物が、結果として君のお父さんだった、って感じで」
「攻撃も何もしてこない、敵意も感じない者を、試し打ちという理由だけで犠牲にしたというの?」
うっ。
「試し打ちなら木でも岩でも……他にも色々あったのではないかしら?」
うっ。
「極悪非道なことこの上ないわね。魔族もびっくりのとんだサイコパス野郎だわ」
彼女の言葉の端々には抑えきれない憎しみが滲み出ていた。
「でも、君たちは人間を脅かす存在じゃないのか?」
「……はい出ました、人間様の根拠のない言い分」
俺の問いかけに、彼女の表情は哀しい笑みに切り替わる。
「確かにその言い分を否定できないわ。否定できる根拠がないから。
でもね、魔族にも家族がいて、その命が不条理に奪われていくことに対して……思うことはないの? 人間さん。
それに、魔族が悪さしてるだなんて、どこの誰が言い出したことなの……?」
悲痛な言葉に対して、俺は――。
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