第45話 とある勇者の恋心♡

「はあっ……はあっ……魔王様ったら……元気いっぱいね♡」


 ここはラビリエルのはずれにある迷いの森。

 街で魔王様と出会ってから数か月。私は彼と延々と戦っている。


「前よりも元気になっている……いいわ……お姉さんのもっと教えてあげる♡」


「……」


 この魔王様は物静かだが、決して負けてくれない。

 それどころか、私が力を強めていくのに合わせて彼も強くなっている。


 ――これぞ、求めていた相手!


「あっ、アツいの……来ちゃったああああ♡」


 私は身体の奥からたぎる熱エネルギーをそのまま吐き出した。

 それは光球となり森の木々をなぎ倒しながら長距離射程ロングレンジにいる魔王様に迫る。


「……」


 彼はそれを片手ではじく。進行方向を変えられた光球は遠くに飛んで行った。


 ドオオオン!!


 どこか適当な場所で爆発したらしい。爆音とともに高々ときのこ雲が上がる。


「まだ……足りないというの? ……いいわ♡」


 直接攻撃を叩き込むべく、長距離射程ロングレンジから至近距離射程クロスレンジまで一気に詰め寄る。


 生きている実感が止まらない。


 私はずっと、こんな日々が続いて欲しいと思っていたのかもしれない。


 ***


 思えば昔は酷い生活だった。

 路地裏で残飯を漁り毎日を生きる浮浪児。

 それが、私だった。


「おい、そこのガキ!」


 いつものようにゴミを漁っていると男どもの声が。


「お、けっこうな美人じゃね?」

「成長したら高値で売れるかもな。――よし君、お兄ちゃんたちとイイ所行こうか?」


 どうやら人さらいらしい。

 年端もいかない子どもをさらって人身売買に出す。

 そういったくずの多い街だった。


「そんな風ににらむなよ、お嬢ちゃん?」


「そうだぜ。そういう目で大人を見たらどうなるか、ちゃあんと教えてあげな痛たたたたああああっ!?」


 私は身体をさわろうとしてくる輩の指を食いちぎった。


「う、うわああああ、このガキ、化物だ!」


「俺の指がああ……!」


 彼らは私が怖かったのか、泣き喚きながら立ち去った。


「……?」


 逃げていく彼らを見て、私は胸の中に不思議な感覚を味わう。

 後にそれを快感と呼ぶのだと知った。


 *


 それから数年。


「ひいい……もう許してください!」


「もう終わりなの? つまらないわね……」


 食べ散らかすように街の荒くれどもを蹂躙し続け数年。

 力を誇示することの味を占め、私をさらおうとする輩も居なくなったころ。

 街の人たちは名も無き私をこう呼んだ。


 バーサーク、と。


 狂戦士という意味らしい。

 まるで狂ったように力をふるうさまが由来なのだとか。


「なにが、おかしいんだろ……」


 私にはわからない。

 普通も、異常も、教えてくれる人はいない。

 ただ、暴力をふるうと気持ちが良いということだけは知っている。


「お嬢さん」


 荒くれどもの突っ伏せる路上でもの思いにふけっていると、優しげな声が聞こえた。


「バーサークとは君のことかね?」


 振り向くと見慣れないタイプの顔が目に入る。


 魔法使いのようなローブに、二本のツノ。

 禍々しいそのオーラはとても強そう。


 久しぶりに楽しませてくれそうな相手に、私は嬉々として飛び掛かった。


「ふふふ、元気がいいお嬢さんだ」


 しかし私はその人に指先で止められる。

 それから、ぺしっ! ……とおでこにデコピンを喰らった。


「……えっ?」


 同時に私の身体は後方に飛ばされた。


「なんで……ッ?」


「バーサーク、なんて名前は物騒じゃ。……うん、ルルって名前はどうじゃろうか?」


「は?」


 何この人。勝手に名付け親になろうとしている。


「名前なんてどうでもいい。あなた今、どうやって私の身体を吹き飛ばしたの?」


「どうやって? ……ふふ。君は本当の強さを知らないのじゃな」


 訳が分からない。


「なに、本当の強さって」


「それは自分で見つけてみよう」


 ふざけるな。

 私は、強いんだ。


「……見つける必要なんて無いわ。あなたを倒せば強さの証明になるッ!」


 そう言って威勢よく殴りかかったが――


「あれっ?」


 私の拳はスカっと空を切る。


「またの、お嬢ちゃん」


 その声だけを残して魔族は消えた。


 それが前魔王ギグ・ドラゴハートとの出会いだった。


 ***


 月日は流れ、数か月前。

 私は勇者と呼ばれるようになり、魔王と激闘を繰り広げる日々。

 そして――


「やっと、あなたを殺せるのね……♡」


 ついにあと一撃のところまで追い詰めた。 


「大きくなったのうお嬢ちゃん。

 いや、こう呼ぶべきか。勇者ルル・バーサーク」


 魔王は死の間際だというのに感慨深そうな顔をしている。


「ずっとあなただけを見てきたわ」


「ふふ。モテる男は辛いのお」


 彼は笑ったが、私としては軽口のつもりではない。

 ずっと自分が一番だと証明したくて、彼を倒すことだけを目標としていたから。


 魔王を追い詰めるたびになぜか王国騎士団が邪魔してきたが、今回はその心配も要らない。問答無用で行動不能にしておいた。


「言い残すことは無いの?」


「無い。もう、充分じゃ」


 彼が浮かべたのは、苦しみから解放されたかのような、清々しい顔。


「……」


 なんだろう、この感覚は。

 やっと最強の称号を得られるというのに、何か物足りない。


「どうしたのじゃ? 殺さないのか? ……おい、どこへ行く。おい……おい!」


 私は立ち去った。

 考えてしまったのだ。


 彼を倒してしまったら、私の人生はそこで終わりなのではないか、と。


 ***


 しかし待っていたのは激しい後悔。

 私が見逃した魔王は、他の誰かによって殺されてしまったらしい。


「でも、こうやってあなたと出会えた」


 目の前の新魔王ニト・ドラゴハートを前につぶやく。

 彼は今、前方に防御魔法を張っている。


「今度は……もう後悔なんてしない!!」


 生半可に後悔し続けるのなら、私もろともこの日々を終わらせる。

 入れば出れない迷いの森。

 誰にも邪魔されずに人生を捧げた相手と死ねるなら、これほど美しい結末は無いだろう。


「はあああああッ!!」


 拳の連打を叩き込み、防御壁を削った。

 私の攻撃に耐えきれなかった防御壁にひびが広がる。


「これでッ……終わりよ!!」


 最後の拳を振り上げたその時。


「ッ!?」


 ニト・ドラゴハートの身体は灰になって散った。 

 にもかかわらず遠くに膨大な魔力を感じる。


「……まだ、生きている?」


 これは、魔力が主の元へ還った……?


「私が戦っていたのは人形ゴーレムだったのね!」


 してやられた。

 悔しさと共に湧き上がったのは――興奮。


「待っていなさい、愛おしい人!」


 私は両翼を広げ、飛んだ。


「迷いの森? 私の愛に……迷いなんて無い!」


 あの人の魔力を感じる場所へ飛べばいい。

 景色が森から荒野に変わる。

 どうやら抜け出せたらしい。


「魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様~♡」


 あの人の元へ一目散に飛んでいくと、気付けば壁にぶつかった。


「ああんっ、硬い♡」


 よく見ると王宮の壁だった。

 オリハルコン製の壁だったが――


「私の愛に勝る鉱物など無いわ♡」

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