第43話 聖戦

 グオオオオオ!!


 王宮入り口に降り立つと同時、飛竜が威嚇の咆哮を上げる。


「ひ、飛竜だ!」

「マジの魔族たち……今からあんな奴らと戦うってのかよ?」


 俺たちの登場におののく兵士たち。

 上から見ていた時とはずいぶん印象が違う。


「王宮の皆さん、ラヴ様を……私たちの仲間を返してください!」


 リンの可憐な声が澄み切った夜空に響く。


「なぜラヴ様をさらったのですか? 私たちは何も悪いことはしていません! これまでだってそうです。一方的に悪者に仕立て上げられて、虐げられてきました!」


 悲痛な叫びに積年の悲しみが滲む。

 しかし兵士たちから返る言葉は無い。


「ずいぶんとお早いご到着だな? 魔王様」


 代わりに響いたのは聞き覚えのある声。

 隊列を組む無数の兵士たちのはるか後方、王宮入口の大きな扉の前からだった。


「てめえ……」


 俺は険しい目つきを作り、そこをにらみつける。

 声の主は先刻襲ってきた相手。


「申し遅れましたが、我が名はセブルス・ギウス。国王の一番の臣下でございます。以後お見知りおきを」


 そう言って敵――セブルスは、仰々しく一礼した。


「なぜラヴをさらった? 交渉の材料にでもするつもりか?」


「ほほう。その聞き方は、まだ交渉の余地もあるということでよろしいのかな?」


「……言ってみろ」


 ニタリとセブルスの目が半月を描く。


「単刀直入に言う。魔族の皆様にはこれまで通り悪役でいて欲しいのだが……どうかな?


 世間は今、魔族たちが実は悪者ではないと。我ら人間に友好的であるといったで持ちきりになっている。


 更には王宮側の陰謀で魔族は虐げられてきただのというまで蔓延中だ」

 

 芝居がかった話し方で敵は言う。

 何が、だ。全部真実だろ!


「あなた方魔族がそれらを否定し、我ら人間たちの侵略者であると宣言してくれるのなら。

 ……そんなを世間に知らしめて良いのなら、この娘は返そう」


 言葉と同時に入り口の扉が開く。そこには――


「ラヴ様! 十字架にはりつけなんて、酷い……」


「いたるところにくさびが……なんてことを」


 大事な姫の痛々しい姿に目を見開く魔族の精鋭たち。誰もが険しい表情をしている。


「どうだろうか、交渉は――」


「却下だ」


 冷たく言い放つのは俺。


と築き上げてきたものも、皆も守る。

 逆に、あんたら王宮に今までの悪事を洗いざらい認めさせてやる!」


 俺の言葉を皮切りに、魔族の精鋭たちが身構える。


「ハハッ! やはり侵略者の方々は好戦的なようだ……お前ら!」


 セブルスが声を荒げると兵士たちの肩が跳ねた。


「人間の平和を脅かす害虫どもを駆除せよ。一歩でも引いたやつは敵前逃亡罪で死刑だ。いいな!?」


「「「はッ!!」」」

 

 恐怖で操られた軍勢が威勢の良い返事を返す。


「全軍、攻撃!」


 かくして最終決戦の火蓋は切られた。


「~♪」


 迫りくる兵士たちに対し、最初に動いたのはリン。

 彼女が透き通る歌声を響かせると、精鋭たちの身体は光を放った。


 不敗の戦士の唄。


 リンが磨いた歌声は、味方を鼓舞し、強力なバフをかけるスキルとなっている。

 その効果は上級な強化魔法に勝るとも劣らない。


「人間ども~、くれぐれも死ぬんじゃね~ぞ!」


 強化された拳を振るい、兵士たちの鎧を砕いていくライラック。


「貴様らに戦意の無いことは重々承知。しばし――眠れ」


 ひゅッ


 一陣の風のようにガリウスが駆けると、兵士たちは剣をへし折られ、崩れ落ちるようにして気絶した。


「ひ、ひいい……!」


 アルがそのたくましい体躯ですごむと、その気迫に逃げ出す兵士の姿もあった。

 その様子が――


「おい、」


 セブルスの目に留まってしまう。


「貴様。今、退いたな?」


 問いに対しての返事を待たず、セブルスは兵士の鼻を引きちぎった。


「あああああああああッ!!」


 もげた鼻から血しぶきを上げ、兵士がのたうち回る。


「味方の兵を!? とことん愚かだな……ッ!!」


 怒りで爆発しそうなアルギルド。赤いオーラが全身から放たれる。


「貴様ら! このようになりたくなければ立ち向かえ」


 セブルスが足元の兵士を蹴り跳ばすと、血をまき散らしながらゴロゴロと転がり、兵士たちの前で止まった。


「うわ……」

「ひいい!」


 流血で真っ赤に染まった苦悶の表情が、アルギルドから逃げようとしていた兵士たちを再びその場に留まらせる。


「騎士団長よ。後はお前に任せる」

「はっ、はひっ」


 セブルスはひときわ恰幅の良い兵士に声をかけ、十字架ごとアイツをかつぎ玄関扉の向こうに消えた。


「ラヴッ!」


 追おうとする俺の前に――


「てやあッ!」「ええい!」「たああ!」


 兵士たちの剣が束になって迫る。が、


 キイン!


「なッ!?」

「我らの剣を手刀ひとつで止めた、だとっ!?」


 眼前にたなびくのは深紅の外套。

 は片手で複数の相手からの剣を受け止め、弾き飛ばす。


「助かったよ、エル。まだ余裕か?」

「……」


 俺の問いかけに何も返さない。まったく、演技派なやつだ。


「ニト殿、エル殿! 先へお進みください!」

「ここは俺たちに任せろ~!」


 仲間たちの声が背中を押す。


「……悪いな、みんな」


 俺たちはセブルスを追い、玄関扉の先へ進んだ。

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