夏の夜明けに

part Kon 7/25 am 3:23





 ふと 目が覚める。

 カーテンに 囲まれた ベッドの上。

 壁に埋め込まれた デジタルは 3:23を表示してる。


 不犹寺ふゆうじ菊野井病院 603号室。


 左脚を 動かさないように 少し身体を捻り ちょっとだけ 身体を起こす。

 暗闇の中 隣のソファーベッドの上に 丸まった仔犬みたいな姿勢で 亜樹が 眠っていた。



 あの日から1週間。

 夜は ずっと隣にいてくれて 付きっきりで あたしの世話をしてくれてる。


 声 出さなくても 目線ひとつで『ジュース取ろうか?』とか『トイレ? 看護師さん 呼ぶね』とか 申し訳ないくらい 甲斐甲斐しく 世話してくれる。

 なんか ホント ワンちゃんみたい……飼ったこと ないけど。



 

 左足首 アキレス腱 断裂。

 


 

 それが 今のあたしの状況。

 全治6ヶ月。


 

『もう 二度とバレーは できないんですか?』



 って聞く あたしに 主治医の先生は


  

『いいや 大丈夫だよ。普通に歩けるようになるまで だいたい3ヶ月。そこから さらにリハビリ重ねれば 6ヶ月もすれば バレーだろうが フィギュアスケートだろうが なんだって出来るよ。若いから 治りも速いと思うし』



 って言ってくれた。

 そのときは なんとなく安心した あたしだった。

 だけど 病室に戻って ゆっくり考えたら やっぱ あたしのバレーボールは 終わってた。


 インターハイには もちろん 出場できない。

 ってことは 推薦のハナシも無し。


 歩けるようになるまで 3ヶ月。

 その頃 春高バレーの 予選が始まる。

 

 その時点で 3ヶ月のブランク。

 1月の本戦なら ギリギリだけど セッターは 組み立ての要。

 予選 戦ったセッターで いった方が いいに決まってる。


 結果 3年生で なんの実績も残せないんだから 他の大学から推薦 もらえることも 無いワケだ……。



『大学行って バレーを続ける』ってゆーのも 無くなったってコト。



 つまり あたしのバレーボール人生は 終わったんだ。

 もちろん 昨日 亜樹が言ってくれてたみたいに バレーボールを続けることは できる。


 兄貴がやってるみたいに 地域のチームで子ども達に 教えたり。

 それだって 立派にバレーボールしてることになる。

 でも あたしが 子どもの頃から ずっと夢見てた プレイヤーとしての バレーボール人生は あっけなく終わった。


 でも 不思議と そのことで 悔しいとか 涙が出そうとか あんまり 思わない。


 そのことより もう2度と 神楽や日菜乃にトス 上げられないんだってことの方が 心を締め付ける。

 昨日の 昼過ぎ インターハイ予選の忙しい時期なのに 柏木監督に 神楽と日菜乃 それから 麗奈が お見舞いに来てくれた。


 

 そのときは 心配させたくないし できるだけ笑顔で 応対した。

 もちろん 迷惑かけてゴメンってゆーのも 伝えたけど。

 10冊のセッターノートを 麗奈に。

 3冊のキャプテンノートを 日菜乃に それぞれ託した。


 どれだけ 役に立つかは わかんないんけど 今 あたしができる精一杯。



『応援 行けなくて 悪いけど あたしの分まで 頑張って!』



 そう言って 別れた。

 みんなが 病室を 出てって ドアが 閉まると同時に涙が出た。

 そのあと 涙が 止まらなくて ずっと枕を 顔に乗せてた。


 で 夕方 亜樹が来てくれて そっからは 号泣。 

 泣けて泣けて 言葉にならなくて ホント 情けなかった。


  

 何が 悪かったんだろう?

 どうしてたら良かったんだろう?



 ずっと一生懸命 頑張ってきた。

 何よりバレーのこと 考えてきた。

 誰より とまでは 言わないけど 人並み以上の努力をしてきた。


 あたしの何が 悪かったんだろう?

 

 八つ当たりするみたいに 亜樹の華奢な身体を ぎゅっと抱き締めて ずっと泣いて 泣いて 泣いて……。

 

 夜になって やっと泣き止んだとき 亜樹は



『うん。でも ボク 側に いるから。何回でも 聞くから』



 って。

 また 泣いた。

 泣きながら そのまま寝ちゃってたみたい。

 


 バレーボールの 無くなっちゃった あたしの中は がらんどう。

 何を どう考えていいのか さえ わかんない。


 真っ暗闇の大広間の中に 突然 放り出されたみたい。

 自分が 立ってるのか? 座ってるのか?

 それさえ わかんなくなるような くらいの 暗い闇。


 

 でも 亜樹がいる。



 あたしには なんにも無いけど それでも 亜樹がいてくれる。

 バレー 取ったら なんにも残らない。

 それなのに 亜樹がいる。

 


 きっと 罰が当たったんだ。



 亜樹が いなくても 大丈夫とか 思っちゃいけないこと 思ったから。

 亜樹のこと ほったらかしにして 東京に 行こうとしたから。


  

 だから 神様が あたしから バレーボールを 取り上げたんだ。



 また 涙が 溢れてくる。

 ………。

 ……。

 …。

 

 

 枕に 顔を埋めて すすり泣く。

 どれだけ 泣いていたのだろう……。



「………んん。瞳…?」



 亜樹が 起きちゃった。



「……ゴメン。うるさかった…?」


「ううん。また 泣いてたの?」



 そう 言いながら ベッドの横にくる気配。

 あたしは 枕の下に 顔を隠したまま。


 そんな あたしの様子を見て 亜樹は 黙ったまま 両手で あたしの左手を 握ってくれる。


 亜樹の温もりが あたしの痙攣ひきつった心を 優しく和らげてくれる。

 でも 和らいだ分だけ 心の別の部分が 痙攣ひきつけを起こす。


 こんなに こんなに優しい 亜樹を ほったらかしにして あたしは 自分のこと ばっか……。


 溢れる涙を どうすることも できない。



「大丈夫だよ。ボク ずっと 側にいるから…」



 『ずっと 側に』って言葉が 胸に突き刺さる。



「優しくしないでっ! 優しくしないでよっ! あたし あたしは 亜樹に 優しくしてもらう資格なんて無いんだからッ……!」



 枕を はね除けながら 叫ぶ。

 最後は 嗚咽と 混ざって ちゃんとは 言葉にならない。


 暗闇の中 デジタル時計の緑の光に浮かぶ 下ろし髪に眼鏡姿の亜樹。

 涙に 滲んで輪郭は ボヤけてるけど あの静かに 勇気を湛えた目で あたしを 真っ直ぐに 見つめてくれてるのが わかる。

 あたしには その眼差しを 受け止めることなんて できはしない……。


 

「そんな目で 見ないでよ……」



 亜樹から 視線を外し ハーネスに吊られた 左脚を見る。

 これは 罰。

 亜樹を 裏切った罰。



「……あたし 自分のこと ばっか考えて 亜樹のこと ぜんぜん 大事にしてなかった。だから 罰が当たったんだよ…。……あたしには 亜樹に 優しくしてもらう資格なんて無いんだよ……」

  


 ………。

 ……。

 …。


 

             to be continued in “part Aki 7/25 am 3:00”



 

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