第31話 覚醒

「ニト、様……?」


 私をかばうようにして立ちはだかるニト様。

 後ろから見えるりりしい横顔に、どきりとしてしまいます。


「魔王様、やっと二人っきりで相手してくれるのね♡」


 ルルさんは恍惚とした表情。

 ニト様と戦えるのがよっぽどうれしいようです。


「今度こそアナタの首は私が貰うわ。そして魔王討伐の称号も、最強の称号も、永遠に私だけのもの……!」


 巨大な剣の刀身をぎらつかせ、白銀の勇者が構えます。

 対して、ニト様は。


「え!?」


 拳闘士の構えファイティングポーズ……!?

 どうやら素手で戦うおつもりのようです。


「ニト様、いくら何でもご無理がありませんか?」

「……」


 呼びかけても何も答えてくれません。


「!」


 代わりに、全身から異様なオーラを放たれました。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 赤黒いニト様のオーラが、大気を震わせています。

 そのお姿はまるで神話に出てくる闘神です!


「やっと本気を出してくれるのねぇ……♡

 私たちだけのアツい夜を……始めましょうッ!♡」


 興奮に身を任せるがごとく、斬りかかってきたルルさんの大剣を――


 がきん!


 ニト様は指先ひとつで受け止めました。


「なッ……!? 『竜王の牙大剣』の一撃を……!?」


 青銀の瞳が動揺でふるえています。あり得ない、と言わんばかりの表情です。

 ニト様は涼しい顔で剣を払いのけ、ルルさんの腹部に拳を打ち込みました。


 紫の鎧を纏う彼女の身体が、すごい勢いで吹き飛んでいきます!


「が……はあッ!」


 時計塔の根元にぶつかり、どごん! という派手な音を立ててやっと止まりました。


「いいわ……♡ 熱いの……中に入ってきた……♡」


 それでもなお、ゆらり、と立ち上がるルルさん。

 腹部の鎧が砕け、お腹を防ぐものはありません。


 今のニト様の一撃も信じられませんが、それを受けて立ち上がれるのもよくわかりません!

 ましてや興奮しているだなんて……。


 勇者や魔王様って、変態さんなのでしょうか?


「もっと! 強く! シて♡」


 すぐさま大剣を握り直し、ニト様に連続攻撃を仕掛けていくルルさん。

 あれだけ巨大で重厚な剣を軽々と振り回しています。


 それも、目にも留まらぬ高速で。


 ――ですが、一撃も当たっていません。


「さっきまではッ、ぜんぜんッ、力を出していなかったのねッ!」


 拳闘士のように軽やかな身のこなしで、右へ左へ軽やかにかわすニト様。

 かと思えば。


 キィン


「――!」


 左手で剣を受け止め、硬質化した右の拳を刀身に打ち付けました。

 大剣にひびが入り、砕け散ります。


 体の一部だけの硬質化魔法……?


 そんなの、見たことも聞いたこともありません……!


「あっ、ああん……♡ しゅごい……♡」


 自分の武器を失ったというのに、一段と興奮を高めた様子のルルさん。

 ……なんでしょう、ああいう反応ばっかりしていて、誰かに叱られないか心配になります。


「……」


 ドドドドドドドドド


 ルルさんの変態的な反応は意に介すことなく、ニト様が放った無数の拳。

 そのすべてがヒットしました。


「がはっ♡」


 紫の鎧が砕け散り、今や白銀の勇者の身を包むのは黒いタイツだけ。

 あらわになった凹凸が激しい身体のライン。

 ちょっとだけうらやましくなってしまいます……。


「はあっ、はあっ……。こんなに熱くなるの、久しぶりっ♡」


 激しく息を切らすルルさん。

 紅潮した頬っぺたととろんとした青銀の瞳は、まるで事後のようです。


「まだ……欲しいのっ……♡

 ねえ、私のホントの姿……見て?♡」


 言うや否や、彼女の姿に巨大な銀竜の影が重なります。

 まばゆい光と共に彼女はその姿かたちを変え――

 一対のツノと銀の両翼を生やした、竜人のような姿になりました。


 青銀の瞳の中に、獰猛な竜のごとき細長い瞳孔が浮かびます。


「さあ、二回戦と行きましょう♡」


 ルルさんは口を大きく開くと、光線を吐き出しました。


「……!」


 無言で受け止めるニト様。

 はじかれた光線の一部が付近の建物を壊してしまいます。


「ああっ♡ 沢山出せて気持ちいい♡」


 ほっぺを両手で挟み、うねうねと身体をくねらせるルルさんもとい変態勇者さん。

 前魔王様は、あんな人にしょっちゅう狙われていたのでしょうか……。


「……」


 ルルさんを見て、何か思い立ったような表情を浮かべたニト様は――


「なっ!?」


 一目散に街のはずれに走り出していきました!


「えっ!? ちょっ、ちょっと待ってッ……!? まだ途中じゃない!

 ちゃんと最後までヤって! 私だけの魔王様~♡♡♡」


 たまらず追いかけていく変態勇者さん。


 あの二人が向かった方角は――迷いの森?


 あそこは、この町の名前――ラビリエルの由来にもなった森です。

 街の人曰く、立ち入った者は誰一人として帰ってこないとのこと。


 前魔王様もおっしゃっていました。


『私ですらあの森には近寄らない』


 と。


「ニト様……」


 恐らく勇者と共に森へ入り込み、道連れにするおつもりなのでしょう。


 しかし……街を、人を、私たちを守るための策だったとしても。

 あなたが帰ってこないのであれば、私たち魔族はこれからどうすれば――


「終わったかしら?」


 聞き慣れた愛おしい主の声に振り向くと。


「ラヴ様! と……ええ!? ニト様!?」


 くたびれたニト様を肩にかつぐラヴ様が立っていました。

 どういうことでしょう……?

 ニト様は迷いの森へ向かったはずでは??


「よお……リン……。ありがとうなあ……」


 絞り出すような声でニト様がひとこと。

 先ほどまでの凛々しいお顔はどこへやら。

 いつも以上のへなへな顔になっておられますが……。

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