part Aki 7/21 am 10:27





 ボクの名前は 宮村 亜樹。

 24歳の平凡なサラリーマン。大学卒業して3年目。北区にある小さなデザイン事務所で働いてる。PCでの作業がメインだから 週に4日は在宅だけどね。彼女できて 7年目。平凡なボクの 唯一の自慢は 美人の恋人がいることぐらい…。まぁ それも 今日で終わりなワケだけど。


 こんのさんを 初めて桜橋のホームで見かけてから ずいぶん長い月日が流れた。あの頃 大好きだったT-GROは 真姫さんが妊娠 結婚で脱退し その後 無期限の活動休止中。メンバーそれぞれがソロで活動してる。AYANO.さんのソロアルバムは買ってるけど ライブ行きたいってほどでもないかな…。今のボクのお好みは JAZZ。去年 夏のボーナスで電子ピアノを買った。で 仕事の息抜きに弾き語りしたりしてる。SNSにもアップしてるから もし 機会があれば聴いてくれたら嬉しいかも。

 瞳の方は 現在 7人組の韓流アイドルに絶賛大ハマり中。色々グッズ集めたり 今度8月に臨港アリーナであるライブに向けて応援グッズ作ったりで忙しそう。ボクは 付き合いきれないからライブは行かないけど 高校同期の日菜乃さんと行ってくるらしい。別にハマるのは 勝手だけど ボクら2人の寝室にデッカいポスター貼るのは 止めて欲しい……。言うと怒るから 我慢してるけど。


 まぁ たまにはケンカしたりもするけど この街の片隅で 慎ましく暮らしてきたボク達。そんなボクらの人生にも スポットライトが当たる日がある。それが今日。


 今 ボクが立ってるのは 聖心館 中高等学校の講堂。まぁ 要するにチャペルだ。聖心館のOGだけに許された特権で 希望すれば(同じ日に被ったら抽選になるらしいけど…) 学内のチャペルで挙式をあげることができる。ボクも瞳もOGなんだから 文句無しだ。司式をダンカン神父にお願いしたかったから 大学じゃなくて高校の方のチャペルを選んだ。

 えっ?

 カソリックは 同性婚 認めてないだろうって?

 まぁ それは そうなんだけど ボクは もう女じゃない。20歳の時に 役所に行って戸籍を書き換えてもらった。瞳とも家族とも よくよく話し合って性別適合手術は受けて無い。ボクは 生まれてきたとき親にもらった身体のまま 男になったんだ。聞くところによると 乳房の切除と子宮の摘出しないと性別の変更認めない国ってのもあるらしいけど。ボクの住んでるこの国が そんな制度の国じゃなくて良かったって心の底から思う。

 

 (筆者註:執筆時点の2023/11/27の段階で日本では《性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律》は 違憲判決が出ているにも 関わらず 改正の見込みが立っていません。現状『紺あき』世界は現代ファンタジーだということです)


 今は 開式の3分前。

 ボクは 瞳のデザインしてくれた白のタキシードを着て チャペルの入り口近く バージンロードの端に立ち 花嫁の入場を待ってる。高校生以来久しぶりに伸ばした髪は アップにして後ろで纏めてる。挙式はタキシードだけど 披露宴では これまた瞳デザインのウェディングドレスとカラードレスを着ることになってるんで 瞳の命令で伸ばした。いろいろアレンジできて楽しいって言えば楽しいけど よくまぁ こんな面倒臭いこと毎日やってたなってゆーのが 正直な気持ちだ。高校生ってヒマだったんだな…。

 ちなみに ボクのウェディングドレスは ボクの意見を一切聞かずに『Aラインでいくから』って瞳が一方的に決めた……かなり少女趣味なヤツに。一応 抗議すると『あのね 亜樹。結婚式ってゆーのは 花嫁のためにあるの。花婿は ニコニコしてりゃ それでいいの。わかった?』ってニッコリ。確かに それは そーなんだけど なんか 釈然としないんだよね…。まぁ ボクは 誰がなんと言おうと花婿なワケだけどさ……でも なんか ねぇ?

 カラードレスの方は しっかり相談乗ってくれて 髪飾りも含めて 大人カッコいいドレスをデザインしてくれた。ビリジアンベルベットのプリンセスライン。瞳のワインレッドのカラードレスとの対比もバッチリ。ある意味 思い出のエプロンドレスの進化系って感じ。


 

 

 開式を告げる アナウンスが入る。

 祭壇中央にダンカン神父。


 向かって右側に ウチの親族。

 パパとママ。陽樹兄さんと奥さん 抱っこされた甥っ子くん。瑞樹兄さんとこーちゃん。


 左側が紺野家。

 義母さん。大吾さんと奥さん。啓吾くん。


 会衆席には 親戚や友達がいっぱい来てくれてる。サクヤ はるな 美優姉。神楽さん 日菜乃さん 麗奈さんに 小たまちゃん。挙式には いないけど 夜の二次会には 東先輩や明日香先輩も来てくれるらしい。なっちゃんは……親戚グループのところにいる。今年の春先に ボクらより ひと足速くこーちゃんと結婚したんだ。けっこう大きなお腹だから 立ってるの大変そうだしベンチに座ってる。8月末に 出産予定って言ってた。計算合わないんだけどね……まぁ いいけどさ。例によって 瞳と相性悪いみたいだし 親戚の集まりとか 面倒かも。ヤレヤレだ。どっちも スゴく優しいのに 何で仲悪いんだろ?ワケわかんない。高校生の頃から ずーっとだもんな。


