第5話 降臨

「おやおや、これは魔族の娘よ。魔王を探しに来たのか? 魔王ならついさっき、死んだとうわさされているが?」


 耐えかねる様子のラヴに、騎士団長は挑発を飛ばす。


「死んだわよ。私のお父様なら」


 怒り心頭の彼女は眉根を寄せ、相手をにらみつけた。


「ところで……あなたたちのせいで、何人の同胞が死んだか知っているかしら?」


「知らんよ。同じことをコチラが聞きたいところだね」


「何を白々しく……全部、あなたたちの自作自演でしょう?」


「自作自演? なんのことだ?」


「とぼけないで!」


 どうっ、と黒いオーラがラヴから放たれた。


「私たち魔族は、人間を殺さない!」


「はあ? それだけ凶悪なオーラを放っておいて、何を言っている」


 騎士団長の言う通り、ラヴの放つオーラは、少し離れた場所にいる俺の肌をひりつかせるほどのものだ。

 しかし、ラヴの言葉も嘘ではなさそうだが……。


「私たちは自衛したまでよ。勝手にやられたふりして、関係ない事故を魔族のせいにして……私たちを敵として仕立て上げたのはアナタたちでしょう!?」


「はは~、これはこれは。魔王の御息女様は、たくましい想像力をお持ちですなあ~」


 挑発的な笑みを崩さない騎士団長。

 対して、ラヴから放たれるオーラが、一段と強さを増した。


「どれだけの家族が残され、飢え死にし、寂しい思いをしていると思っているの……!?」


「いやいやいや。だって、魔族は害虫ぞい? 死んでとーぜんでしょう」


 騎士団長の言葉が放たれた途端、森に静寂が降りる。

 刹那、無数の鳥たちが森中から騒々しく空に飛び立っていく。

 動物たちが慌ただしく離れていく足音がした。


 まるで災害が起こる前兆のような、異様な現象だ。


「この……下等生物どもがあああああああッ!!!!」


 激昂の声を上げる魔王令嬢。

 周囲には重苦しい空気が満ち、王国騎士団の誰もが身をすくめ、畏怖している。

 彼女が放つ覇気が、肌にぴりぴりと伝わってくる。


 悲しみ、怒り、絶望。

 それらのネガティブな想いが、言葉も無く心に入り込んでくる。


「くっくっく……」


 その中で騎士団長だけが、焦りの中に何かを企てているような表情を浮かべていた。


 ――そうか、ヤツは狙っているんだ。

 魔王亡き今、人類の新しい敵が必要。


 ラヴを焚きつけて人を殺めさせれば、魔王に変わる新しい敵となり、『魔王特需』は終わらない。


 でも、それは彼女の望むことじゃないはずだ。



 畜生! 俺が魔王を倒したばっかりに彼女を追い込んでしまっている。


 魔王を倒した勇者としてちやほやされるどころか、大罪人として追われ、そのうえ魔族からも人間からも忌み嫌われる……。世界を混乱におとしいれてしまう。


 そんなのは俺の望んだ異世界生活ではない。


 何かないのか?


 この状況を打破できて、なおかつ、無双できて、ちやほやされて、ハーレムできる、そんな……ちゃんと異世界できる方法が。


 ……そうだ、あるじゃないか!


 チートスキルはある。

 何ができるかとか、この世界がどうとか。

 分からないことは沢山あるが……。


 ひとまず、これで行くしかねえ!


 腹を括った俺は、勢いよく草陰を跳び出すと、殺気を放つラヴを背にして立ちはだかった。


「……は? ちょっと」


 ラヴの声を背中に受けつつ、なおも前へ出ようとする彼女を片手で制す。

 目線は前――王国騎士団へ向けて。


「おや、貴様は勇者もどき。探す手間が省けたぞ」


 ニタニタと嗤う騎士団長。

 余裕の相手に対して、俺は。


「勇者ではない」


 ひとつ、言い放つ。


「俺が、魔王だ」

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