第4話 魔王特需

「向こうだー!」


「!?」


 ラヴの言葉に答えあぐねていると、後ろから野太い男の声がしたと同時に、地ならしのような無数の馬の足音が近づいてきた。


「やばい、隠れろ!」

「はっ!?」


 追手だと直感的に理解した俺は彼女の手をひき、無理やり草陰に連れ込む。


「……ちょっ、何すんのよ変態! ってアイツら」


 ラヴはやつらの正体を知っているようだ。


「……王国騎士団じゃないの」

「……知ってるのか?」

「……知ってるも何も、人間のお仲間でしょ?」


 言われてみればそのはずだった。

 なぜ俺はふっとばされたのか?

 それが分からないまま逃げてきて今に至る。


「知り合いでも何でもないんだが……」


 ともかくこの場をやり過ごそう。

 しばらく草陰から様子をうかがう。


「確かにこっちで良いのだな?」


 鞭を持った恰幅の良い兵士が部下に聞いた。


「はい、間違いありません」

「一刻も早くヤツを見つけ出し、処分するぞ」


 恰幅の良い兵士は苛立たしげだ。

 ヤツとは恐らく俺のことだろう。


「騎士団長。なぜ勇者を殺さなければならないのです?」

「おっと。そういやお前は新入りだったな」


 騎士団長と呼ばれた恰幅の良い男は、持っていた鞭を質問してきた若い兵士に打ち付けた。

 兵士の短い悲鳴が上がる。


「そんなことも分からないのか、この豚め!」

「ぶ、ぶひー!」

「もっと鳴けよ、おらッ、おらッ」


 そう言って騎士団長は何発もの鞭を浴びせた。


「ぶひー、もっと、もっとください……」

「もっとくださいぶひー、だろうが!」

「も、もっとくださいぶひー!」


 何この茶番……。

 俺を吹き飛ばしたやつらってこんな連中なんだ。

 つーかこんなのが王国騎士団なのかよ。


「お仕置きも済んだから直々に教えてやる」

「あ、ありがたき光栄……」

「まず、『魔王特需』という言葉は知っているだろう?」


 魔王特需?


「はい。魔王出現によって生まれる特別な需要です」


「よろしい。この国はかれこれ四百年もの間、『魔王特需』の恩恵を受けている」


 つまり、魔王が現れた頃からずっと好景気、ということか?


「武器開発、武術教室、魔法教室、エトセトラ、エトセトラ。魔王並びに魔王軍討伐に向けて様々な産業が一気に活発化した結果、この国はかつて類を見ない経済成長を遂げた」


 魔王退治のために色んな仕事が盛んになったってことだな。


「それが突然、魔王が死んでしまってはどうなる?」

「ええと、経済成長が止まります」

「そうだ!」


 言うや否や騎士団長は再度、鞭を部下に放った。

 ぶひッ、という悲鳴が短く響く。


「しかし、そうなると国は困るのだ。

 既にここ最近、魔族どもがおとなしいせいで経済が停滞しつつある。職にあぶれた勇者くずれどもが犯罪に手を出すといった事案も国中で散見される」


 ふむ、限定的であるはずだった魔王特需に慣れきったこの国は、魔王なしではやっていけないということか……。


 話が見えてきた。


「つまり、魔王が急に死んだらしくて困っているのだ。そうすると、何をすれば好景気を維持できる?」


「はい。魔王の死を隠ぺいし、生きているように見せ続ければ好景気を維持できます」

「その通り。100点である」


 騎士団長は満足気に腕を組み、げふん、と笑った。


「今、魔王に死なれるのも、魔族がいなくなるのも損失なのだ。

 魔王はこの国の経済成長の、一番の立役者なのだから」


 げふん、げふん、と妙な笑い方をしながら続ける。


「魔王を倒したなどと”吹聴ふいちょう”する輩も、混乱を招く原因となる。魔王結界が消えた原因は、後から適当にでっち上げることにして」


 そう言って手にしている鞭を引っ張ると、パチン! という音が森に響いた。


「まずは魔王を倒したなどとのたまう、どこの馬の骨とも知らない勇者もどきを殺さなければならんのだ」


 それで俺を追っかけてきた訳だな。

 それにしても、魔王が死ぬ前から魔族はおとなしくなったって言ってたな。


「なあ、魔王の娘さん。……ってあれ?」


 質問しようとしたところ、気づけば隣に彼女の姿は無かった。


「よくも人の家族を道具みたいに……!!」


 あっ、あの魔族っ娘、いつの間にか奴らの前に跳び出してやがる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る