 

 

 ゆっくりと 両開きの扉が開き 義父さんに連れられた 瞳が入場してくる。お義父さん グッと歯を喰い縛って 上を睨んで凄い形相。まさに鬼瓦。この7年間 瞳の実家には何回も遊びに行ったし お義父さんとも それなりに仲良くなった。でも 瞳と結婚したいって話をした時 最後まで納得しなかったのがお義父さんだった。ってゆーか たぶん まだ 納得してない。『瞳のこと欲しいって男が来たら 一発ぶん殴るって俺は昔から決めてんだよ。でも あきちゃんは 殴らねぇ。俺は女は 殴らねぇんだ』って。お義母さん 普通にこっちの味方だし 準備とかは 順調に進んだんだけど。

 


 2人がボクの前に到着する。

 


「…ぇ ……って 歯ぁ 喰い…れ…」



 えっ?

 お義父さんの ボソッとした呟き。


 たぶん『目ぇ 瞑って 歯ぁ 喰い縛れ』って言ったんだよな。マジか。ここでか。ただ もちろん 逃げる気はない。ぎゅっと目を瞑り 歯を喰い縛る。結婚したいって言いに行った日から 殴られるのは 覚悟できてる。ただ タキシードやドレスに血が付いたりしたらヤダなぁ……とか 考えてたら ほっぺたを軽くはたかれた。


 おずおずと目を開けると お義父さんは 天井の方を睨んだまま。瞳の方を見ると 瞳は少しおどけたような表情で肩を竦めてみせてくれる。これって 一応 男として 認めてもらったってことで いいんだよね?


 憮然とした 表情のお義父さんを尻目に 瞳が腕を絡めてくる。

 純白のマーメイドラインのウェディングドレス。長身の瞳に ホントによく似合ってる。百合の花をあしらったブーケ。薄いレースの向こうに透けて見える 世界で一番美しい女性の貌。


 赤いカーペットのバージンロードを 瞳の手を引いて歩く。

 腕を組んで歩くもんだと思ってたけど ボクらの身長差だと 新郎が手を引く方が 絵になるって プランナーさんが教えてくれた。

 ベールガールは 陽樹兄さんとこの凛ちゃんと大吾さんとこのひかりちゃん。2人の姪っ子が頑張ってくれてる。いつも やんちゃな2人も 今日は神妙な顔。

 

 オルゴールバージョンの『君を想うとき』が静かに流れる。


 2人で一歩一歩 。

 踏みしめるように 式壇へと近づいていく。


 ダンカン神父の司式で 聖書に手を置き誓いの言葉を交わす。『紺野さんとあきちゃん』ってことで ボク達2人の話を続けてきたけれど この物語も そろそろお終いの刻がきた。ボクの隣に立つのは もう『 紺野さん』じゃあない。

 

 宮村 瞳。

 

 ボクの妻。もちろん 最愛の女性ってことに 変わりはないけど。

 


 そして ベールアップ。

 ボクの前にひざまづいてくれた瞳の白いベールを静かに上げる。初めて出会った頃と変わらない意志の強そうなきりっとした眉。伏せた瞼。いつ見ても 黒くて長い睫毛が ものすごく綺麗だ…。一目見たときから 最高の美人って思ってきたけど 今日の瞳は 今まで見た中で 最高の中の最高の美しさ。


 瞳が 静かに目を開き ボク達の視線が交わる。

 瞳の真っ黒の虹彩。

 あの時と同じように 七色の粒が 煌めいている。


 互いに目を閉じ 唇を重ねる。


 小さなチャペルに『君を想うとき』のメロディーが満ちる。


 ♪ボクは ここにいる

  そして 君を想い続ける

  永遠とわ





                           ~Fin~

 

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




ここまで 2人にお付き合いいただき ありがとうございました。

前作の頃から 2人の将来を心配するコメントを 何通もいただきました。

最終話にも少し書きましたが まだまだ 亜樹が暮らしやすい社会では ないように感じます。


まぁ この作品は あくまでもエンタメ寄りのフィクションとして創作しました。

お話として 楽しんでいただければ それでいいと思っています。


とはいえ 亜樹の心情に寄り添って 何万文字も書いた身としては この作品を通して 少しでも多様性と優しさが 広がればいいなぁ···と。



この作品を公表していく中で 色々な方に出会うことができ たくさんの励ましをいただきました。

ありがとうございました。


冒頭にも書きましたが フィクションの人物である亜樹と瞳の将来について 心配してくださるくらい 彼らを身近な存在と感じてくださる方がいたことを 作者として 非常に嬉しく思っています。


本当にありがとうございました。


                  2023/12/19

                     金星タヌキ


 

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【完結】その瞳には アキが来ない 金星タヌキ @VenusRacoon

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