part Kon 12/24 pm 3:27



 

「生徒証 ありがとうございます」

 


 生徒証をしまいながら クリスマスコンサートの場所を聞くと 初老の守衛さんが 丁寧に教えてくれる。



「……この道を 道なりに進んでいただいくと 正面に中庭が見えると思います。中庭の左手にある レンガ造りの建物が 会場になります。お気をつけてどうぞ…」

 

 

 噂に聞く 聖心館に初めてやってきた。

 綺麗な紅葉と華やかな女子学生で有名な 聖心館前の坂道 通称『錦坂』。

 紅葉はもちろん散っちゃってるけど 一昨日の雪が まだ残り 幻想的な光景。

 

 女子学生の方は もう 冬休みに入ってるせいか 一人も見かけない。

 坂の上にある聖心女子大の学生さんらしいお姉さん3人と 一緒にバスを降りたけど 先を急ぐあたしは 雪道を小走りに駆け上がってきた。


 赤レンガの壁沿いに坂道を上がると そこが正門。

 入り口には 立派な守衛さんの詰所があって 入ろうとすると呼び止められる。


 聖歌隊のクリスマスコンサートのチケットと身分証明書 代わりに生徒証を見せる。

 言葉遣いも物腰もすごく丁寧なんだけど やっぱ ちゃんとしてるなぁ…って印象。

 ウチの高校なんて 守衛さんなんていないし 通用門は開きっぱなし。

 さすが 名門女子校。

 


 校舎の建物も レンガ造りだったり タイル張りだったり 上品な感じで コンクリート打ちっぱなしの ウチの高校とは ぜんぜん 雰囲気が違う…。


 練習試合 終わって 即 市バスに跳び乗ってきた。

 例によって部活ジャージにジャンパー そして部活バックのあたし…。

 ……アウェー感が ハンパない。


 でもな。

 着替えてたら コンサート終わっちゃうし。


 中庭への道も 小走りで急ぐ。


 芝生の中庭にも雪が残り その向こうにレンガ造りの教会みたいな建物が見える。

 入り口の前には ブラックボードにカワイイ女の子のイラストと『Seishin Choir's X'mas concert 入場無料』の文字。


 亜樹の字だ。


 あそこに 間違いない。



 


「ありがとうございます。今なら 曲の合間なので 入れますよ」


 

 扉のところに立っている 黒髪 眼鏡のお姉さんにチケットを見せると そう教えてくれる。

 制服着てないし 高校生じゃないよね…。

 もしかして 先生なのかな?

 それにしては 若すぎる感じ。


 

 重い木製の扉を 少しだけ 開き 身体を滑りこませる。




「……次の曲は Amazing Grace です。大変 有名な曲なので ご存知の方も多いかと 思います。ドラマの主題歌などになって 日本でもよく知られていますが 実は イギリス発祥の讃美歌……」



 チケットには 聖心館女子学園 中高等部 講堂ってなってたけど 中は 完全に教会。

 

 ……いや。

 キリスト教の教会って来たことないから TVで見たイメージ通りって意味だけど。


 木製のベンチがたくさん並んでて 正面には 大きな十字架とマリア様の像。

 その前の一段高くなった所に 聖心の制服を着た女の子達が並んで立っている。

 左端で ライトを 浴びながら マイクを持っているのが 亜樹。



「……Amazing Grace というのは 神の恩寵という意味で 悲惨な境遇にいた自分を 見つけてくださり 恐れを取り去って下さった感謝を歌った曲です。今回 聖歌隊では 独唱と合唱を組み合わせたアレンジで 練習してきました。後半の声の重なっていく部分に注意して 聴いていただけると嬉しいです」




 講堂の大きさは小学校の体育館ぐらいかな?

 お客さんは満員ってことは ないけど 前の方の席は 中高生くらいの女の子達や お父さん お母さんっぽい大人で いっぱい。

 私服の子が ほとんだから さっきのお姉さんも 聖心の子なのかも…。

 スゴい大人っぽかったけど。

 

 真ん中 ちょい後ろぐらいの席に座る。

 ちょっと 舞台からは 離れてるけど 亜樹の表情がよくわかる。


 その亜樹が あたしの方を見て あたしの眼を見て言った。



「私を 見つけてくださった方への… 感謝を込めて歌います」



 今 絶対 あたしに言った。

 それは 確信。

 

 

 亜樹は 舞台中央に進み 一度 眼を閉じて 集中力を高めるように ゆっくりと息を整える。

 そして おもむろに 歌い始めた。

 


 講堂の中が 清冽な水と光で 満たされていく。


 

 透き通った歌声。

 あの小さな身体から 出てるのが信じられないような声量。


 ……いや。

 

 声が大きいんじゃなくて 伝わってくる想いが大きいって感じかも。

 

 この講堂に大勢の人がいる。

 でも たぶん 亜樹は あたしだけのために歌ってくれてる。


 ソロが終わり コーラスが重なる。

 亜樹の歌い方も変わる。


 もう あたしだけに届く声じゃない。

 広くみんなのために 亜樹の声は響いてる。


 他の聖歌隊の女の子達の声も ホントに綺麗。

 亜樹の声と重なり合いながら 完璧に調和して講堂を満たしてる。


 バレーでも そうだけど チーム全員が 一つの生き物みたいに統率の取れた行動するって 並み大抵のことじゃない。

 好き勝手やったら バラバラで何にもできないし 個性 殺し過ぎたら やっぱ 何にもできない。

 練習して 話し合って また練習して……その積み重ね。


 だからこそ 始めの一瞬 あたしに向けて声を届けてくれたこと。

 その勇気に キュンってなる。

 そして そのまま暴走せずに みんなとハーモニーを作れるように自分をコントロールする姿に もっと胸キュン。


 

 亜樹って やっぱ 賢いんだな……。

 で 周りのみんなに 優しい。

 責任感もちゃんとある。


 まあ〈天使のあきちゃん〉なんだから 当たり前っちゃ~当たり前かもだけど…。



 最後 もう一度 亜樹のソロ。

 最後は きっと 自分のため。


 でも 自分のために歌ってくれたことにも 胸が熱くなる。



 歌いきった 亜樹に合わせて全員がお辞儀。

 会場からは 大きな拍手。

 あたしも 全力で 手をたたく。


 顔を上げた 亜樹はホント 充実した いい表情。

 昔 見た 兄貴の表情を思い出した。

 天使と鬼瓦で えらい違いなんだけど……さ。

 ……でも やりきった男の貌だもんね。


 ………。

 ……。

 …。





                        to be continued in “part Aki 12/24 pm 3:57”








 

 

 

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